第6話 御簾の向こうの愛する人
40歳になっていたが、
愛する女性が苦しむ様子を見て、
おろおろと取り乱すばかりであった。
重い病に倒れ、日に日に弱っていった。
今や命のともしびは消えようとしていたが、
高貴な姫宮は病と闘ってもがき苦しんでいた。
乳に
症状から、彼女を
「代わってあげたいが、それがむりだというなら、
せめて苦しみを
おれはあの人のために何の役にも立てないのか。」
と定家はあふれる涙を袖でぬぐった。
「初めて対面した時も
あの頃の宮様(式子)はまだお若くて元気だった。
なぜ数々の素晴らしい歌を
苦しまなければならないのだろうか。」
と定家は嘆いていた。20年近く前の思い出が定家の脳裏に浮かんできた。
初めて内親王の御所を訪れた。
当時、内親王は母である
内親王の祖母である、待賢門院こと、
(1101~1145)が
異母兄、
父の
定家は内親王と
「ああ、憧れのあのお方が御簾の向こうに
いらっしゃると思うと、緊張するなあ。
天女のような姫宮様は、
包まれて俺などの手の届かない雲の上にいらっしゃるのだ。」
と定家は寝不足で少し痛む頭で考えた。
前の晩、期待と不安でろくろく眠れなかったのだ。
取次の女房が俊成と定家のもとにやってきてこう告げた。
「宮様が琴を弾いて聞かせてくださるそうです。」
「いや、うちの不肖の息子のためにありがたいことで。」
と老いた俊成は恐縮していた。
やがて
聞き覚えのある
「いつだったか、姫宮様が兄宮さまと過ごしていた時に
弾いておられていたのと同じ曲だ。」
と定家ははっとした。後で触れることになるが、
式子内親王が琴を弾いて、兄である
合奏していたとき、定家はこっそりその場に居合わせていた。
以仁王は前年に平家に対して挙兵を呼びかけ、
敗れた後、
という噂で都はもちきりだった。
「やはり恋しいお姿はちらりとも見えない。
予想していたことだが、まことに残念だ。」
と定家は冷たい板敷の上に座りながら考えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます