第20話以仁王、平維盛に出会う
2000年7月9日。その日は日曜日だった。
とある公園の噴水から
いきなりザバーッという音とともに、十二単姿の
振り乱して飛び出してきた。
「キャアア!お化けえ!」
と叫びながら、近くにいた子供連れやカップルが
一人取り残された以仁王は髪や着物から水滴をポタポタ垂らしながら、
「はて?あの民草どもは、なにゆえまろを怖がって逃げるのじゃ。
それにしてもここはどこじゃ。誰もかれも変わった服を着ているが・・・。
さっきの千人力のおなごも馬も消えてしまって一人ぼっち、
まろはこれからどうすればいいのじゃ。」
と途方に暮れていた。御所からほとんど出たことのない皇族でも、
周囲の風景や人物の様子が平安京にいたころと
大きく変わっていることに気づいていた。
女装姿のまま
顔にはおしろいをべっとり塗っていた。どう考えても
目立ち過ぎである。
ずぶぬれの以仁王が行く当てもなくうろうろしていると、
どこからともなく悪ガキたちが集まってきた。
「おばさん、そのコスプレ似合わないよ。」
と真黒に日焼けした少年が言ったが、平安時代の人間に
意味が通じるはずもなく、以仁王はぽかんとしていた。
「すげえ高そうな着物。うちの姉ちゃんが成人式で着たのと全然違う。」
と言って厚かましい性格の子供が以仁王の着ている着物を引っ張った。
「これ、気安く体に触れるでない!
まろを誰だと心得る!」
ムッとした以仁王は憤慨したが、
「わあ、こいつ、おかまだ!しかも変なしゃべり方!
おばさんかと思ったらおじさんだった!」
と先ほど触ってきた子供がゲラゲラ笑いだした。
「しかも何言ってるかわかんない。」
と800年以上前の古語で話す以仁王をあざ笑った。
自分が追われている身であることを思い出した以仁王は
こんなところで子供とけんかしている場合ではないと思い我慢して
その場を立ち去ろうとした。
しかし悪ガキどもはぞろぞろあとをついてきて、
「おかま!おかま!コスプレおかま!」
と大声で合唱する始末だった。
一度からかいのターゲットにされてしまうとなかなか
逃げられないのだ。
「おかま?コスプレ?なんだそれ?
だが、まろを侮辱しているのは確かなようだ。」
と以仁王は不快な気持ちになった。身分と同様、プライドも高い以仁王は
見知らぬ土地で年端もいかない子供にからかわれる自分が情けなかった。
すると突然、どこからかキツネ顔の女が現れて
悪ガキたちをキッとにらみつけた。
眼光鋭い女の様子に恐れをなした子供らはそそくさとその場をあとにした。
やがて女は以仁王の方に向き直って、
「宮様、お迎えにあがりました。
このような場所に置き去りにしてまことに申し訳ありません。」
と言いながら、深々と頭を下げた。
「一体どうなっているのだ。ここはどこなのだ。
風景も人の様子も何もかも変わってしまって。」
と王が女に詰め寄ると、
「あなた様は平家の追手から逃げようとして、
誤って800年以上後の世界に飛ばされてしまったのでございます。」
と思いもよらない答えが返ってきた。
「な、なんだと!そのようなことがあってたまるか!」
と叫ぶなり、王は気を失って倒れてしまった。
「我々と同じ時代の人間がまた転送されてきたのか。」
「か弱い乙女じゃあるまいし、大の男が気絶なんて。」
とひそひそ話声がする。16歳くらいの華奢な少年と25歳くらいの
やたら美形の男が以仁王の方をちらちら見ながら話し合っている。
今まで寝ていた寝具は固い板だったのかと思うほど、
ふかふかで気持ちの良い布団に寝せられた王は
眠っているふりをして、二人の話に聞き耳を立てた。
(もちろん濡れた服はとっくに着替えさせられていた)
「とはいっても、おれは最初にこの世界にきたとき、
それまで生きてきた都と違い過ぎて卒倒しそうになった
からこの人がショックで失神するのも無理ないかもな。」
と少年が以仁王の方を見ながら言った。
「君は僕より10年前からここで生活しているのだよなあ。
若いから慣れるのも早かっただろ。20歳すぎてから
環境が激変するとつらいぞ。言葉も全然わからなかったし。
だが着ている服が動きやすくなったのと、
水道や電気が使えるのは気に入った。
妻子も連れてきたいくらいだ。きっと
僕が琵琶湖に
思って泣いているのだろう。」
と年上の方の男が少年に言った。
「同じくらいの時期にきたら心細くなかったのにな。
あの頃おれは6、7歳だったから、自分の置かれた
状況に戸惑って泣いてばかりだったよ。タイムスリップの
技術が未発達で、どの時代に転送するのか
細かい時期は調整できないみたいだな。実は壇ノ浦の戦いで
海に沈んだといわれている祖母や伯父がどこかで生きているのではないかと
ひそかに探しているのだ。」
と少年は少し悲しそうに言った。
2人とも断髪して洋服を着ていた。
「この2人にはどこかで会ったことがあるな。
服装が違い過ぎて思い出せないだけだ。」
と以仁王は考えていた。会話の内容の大半は
王にとって意味が分からなかった。
窓の外に目をやると、夕方になっていた。
しかし天井にはこうこうと明かりがついているので
室内の様子をよく見渡すことができた。
「不思議だな。まるで家の中に太陽があるみたいだ。」
と以仁王は照明器具を見て目を丸くした。
今まで生活してきた寝殿造りと全く違う
種類の部屋にいることに気づいて王は
「まろはまだ夢を見ているのではなかろうか。」
とあっけに取られていた。
やがて思い切って以仁王は2人の男に話しかけてみることにした。
「みめ(顔かたち)よき男よ、
そなたにはどこかで会った覚えがあるが名は何という?」
と以仁王は目の前にいる絶世の美男子に話しかけた。
「向こうでは
とためらいもなく、祖父は平清盛、父は平重盛で、
元は平家の
「なにっ、まろを
変装してまろを捕らえに参ったのではないだろうな!」
と以仁王は気色ばんだが、
「あなた様は800年も後の時代にいるのですから
もうそんなことは関係ありませんよ。」
とたしなめられて黙り込んでしまった。
「そうです。むやみに興奮しないでください。」
と少年が維盛に同調した。
「ところで、こちらはあなたの甥御さんにあたる方です。」
と維盛は傍らの少年を指して紹介した。
色が白くて上品な顔立ちである。
「はて?誰だっけ?亡くなった兄上(二条天皇)の隠し子かな?」
と以仁王は首をひねったが、
「なに、今にわかりますよ。」
と言って維盛は笑っていた。あまりに美しいので以仁王は
同性であることを忘れてその顔に見とれていた。
「母親がよほど美しかったのだろうか。
天下第一の美人と呼ばれた二代の
と初恋の女性であり、兄の未亡人でもあった多子
を思い出して以仁王はため息をついた。
しかし次の瞬間、維盛が少年に話していたことを思い出した以仁王は
「あれ?そなた、先ほど入水したとか言っておったな。
でもあれほど羽振りの良かった平家の御曹司が
なぜそのような振る舞いを?そしてなぜここにきているのだ。」
と無神経な質問をした。
「そのような不愉快な質問にお答えする義務はありません。」
というと、維盛は背を向けて部屋を出て行ってしまった。
「では僕もこれで失礼します。」
と言うと、なぞの少年も維盛のあとについて
出て行ってしまった。
「何がなんだかさっぱりわからん。
どうしているだろうか。会いたいな。」
と思っているうちに、疲れていた王はまた眠ってしまった。
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