第10話 クラウスかく語りき

 さて、何から話せばいいのか難しいな。

 まずは、僕たちの関係から話したほうがいいのかもしれないね。僕たちの関係と、クーノとの出会いを。

 これから話すのは、僕たちの友達であるクーノの話だ。


 クーノは、いつの頃からか村に住むようになった青年なんだ。

 行商人に連れられてやってきた身寄りのない人だって話もあれば、技術を請われて村に来たって話もある、僕らと同年代の男だった。ちなみに、僕が十九歳で、ウォルが十五、ルーファスとティノとハインが十七だ。たぶん、クーノは僕に一番歳が近かったんじゃないかな。

 クーノは一人で村はずれに住んでいて、ちょっとしたまじないや薬を売って生活をしていたみたいなんだけど、そういったものの世話になかなかならない僕らは、しばらく彼の存在も知らずに過ごしていたんだ。


 そんな彼と知り合ったのは、ある春の日のこと。

 その日、僕たち五人は集まって遊んでたんだ。

 僕たちは元々幼なじみで、小さな頃からやんちゃして育ったんだけど、もう大人の仲間入りをしてもいい歳になっても時々そうして集まっては、釣りをしたり、暖かい日はちょっと泳いだりしてたんだ。

 大人の仲間入りをしていい年齢になったからと言って、大人と同等に扱ってもらえるわけじゃないからね。やっぱり歳が近い同士で遊んでたほうが楽しいんだよ。


 その日も、たしかそんな感じで集まって遊んでたんだけど、ふざけすぎてティノが怪我をしたんだよ。

 ほら、男って集まると際限なくはしゃぐときってあるでしょ?

 そのときの細かな状況は覚えていないんだけど、まあそんな感じで日頃からちょっとのんびりしたところのあるティノが、はしゃいで怪我をしたってわけ。

 それがかなりの大怪我で、どうしたもんかと困ってたら、そこにクーノが通りかかったんだ。

 その日は村のはずれ、この森の近くで遊んでたんだけど、クーノはそのあたりに住んでいたらしくてね。

 怪我をしたティノを見つけたクーノは、何も言わず手当をしてくれて、おかげでティノは無事に帰れる状態になったんだ。

 あのときクーノは、魔法を使ってくれたんじゃないかと思うんだ。薬や手当だけでは、動けなくなるほどの怪我を治せたとは思えないからね。


 それをきっかけに、僕たちはいろいろと理由をつけてクーノに会いに行くようになったんだ。

 何ていうか、気になったんだよ。クーノの存在がすごく。

 うまく説明できないけど、どうしようもなく気になることってあるでしょ?

 何で気になるのかを確かめるためもあって、僕たちはクーノに会いに行ったり遊びに誘うようになった。

 最初は、クーノは僕たちを拒んだよ。とにかく人嫌いでさ。でも、僕らが懲りずに会いに行くもんだから、そのうち渋々一緒に外へ出てくれるようになったんだ。


 釣りとか色々したけど、村を並んで歩くだけでもかなり楽しかったよ。

 クーノが歩けば、女の子たちの視線を根こそぎさらっていけるんだ。それはもう、面白いくらいに。

 何せクーノは信じられないほどの美男子だったからね。黒髪に黒い目なんてありきたりな容姿をしていながら、驚くほど美しい顔立ちをしてるんだ。

 そのおかげで、クーノが村の女の子たちの人気者になるのに時間はかからなかった。

 クーノはひどく困ってて、よく逃げ出していたけど。……家に訪ねてくる子まで現れたっていうんだから、たしかに大変だよね。

 でも、そうやって人に囲まれるうちにクーノも打ち解けて、かなり雰囲気も性格も柔らかくなっていったよ。きっと、本当に人が嫌いだったわけじゃなくて、彼の過去の経験がそうさせてしまったんだろうね。

 どんなふうに生きてきたのか、どこに住んでいたのかとか、クーノは決して語りたがらなかったけど。それでも、過去に何かあったんだろうなっていうのはわかった。


 そんなふうにクーノと仲良くなってしばらく経った頃、村に病が流行りだしたんだ。

 高熱が何日も続いて衰弱して死んでしまう、恐ろしい病が。

 普通なら、クーノに頼って薬を作ってもらうだろう?

 でも、村の人たちはそうしなかった。

 それどころか、クーノが病の元凶だなんて言い始めたんだ。

 どうも、一番最初にその病にかかった女の子が熱にうなされながら「クーノのせいよ。あの人が私を呪っているんだ」って言い出したのがきっかけみたいでね。

 噂は、あっという間に広まったよ。

 その女の子はクーノにしつこく交際を迫って、はっきりと断られていたのをどうも根に持っていたみたいで……。そう、ただの出まかせの言いがかりだと僕も思ったけどね。

 でも、村の人たちは信じてしまった。


 クーノは噂から逃げるように住まいを変えたよ。より人があまり来ない、森に近いところにね。


 でも僕たちは納得いかなかったんだ。

 クーノが呪いで病を流行らせているなんて思ってなかったし、だからこそクーノがそうやって逃げてしまったことが。


「村の人に話せばきっとわかってもらえる」「悪いことをしていないなら堂々とするべきだ」「こそこそしてると噂を認めることになる」

 ――僕たちは、クーノを追いかけてそんなことを言ったんだ。

 悪いことをしていないのにクーノが逃げなければいけないことに、納得がいかなかったんだよ。

 でも、それが結果的にクーノを酷い目に合わせることになってしまったんだ。


 僕たちがクーノの新しい住処を見つけたことで、それが村の人たちに知られてね……火をつけられたんだよ。村の人たちは、彼を焼き殺そうとしたんだ。

 信じられないだろ?

 何の根拠もない噂話で、人ひとりを殺そうとしたんだ。

 そんなことしたって、病がなくなるわけじゃないのに。


 クーノは命からがら、森へ逃げた。

 僕たちは彼に謝りたくて、村の人たちの手から守りたくて追いかけたよ。

 でも……クーノは僕らを拒絶した。

 そして、そのとき運悪く現れた魔物にクーノは飲み込まれてしまったんだ。

 黒い靄を纏った、魔物としか言いようがないものに……。

 クーノを取り戻そうと僕らは靄に向かっていった。でも靄に触れた途端、僕らはそこから遠くへ弾かれて、そのまま意識を失ったんだ。



「それで、目覚めたら今の姿になっていたのね」

「うん。……まさか、六十年以上経っているなんて思ってなかったけどね」


 一人で話し続けて疲れたのか、細く小さく息を吐いて、クラウスはそっと俯いた。

 疲れがにじむその姿は、今にもこの洞窟の薄暗がりに飲まれてしまいそうに見えて、私はそっとクラウスの背中をさすった。彼の疲れを少しでも癒やすために。彼がどこかに行ってしまわないようつなぎとめるために。


「エミリアがここにこうしているということは、村は滅びなかったんだね。あれから、残った人たちは病に打ち勝ったのか……」

「おばあちゃんが小さいときは人もだいぶ減ってしまって、大変だったって言ってたけど」

「……あのとき小さかった子が、おばあさんになってしまうくらいの時間が経ってたんだよね。僕たちが眠っている間に。長い長い時間が経ったんだね」


 クラウスの声に疲れではなく、それよりもっと重いものが混じっていることに気がついた。

 他の人たちも、俯いたり天井を見上げたり、おのおの考え込んでいるのがわかる。

 自分たちの家族がどうなったかとか、それからの村にどんなことがあったかとか、きっと聞きたいことはたくさんあるのだと思う。

 でも、あまりにも長い時間の隔たりが、それを難しくさせている。

 せめておばあちゃんが生きていて、ここにいてくれたら、彼らに話してあげられることもきっとたくさんあったのに。

 そう思うと、いろんなことがもどかしい。


「……クーノは今、ひとりなんだよね」


 ひとりぼっちのクーノに、いつの間にか私の気持ちは引き寄せられていた。

 村を追われ、森へ逃げこんだクーノは、何を考えていたのだろう。

 さぞ怖かっただろうと思う。

 話を聞くだけで、私は怖くてたまらないもの。

 自分の思いに応えてくれなかったからって、クーノに呪われているだなんて言った女の子も。手に入らないなら陥れてしまえというその心が、すごく怖いわ、

 その女の子の言葉を真に受けて、クーノを殺そうとした村人も。

 ……魔物よりずっと、人間のほうが怖いと思ってしまう。

 集団になると、間違いを間違いだと気づけないまま突き進んでしまう、恐ろしい生き物だ。


(薬と魔法を扱える、美しい男の人。その美しさ故に、人の群れを追われた人……)


 クーノのことを思って頭に浮かんだのは、神様のことだった。

 黒髪に黒い目という容姿は神様と違うけれど、二人が無関係だとは思えないのだ。

 それに、呪われた人間が五人いることを神様が知っていたのも気になる。知っていたのは、神様がクーノだからなんじゃないかという気がしてきた。


(それじゃあ……魔物っていうのは……)


 ひとつの考えが浮かんで、それにゾッとした。もし私が考えた通りだとすれば、とても恐ろしいことが待っているのだ。

 でも……


「森の奥に、魔物を退治しに行こう。村の天候不良が解決するかもしれないし、みんなの姿も元に戻せるかもしれないから」


 暗くなった空気を変えるために、私はわざと明るい声で言ってみた。これは、自分に言い聞かせていることでもある。


「でも、危険かもしれないよ? 僕たちはこんな姿だけれど、そこまで不便を感じていない。危険を冒してまで呪いを解かなくても、僕は構わないんだよ? それに、君を追い出した村のために君が危ない思いをするのは、違うような気がするんだ。……義理を感じる必要はない。自分の身を犠牲にする意味も」


 クラウスが意地悪で言っているわけではないのはよくわかった。むしろ、これは彼なりの優しさなのだと思う。

 少しだけ、気持ちが揺らいだ。このままここにいられるのなら、それもいい気がする。みんながいて淋しくないし、食べ物もなんとかなる。

 でも、魔物を倒して村に帰ってそれからは?

 もし魔物を倒せずに死んでしまったら?

 ――そんなことを考えると、正直足がすくむ。

 それに、魔物が何者なのかを考えると、尚更気持ちが重くなる。


(私が倒そうとしているものは……一体何なの?)


 もうすでにわかっていることを自問してみる。自問して、恐ろしい答えしか浮かばなくても、やっぱり私は行かなくては行けないのだ。

 「それでも行くの?」と尋ねたあの美しい顔に、神様の泣きそうな顔に、私は頷いたのだから。

 そして、無事に帰ると約束して旅立ったのだから。

 その約束を果たしたい。もう一度、神様に会いたい。


「……村の人たちが待ってるし、みんなの姿も元に戻してあげたいから、私は行くよ」


 私が言うと、ウォルがそばまでやってきて手に頭をすりつけてきた。


「俺も行く。元の姿に戻りたいし、何よりお前と行くって約束したからな」

「ウォル、ありがとう」


 首に抱きついてその毛並みに顔をうずめると、ウォルの体温が伝わってきた。このぬくもりは出会ってからずっと私を励まし続けてくれている。優しいぬくもりだ。


「俺も行くよ。元の大きさに戻ってエミリアちゃんを口説かなくちゃいけないからな」

「俺だって、元の姿に戻れば、すぐに気に入ってもらえるはずだからね」

「俺はただ、自分のために元に戻りたい。……まあ、困っている女を放っておく理由もないし」


 そんなことを言い合うルーとティノとハインの三人も、ついてきてくれるということらしい。出会ったばかりだけれど、もう他人という気はしない。


「……じゃあ、クーノを助けてみんなで村に帰ろうか」


 クラウスも、私に手を差し伸べてそう言ってくれた。私は迷わずにその手を取る。


「みんなで無事に帰って、美味しいものをたくさん食べようね」


 私の言葉に、みんなが歓声で応えてくれた。

 その声を聞いて、私は自分の中にある恐ろしい考えは胸にしまっておこうと決めた。

 考えても仕方がないことだ。確かめようにも、その手段がない。それに確かめたところで、私がしなければならないことは変わらない。

 だから、そんなことは考えないことにした。


 希望だけ掲げて、私たちは行くのだ。

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