第8話 花の味
ただ助けたかった。
悲しいのは嫌なの。
だってアベルは何も悪くないもの。
いつも寝ている時何かに魘されていた、それを取り除こうとした頭を切り裂いて辛い部分を取り除いて幸せな物で埋めてあげようとしたの、でも彼はすぐに目を覚ましてしまった。
いつも辛そうなその笑顔を見ていられない。
私を助けてくれた優しい王子様……
そんな人にそんな悲しい顔は似合わない。
街の人達が彼を連れ去っていく……
やめて、連れていかないで、彼はなにもしていないじゃない。
優しい彼がそんな事をするわけがない。
人殺しなんてそんな非道な事最低な人間しかやらない。
彼は最低じゃない。
頭の中で醜く酷い音色を奏でるオルゴールの音が聞こえた。
私はそれを知ってる。
『返して……』
彼を返して……不安で不安で仕方ないの。
真っ赤に染まる道それはなんだ、私が歩いてきた道。
扉の前にいる大人は皆酷いことをする、だから口を縫って乱暴な手は綿の変わりに切り裂いて砂を詰めてあげた。
扉は開かない鍵が必要でもいらない、この裁ち鋏があるから……
中にいた貴方は私を見て逃げてしまう、どうして……貴方を助けに来たのに。
開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けて
どうして開けてくれないの?
シスターの服を着た人が白い粉の入った袋を私に目掛けて投げつける、その粉が目に入り酷い激痛が襲う。
泣き叫んだ、痛い痛いの助けて……
誰も助けてくれない真っ赤になった目を擦り映る姿に貴方はそんな可笑しな服を着た人を優先するの、私を助けてはくれないの、あの時みたいに……私は貴方を助けに来たのに……
ひどいわ……
許さない、許さない……私は助けに来たのに、どうして貴方はその人を気にかけるの。
私は……その時一瞬あの時の事を思い出した。
母と父のあの顔を……
気づいた時、貴方は赤く染まっていた私は自分の手を見た徐々に錆びていく裁ち鋏……私の義足もいつしか赤く脆くヒビが目立っていた。
義足が折れその場に座り込む。
糸の切れた人形のように……私は身動きが取れないでいた、貴方の名前を呼ぶシスター姿の人は喉を枯らし悲痛な悲鳴が響く……これはあの時と一緒……
『パパ……ママ……私』
私はやっと思い出した。
大切な物を自ら壊し何もかも忘れた。
あの炎と同じように教会は赤く燃え上がった、両親の全てを奪ったあの炎が私を包む。
そして……私は自ら犯した、罪の全てを思い出しようやく……この夢から覚めたのだ。
そう、私はこの火と共に大人になったのだ。
夢を見なくなればもう子供ではない……
水をかけられ街の人達に保護される。
ざわめきと死体に叫ぶ人々私を抱えた人も焼き尽くされた教会を眺め犯人は死んだのかと言う声が聞こえてきた。
皆知らないのだろうか、アベルは連れていかれた、あのシスターの姿をした青年に……
今の私では何も言えない。
一人の年がそんなに変わらない少年が私に訪ねてくる。
単刀直入にその内容に私は微笑んで答えた。
**
少女は笑う。
何が可笑しいのだろう、いやそんな物に興味はない。
ただ足の砕けた少女は妖しく少女とは思えない程に冷静な口調で指にぶら下げた赤い裁ち鋏から赤い液体が地面に垂れていた。
それに触れようと手を伸ばすと突然裁ち鋏は真っ二つに壊れる。
その瞬間少女はなにも言わずただ壊れた鋏を素手で握りしめていた、皮膚が切れ血が溢れても気に求めず妖しく微笑んでいた。
珍しい銀色に染まる髪は火によって炙られ一部が黒く焦げていた、もう片方の壊れた鋏を回収すると名のような文字が掘られているきっと少女の名だろうか。
だがこの鋭利な刃は少し触れただけで簡単に切れる、この少女の行動や周りにある遺体の状況からにして僕はすぐさまにあの奇妙な遺体の事件の犯人だと推測した。
なんとなく子供のような気はしたがまさかこんな少女とは思わなかった。
遺体の状況はどれも同じ肉が切られ骨が抜かれ別のものが入れられているしかもどれも止めを刺してからではなく身動きが取れなくなった瞬間を狙っている。
痛みに悶えたような遺体の状況に思わず目を逸らした。
こんな酷いことを年も変わらない少女がやっていたのだから……
もう一度少女に声をかけると少女はこちらを振り向こうともせずブツブツと何かを唱えていた。
『あべるは行っちゃった……パパもままもわタしガッ…
わたしのセイ……フフフッ……』
アベル……あの聖書の名か……それとカインと言う名がある、あぁあのシスターだ。
そう言えばあのシスターは居なくなったあの炎の中だろうか街の人達が騒いでいる救おうと試みるもあの中にはきっとそのアベルと言う人物もシスターもいないだろう。
あの時走っていった、二人の姿を僕は見ている……周りなど気にしてられないほどに焦っていたのだろう。
人混みに紛れ消えていったあの二人……あれがそうなら……僕の予想は嫌でも当たっているという事になる。
シスターは実際は……カインと名乗る女性ではなく男だという事に理由はなんだ、それとシスターなら可能な事が多い、実際関わった者は大体シスターと繋がっていたのだから、少女にその事について訪ねるが少女の耳にはなにも届いてはいなかった。
アベルを連れ去ったのならそれなりに理由がある、さすがにそこまではわからない。
少女が人並みに喋れるのなら話はまた変わったかもしれない……仕方ない、あのシスターについてはまた日を改め詮索をしよう。
きっとそのアベルという人とあの毒殺事件と何か糸があるそんな気がした。
金属の小さな高い音を耳にした、振り向くと少女の手の中で粉々に割れた鋏の欠片が炎の光により暗い周りを照らした。
『あーあ、ぜんぶ無くなっちゃった』
そう言った少女は砕けた裁ち鋏を地面に撒き捨てた。
そんな様子を見ているとふと目にある物が写った、それは黄色い水仙の花だった。
僕はすぐさまその花を手に取る、よく覚えているこの花は……
頭が痛む脳裏に微かに浮かんだあの光景花びらが邪魔をして顔が見えない。
『あの……男……。』
目が酷く痛んだ。
何かで刺されたような感覚がし目を押さえた、この花があると言うことはこの少女はあいつに会っているのか。
無駄だとわかっていても僕はこの花について聞かなければいけない。
服についた錆を払い落とす少女にこの花を持った人を見なかったと訪ねる。
すると少女は目をあちこちに向けてから僕を睨んだ。
『あーしってるしってるわぁ、お花ヲいっぱいかかえてたー』
『何処に向かった!お前はその人を殺したのか!?』
『えーしんでない……うンキット。』
『じゃあ何処に……』
『そんなのどうでもいいの!
わタしはアベるをたすけにきただけなんだから!!
アベル……あべるあべるぁべル……』
そのまま少女はそれしか口にすることはなかった。
だが花に血が付着しているきっとこの少女によって深傷を負っているのは確かだ。
やっと……見つかるのだろうか。
僕に見つけられるだろうか、不安と衝動に駆られながらも僕はその花を握りつぶした。
もしも……ティアナを連れ去ったのならきっとあの人しかいない。
顔も声も知らないけど……確かに僕はあの人の事を知っている。
花を抱えている人なんてきっと……きっと……
もうすぐだ……もうすぐ全てが繋がる。
もうすぐ……ティアナを連れて帰れるのだ。
他の事件なんてどうだっていい、全てはこの日のためあの人たちを見つける為、僕が積み重ねた実績は何もかもあの人たちの為だから……彼らが見つかるなら僕はいくつもの事件を見逃し絶対に探して見せる。
必ず……必ずだ。
恨まれようがなんだろうが……僕は僕の為に何もかもを人の命さえも利用する。
僕は握りつぶした花を無意識のうちに口に運び噛み砕き飲み干した、警察の誰かがその様子を見て声をあげる、憎しみや悩みは全て花で飲み込む、何もかも腹にしまい込んで蠢く何かを沈めるように歯の擦れる音と口触りの嫌な感覚がした不味い花の香りや青臭さを交えながら鉄の味の花を噛み締めた。
ーENDー
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