第7話 甘い甘い蜜


甘い蜜


やっと会えたのにどうして君は否定する。

悲しかった悔しかった、こんなにも近くにいるならもっと前から見つけれあげられれば……

そんな風に考えた。


良かれと思ったものは君には悲しいと思わせるだけだった、どうしても死ねない僕は君になら殺されるのではないかと思っていた。

幼い頃から怪我は多くちょっとした風邪でも死にかけることが多かった。

誰かが言った弟は神に愛されているとだからと当然のように言う、そうなのかとただ聞き流していた。

君と離れてから神もそれを望んでいると思った沢山の貢ぎ物として人の命を捧げ罪を重ねればいつか裁かれるそれが僕にとって神に愛された弟自身たと信じていたのに……


君は神を嫌いと言った。

愛されていたはずなのに君は全く神を愛してはいなかった。


全ては間違っていた。

そうただの僕の妄想だった、寂しさのあまりに都合の良い夢を語っていたに過ぎなかった。

気づいたところで全ては遅い、狂った人形のような銀色の髪色に染まった赤い瞳と目が合う、その少女に弟が刺された。

赤い花びらを散らしながら服までも赤い花が咲いた、一目散に弟に駆け寄った。

必死になって叫びながら彼の名を叫ぶ。

自分でも驚くほどに声が出た枯れるまでずっと呼び続けていた、少女は何も言わずに立ち尽くしていた。

どうすればいい……こんなことを僕は望んではいなかった。

彼を失う怖さが込み上げ身体中を蝕んだ、今まで自分だって何の躊躇なく殺してきたではないか、なのに……大切な物を奪ってきたではないか……なのに……僕は初めて恐怖を覚えた。

初めて失う怖さを知った。

弟は弱々しい声をあげる、あぁ……僕はなんとう馬鹿なんだ。

ここから、逃げなければきっとすぐに人が集まってくる。

最後に弟の望むままやっと気づけた僕は弟を抱き上げ逃げ出した。

端から見れば女装した男が無様に走り去っているように見えるだろう。

そんなの気にならないくらい僕は必死だった、弟の暖かさが消える前に落ち着いた場所へと兎に角走った。

出口に向かいランプが転げ落ちる、そこから油が流れ火が暴れ出す、教会の柱から僕が育て飾った百合の花を導火線にし炎は舞い上がり教会ごと死体の詰まった棺桶と人形の少女を包み込んだ。

一瞬だけ振り返ろうとしたがそんな事している場合じゃない、あちこちに落ちている酷い姿の死体を見て僕は更に我に帰るここから一刻も早く逃げなければ……

真っ赤に染まったドロリと粘りけのある道を走り去り時々靴に滲みた出しても気ににも止めずにその場から逃げ出した。


**

どこまで来たのだろう。

この生活までもがもしかしたら僕の妄想の一部なのかもしれないだってこんな幸せな日々をまた送れるなんて思いもしなかったからだ、あの頃は弟と信じられる人もおらずひたすら妄信的に神を信じていたあの頃よりも気分はずっと良い……

彼と共に過ごすこの時間がなによりも尊く愛しい。


庭に咲き誇る百合の花々が今年も見事に咲いた。

弟は昔から一部白く変わった髪色をしていたが今はあの頃よりも髪はあっという間に伸び百合のように色素が一層抜け落ち白い部分が増えていた。

手に持っていた本の頁が風に煽られるその頁に赤いインクが染みていた。

あぁ、それは昨日の僕が自分の血で書いたものだ。

僕は首にぶら下げた十字架を見上げ、弟に声をかけられ笑って見せた。

弟は愛らしく微笑み返し僕の肩に寄り添った。


『ねぇ、カイン……』

『なんだい、今日は調子でも悪いのかな?』


彼の柔らかな髪を撫でると指と指の隙間から白い髪が通り抜ける、子供のようにはにかむその顔はなによりも愛くるしいものだ。

赤い頁を開いたまま彼はそれを頭上よりも高くあげ眺めていた。


『やぁ、カインの血は本当に綺麗だね。』

『そうかい?でも滲んでもう文字は見えないよ。』

『それでもいいさ、どうせ僕らは中々死ねない……

それはきっとまだあの神に愛されているせいなのかな?』


どうだろう……

それはわからない、愛されているのに死ねない僕らは一体何の為にここまで生きているのだろうか。

そんな価値はあるのだろうか。

いや、考えたところで理由がわかるわけがない、きっと一生わかることはないだろう、それでもいい僕には彼がいるのだから……


『ねぇ、カイン……』

『ん?』


彼は僕の名を呼んでから少しの間が空いた。

倒れ込むように僕の胸の鼓動を確かめるように身を寄せた、首から下げた十字架を見ながら彼はようやく口を開いた。


『知ってる?

罪を重ねた人間は「生きる事」しか許されないんだってそれが罪人にとっての罰らしいよ……』

『じゃあ僕は生きたまま罰を受けるんだね』

『うん、

だけど……兄さんだけじゃないよ……』


そう言って彼は僕から離れ庭にある百合を二本摘み取りまた僕の隣に座り込む、頬をうっすらと染めながら大切そうに花を抱えていた。


『僕も中々死ねないからね…

僕も罪人なんだ。』

『そうかいなら暫くは一緒にいられるな。』

『うん、ずっとずっと……ねぇカイン』

『なんだい、アベル』


静かな空間に二人の声が響いた。

また彼から口にされた言葉を聞き所詮僕らは一生生きるしか道はないのだと悟った。


『もう一生二度と離れないから……』

『あぁ勿論だ。』


歪んだ僕らのやっと手に入れた普通の生活。

百合の花は甘い香りを漂わせそれに誘われたもの達はそれに群がるしかない、そして自分が喰われた事に気づかないままその蜜に浸り永遠に繰り返し喰われ続ける。



『貴方は【僕の物】だ……』



いつかその身が腐りきりまで……


この罰を共に生きよう、アベル。

ーENDー








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