第5話 僕の運
僕は運が悪い。
尋常ではない程の不運にいつしか慣れてしまっている、感覚が可笑しいんだ、人が死のうとも街が一つ燃えようとも僕は何故か生きている、僕の代わりに誰かが死ねば僕は生きられる、あぁなんて不運だろう。
僕は死にたくない。
なのに、神様は僕を何度も殺そうとする。
人の命は脆く実に壊れやすい、簡単にその火は消えてしまう。
教会の人はそれは神に愛されているからだと言う、愛されているからこそ神に早く導かれる……なんてそんな馬鹿な話をそう容易く受け入れられるか。
こんな身勝手で最低なもの僕は嫌いだ、だから神様が大嫌いだった、僕から大切な物を次々と奪っていく。
僕には3つ上の兄がいた唯一の身内までも僕は生き別れ本当に辛かったそれなのに追い討ちをかけるように兄の行った孤児院は何者かの放火により火事で全焼したらしい。
誰も助かった者などいないだろうと言う噂があった、兄も死んでしまったのだろうか。
悲しくてこんな自分に嫌気が指した自身の首もとにナイフを当てる、これは贖罪だ、僕のせいで多くの人が傷つき死んでいった、そんな可笑しいだろ。
この命が欲しいならくれてやる……だが痛みの感覚があるだけで運悪く人に見つかり僕は中々死ねなかった。
どうして……死ぬ事を望まれているのに何故死ねない。
矛盾した足場に足が縺れうまく歩けない。
『どうして……こんな事ばかり……兄さん……』
痛い……
苦しいよ……
兄さん、兄さん……会いたいよ……自分ばかりこんな思いもう嫌だ。
死にたくないのに、だけどもうこれ以上他の人が死ぬのは嫌だ、もう心身ともに疲れていた。
全てが憎かった……
全てが嫌いだった。
新しい孤児院にいる人達も、嘲笑うような周囲の子達も何もかもが歪んで見えた。
教会なんて大嫌いだ、僕はその施設から抜け出した。
くだらない宗教の話に貸す耳などなく何かを素直に信じるほど僕は人間はできていない。
小さな小屋でなんとなく生きている、いつか死ぬその時まで……
あぁこんな不運な事があるだろうか。
**
いつしか眠ってしまっていたのか声が聞こえる、腕の隙間から見えたそれは言葉でなんと言ったらいいか、目付きは人の物ではなく化け物のような視線に背筋が凍るような恐ろしいといった印象を感じた。
思わず、起き上がるとあの狂気的な視線はなく代わりに一人の少女がそこにいた。
僕を心配してくれているようだ、あぁそうだ、この子を住まわせているのだとつい最近の事を思い出す……この子の家がわかるまで……僕はその頃まで生きてられるのだろうか。
正直たまたま倒れている所を通りかかり見捨てられなかった、一人でいた方がいいって理解していてもやはり一人は寂しい……。
自分で自分の最低差がよくわかる。
こんな少女に対して僕はなんて最低なんだろう、もしかしたらこの子も巻き込んでしまうかもしれない、得体の知らない恐怖に身体の節々に痛みが走る。
『アベル……大丈夫?』
『あ、うん、ちょっと変な夢見てさ……』
幼い子供を不安にさせてはいけない、僕がしっかりしなくては……
両腕を擦りながら、ため息をついた、そんな時ふと目に入った持ち手の部分が大きく開いた裁ち鋏が転がっている、やけに赤く錆びこんな物が家にあったのか全く身に覚えがなかった、それを拾うとエマと名乗る少女が血相を変えて僕から鋏を奪う。
刃がかすり指先が切れてしまう、急にどうしたのかと少女に訪ねてると両親から貰った大切な物だと口にする。
錆びていて使用できるかは不明だが彼女がそう言うなら僕はあまり詮索するのをやめよう、あまりこの鋏について関わるとろくなことにならなそうな気がしたからだ。
少女は裁ち鋏を服のベルトにぶら下げる、少女の両親は何の仕事をしていたのだろう、鋏を使う職業だとすれば衣服か物作りの所だと言うのはなんとなくわかる、それに少女の足や持ち物的にきっとそう言った人形関連だろうと思った。
少し間がありながらも少女は僕なんかに丁寧に謝ってくれる、玄関から誰かが訪ねて来たと言う事を知らせてくて僕はすぐに向かった。
玄関を開けるとそこには百合の花束を持ったシスターの格好をした女性が立っていた。
肌寒い季節には丁度いいかも知れないが見る限り冬使用の厚手の服を着た背の高い人だった。
初めの印象はそうだった、珍しい髪色で頭に被る布から見える毛先が白く色が抜けているのがわかる、こんな変わった色をしているのは僕と兄しかいないはずだ……
それによく見ると彼女は何処と無く兄に似ている気がした幼少期の頃に別れなんとも言えないが…その面影があった。
……いや、何を考えているだ、兄は昔あの火災で死んだはずだ、まだ断定できないが第一女性ではない……
女性の言葉などまるで耳に入らず何一つ理解できずに余計な物ばかり思考が駆け巡る。
思わず目が回り頭を抑え扉に寄りかかる、シスターは百合の花束を地面に落とし、僕を支えてくれたその時花独特の匂いがし、思わず顔を歪ませた。
一瞬だけシスターと目が合う、その目は何かを見つけたようなうまく言えないが背筋に嫌な汗が流れる、人目でこの人の側にいない方がいい……何故かそんな気がしてしまった。
『すみません……』
そう言って女性の腕から離れ落ちた花束を拾う。
宗教関連の話でもしていたのだろうか近くに聖書が落ちていた、やけに厚ぼったく変に膨らみ汚れが目立った。
それに気づいていないのか拾おうともせず彼女は笑ってその場を後にする、声をかけても彼女はこちらに見向きもせず、背を見送ってから、後で届ける事にした。
その本を拾うと近くで走っていた子供とぶつかりまた本を落としてしまう屈んでいたせいで僕も同時に地面に倒れた、打ち所が悪く鼻を強打する。
自分の不運さと痛みに悶えながらも、起き上がると僕の上に乗った子供たちは一点を見つめ怯えた顔つきで僕を見た。
声をかけると子供たちは僕から逃げていく、そんな酷い顔でもしていただろうかまぁこの容姿で何かと面倒をかけられた事もあり嫌いではあるが……あんな怯えられると流石に応える……。
折角の花束が少し崩れてしまい、そんな時落ちていた聖書の頁が捲れ大きく開き、目につきやすい赤や黒いインクで書かれた文字を目にする。
なんとなくそれを読んでみると、それは見知らぬ人々の名前が頁いっぱいに下記示されている、そして赤黒いインクが後からつけたのか酷く滲みシワを作っていた。
頁を進めているうちに、真っ黒に塗り潰される頁やただ赤く染まった頁もある何か書いたような形跡はあるが文字が滲み読めなくなっていた。
見てて不気味なものだ、あのシスターは一体何者なんだ……変に膨らみがある所を捲りその瞬間僕は声をあげて叫び本から手を離してしまう。
地面に落ちた時周囲の人々が僕を見る、慌てて本を手に取り部屋へと戻る。
何かの見間違いだと思いもう一度同じところを開くそこには沢山の死体のような人々の写真が折り重なって張られている、その他にも爪のような一部も貼られ恐怖に駆られる、口を手で覆い気分が悪くなりその本をゴミ箱へと捨てた。
机に手をつき一体次は何が起きると言うのだ……
どうか悪い夢であってほしい…指先の痛みが夢でなく現実であることを証明している…奥から少女の声がする、エマは酷く心配した顔で僕の服を掴む。
我に返り彼女の頭を撫でる、大丈夫……確信はないがきっと大丈夫と自分に言い聞かせた。
『アベル、鼻怪我してるわ』
『えー、さっき転んじゃって……』
対したことはないのだが……少女は絆創膏を手に取りしゃがむように強く言われ仕方なく少女に従う。
出来たと満足げな姿を見て少し安心した……あれの事はまだ誰にも知られてはいけない、後でどうにかしなくては……最近物騒であの探偵さん達の推理ショーが確かなら、犯人は恐らくここらにいるもし誰かに見つかれば犯罪者と勘違いされるだろう……
あぁ本当に僕はなんて不運なんだ。
深いため息をつき膝を抱え顔を埋めていると頭に手を乗せられる、幼い子をあやすように少女は僕の頭を撫でる、これじゃ立場が逆だ懐かしい頃を思い出すよく転んで泣いていた兄がいつもこうしてくれたっけ……
『あら、何処か痛いの?』
『いや、痛くないよ、ごめんね、情けなくて』
情けない想いで一杯だった、そんな僕に彼女は優しい言葉をくれる、こんな少女にまで元気づけられるなんて……
本当情けない。
それから、時間が経つのを待った、日が沈み人気が減ってきた頃誰かに気づかれないように手袋やフード付きの服を着込み本を持ち出し見つかりそうのない場所へ捨てようとした。
外へ出ると大勢の人が僕の家に集まっている、部屋から出てきたエマは、戸惑い僕は思わず身を引いた。
皆口を揃え僕が例の毒殺事件の殺人鬼ではないのかと恐れていた事が起きてしまった。
どうやらあの本の名前はその被害者だったようだ……死体が発見されその後全てではないが必ず、すぐに消えてしまうという例の事件の犯人と疑われてしまった。
……皆して僕に襲いかかり遺体は何処だと訪ねる、あちこちを引っ張られ隠し持っていた本が地面に落ちる。
それを見て人々は更に声を上げる、だが僕にはそんな事わかるわけがない……あぁなんて不運なんだ。
『そ、そんなわけないだろ!
なんで僕が人を殺さなくちゃいけないんだよ!』
大勢の人々が僕に対し色んな意見が飛ぶ、声が重なり何を言っているか判断ができずにいると問答無用で縄で手を縛られ頭には紙袋を被せられる、引きずられるように何処かへ連れていかれる、エマの必死に叫ぶ声が遠くなり捨てられるように僕は何処かに放り込まれた。
頭に何かがぶつかる、警察が来るまで、この教会に居ろだなんて……紙袋のせいでどうなっているのかさっぱり見当もつかない、だがいきなり警察に明け渡されるよりはマシかと冷静に考えた。
誰かの足音が真っ直ぐと近づいてくる、やけに蝋燭の匂いや花の香りに包まれた場所だった……そんな時ふとこの匂いを何処かで嗅いだことがある気がした。
足音が止まったとき紙袋が勢いよく外され薄暗く教会なんてそんな神聖な場所とは思えない印象を持つ光景が広がる、僕の紙袋を外したのは朝会ったあのシスターが床に落ちた本を拾い埃を払う仕草を見せた。
不適な笑みを見せる女性に嫌悪の目で睨み付けた。
あの本がこの人の物なら……連続殺人事件の真犯人はこのシスターで間違いない早くこの疑いを晴らしこの人をどうにかしなくては……
『お久しぶりです。』
その言葉に僕は顔ごと目を逸らした、こんな人と話すことなんてない……
あぁなんて……不運なんだ、このままじゃ疑われたまま捕まってしまう…その前にこの人をどうにかしなければ、エマや皆が……
『何故、顔を逸らすんだ。』
横から伸びた手が僕の顔を歪ませ掴み無理矢理顔を合わせた、強い百合の花の香りを漂わせた、その声は次第に低くなり、はっきりと男性らしい声に変わる。
無理に目を合わせ相手の指が頬に食い込む痛みに耐えもがいているとシスターのその目は曇ることなく真っ直ぐと僕を見つめている。
恐怖というよりも安堵したような不思議な感覚に頭が可笑しくなった。
『…か……カイン……』
自分でもわからなかった。
何故その言葉が出たのか、理解なんてできない、薄暗い教会を照らすほの暗い蝋燭の光がシスターの笑みを一層気味悪くした、自ら頭に被っていた布を外し強く強く僕を抱き締めた。
僕を拘束していた縄を外しあの事件の時兄が生きていた事、こんなにも近くにいたのに気づかず離れていた、やっと会えたと何度も僕の名を呼び兄はその美しい顔を涙で歪ませる。
そんな歪んだ顔すら美しく見えた。
『アベル…あぁ愛しい…やっと会えた……。』
『本当に……カインなの?』
僕は震えた手を隠すことなく兄と名乗る人の顔に触れる、暖かいやっと会えた、一度は諦めでも会いたかった実の兄が目の前にいる、こんな不思議な事はない。
なんと声をかければいい……何をすれば……
いいや…待ってくれ。
女性だと思っていたシスターが死んだと思っていた『兄』なら……あの『本』は……
もしもシスターの物なら……
兄の物なら……
僕は気づいてしまった。
僕に「幸福」と言う言葉は存在しない「不幸」だからこそその「意味」があった。
死を望まれ死ねないように……理不尽な程に矛盾したこの現実を神は僕を嘲笑い蔑み笑う為に用意された僕だけの……
実に意地汚いストーリーだ。
兄は……紛れもない…
連続殺人事件の犯人という……「不運」な「現実」だった。
その事に気づいた時……一体僕はどんな顔をしただろう。
ーENDー
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