第3話 夜の花嫁

夜の終わり


人の命の終わりのその後は……何処へ行く。

空、それとも土…君は何処だと思う。


はにかんむその笑顔は俺にとっては眩しくて暖かかった、柔らかな君の手に触れ、身を寄せ合う聞こえてくる君の心臓の鼓動はとても心地よかった。

ただそれだけで幸せだと思っていた。

このまま二人でいるのが何よりも幸せな時間だった。


出会いはいつしか夜が終わるのもいつの間にか。


君が実家からよく持ってきてくれる花を透明なガラスの花瓶に移し変えながら、今日の出来事の話を聞いていた。


今日は、紫のラナンキュラスの花であった。

多重の花弁に濃いものや薄いものが多数束になっている、触れてみると何処と無くひんやりとした感じがした。


近所のある頭の良い少年の話をよく聞いていた。

彼は他の子より少し浮いていて、どう接していればいいかわからないとよく相談されていた。

俺も子供は好きだ、いつも通り普通に接していれば良い、君らしいそのまっすぐな言葉を聞かせれば良い。

君は笑う、何も知らず純粋無垢なその笑顔は何よりも美しい。

楽しげにその話は毎日続いた、彼女の嬉しそうな声を聞くとこちらまで嬉しくなり心の中が満たされていた。

君はいつも花を抱えては、俺に手渡しをする、飾れと言わんばかりに断ることもできず、いつしか俺の部屋は花に溢れていた。

まるで君に満たされているようだ。


可愛らしいピンクのチューリップ、黄色いヒヤシンスの花、赤くくすんだ色のアザレア、香りのいい鮮やかなクチナシ……

そして赤い……赤いゼラニウムの花。


何の意味かはわからないが花屋をしている君はいつも不思議な花を持ってくる、たまに季節外れの造花を持ってくることもある。

それすらも愛しく可愛い人だった。


忌々しい黒い雨が酷く降りしきる少し前の時間…。


『やぁ、ティアナ、今日はどんな花を持ってきてくれたの?』


ちょっと困ったようにそう訪ねると珍しく今日は何も持っていなかった、よく花が売れたらしく俺に渡す分の花が無くなってしまったらしい。

そんな事は別によかった、残念そうに俯く君を部屋に招き入れ紅茶を淹れる、いつも通りの会話いつも通りの風景何一つ可笑しくはない。

元気のない君に朝庭で見つけた花をプレゼントする、僕にはよくわからないが珍しい色の花だった、赤のようにも茶色にも見える、シックで落ち着いている色の花を渡すと君は目を丸くする。

いつも可愛い色の花ばかり贈ってくれるため、かわりに彼女に似合う花を渡したつもりなのだが何か嫌だったのか曇った表情の彼女に訪ねるてみるが首を横に振ってその花の名を教えてくれた。


『……これはね、チョコレートコスモスって言うんだよ。

ほら、香りも似ているでしょ?』

『へぇ、可愛い名前だね。』


花の香りを確かめながら甘く感じるその匂いは確かにほんの少しだけチョコレートのような感じがした、詳しく花の事を教えてくれているうちに空は突然曇天へと移り変わる、彼女の家は崖に近い場所だったため、雨が降っては危険だ家まで送ろうとしたが君は断る、すぐ側なのだし不必要だと笑う。

一度言ったら聞かない彼女だ、せめて傘をと手渡す、素直に受け取ってくれた彼女は手を振りまた明日と口にした。


俺は馬鹿な自分を死ぬほど恨んだ。


強引でも共にいれば……あんな事にはならなかったはずだ、その日の雨は壁を殴り酷い豪雨だった。

まるで何かを告げるようなそんな俺から何もかも奪っていったような音だった。

朝早くから、彼女のご両親が訪ねてきた。

眠たげな頭を動かし、唐突に聞かされるその内容に頭が真っ白になる、泣き崩れたご両親は、彼女の部屋にあった作りかけの造花の花を俺にくれた。

その話を聞きふと今日の日図けに目を向ける、毎年その日になると彼女がプレゼントに添える花に良く似ていたから……

彼女が死んだと聞かされた今日は……偶然にも俺の誕生日であった、いつも忘れる俺に忘れられない日へと変貌を告げた。

……死因は頭部の傷が原因だったらしい、崖から滑り足の骨が折れ崩れた岩に頭部を酷く打ち付けた、それが切っ掛けとなり死に至たったようだ。

その時の彼女が一体何を思っていたかはわからない、たまたま足が滑りその先の崖へ落ちたのか、どうか何か理由があったのか……。

俺にはわからない。

ただ俺は……あの花を渡してから、様子の可笑しかった彼女が気になって頭から離れなかった、彼女の葬式後自分なりに本で調べてみた……

何も知らなかった俺にとってそれは彼女に贈ってはいけないものだった。

いや、俺達にはあってはいけないものだった、『恋の終わり』それは幸せとは裏腹に最悪のプレゼントをしてしまった。

善かれと思ったものは彼女にとって辛い事だと部屋に戻り手に血が滲む程に机を叩き尽くす。

唐突に奪われた幸せ…自分が殺してしまったかもしれない感覚に俺の足は震え夢に囚われることも増えていった。

この意味を彼女が知らないはずがない……あれだけ花を愛し人を愛した女性だ、俺が彼女を嫌っていると勘違いしたのではないかと思い込んだ。

眠れない……眠れない……眠ることなんてできるわけがない……あぁ許してくれティアナ……無知で馬鹿なこの俺を

許してくれ

許してくれ

許してくれ

許してくれ……

俺のせいで彼女が死んだと思い謝罪するがご両親は俺を責めなかった……

誰のせいでもない……自然に起きた……事故、誰も責められないだって彼女も他の人も皆は悪くない、初めからこの事故は誰の責任にもましてや罪などないのだから……。

心に何かが突き刺さる……

痛い

痛い

痛い

痛い……

眠れない夜が続く……目はすっかり覚め割れた鏡に自分の顔が映る、醜い己の顔だ、目元は酷いクマができ髪はめちゃくちゃな事になっている、気づけば家に咲いた花は全て枯れてしまっていた。

彼女のようにもう二度と色づけることはなかった、そこに花の香りはなくカビのような臭いに包まれる、一部の造花は埃をかぶり花瓶の花は水すらも乾き変色した花弁が机に落ちる。

ヒラヒラと落ちた花弁は、音もたてずに崩れた。

彼女が残した作りかけの造花の花を握りしめ一人毛布に身をくるまり寝ていた。

どうしたらいいかわからなかった、家を抜け出しては、彼女の遺体が保管される施設に足を運ぶ、瓦礫の事故のこともあり棺に入れ墓に埋めるにはだいぶ時間がかかった、誰も来ない冷たい空気に覆われた部屋に寝るむ彼女は……まだ目を開けてくれない。

当時は瓦礫を退けるのに精一杯だったため地面の汚さや花が無惨にも潰れ荒れ地と化していた。


『明日……君は埋められる……。』


石のように硬直した彼女手にはもうあの温もりはない、あの心地良い音もない、小さな花をつけた白いカスミソウに敷き詰められた彼女を抱えここではない何処かもっと別の花がたくさん見えるところに行こうと考えた。

埋められる前に二人で違うところに行こう。

俺は君を愛してる、変わらずにずっとずっと愛している、大好きな君を失いたくない、そんな事を想っている間にいつか俺は彼女に自分の愛が伝われば目を覚ましてくれるのではないかと……淡い期待を募らせた。

白い服を身に惑いまるで花嫁のようだ。


『さぁ……行こう…ここじゃ君の好きな花は見えないだろう。』


彼女を抱え暗い夜道をさ迷う…

誰かが来ないうちに二人で逃げよう……。

これからはずっと二人きりだ……もう君を悲しませない、君は何処へ行きたい……そうだ暑くない過ごしやすく花がよく咲く場所へ引っ越そう。

重く腕にのし掛かる変わり果てた君の体はどうしてこんなにも冷たいのだろうか、眠り続ける君に俺は一人……語りかける……。

現実を見ているフリをして……歩みを止めることなく進み続ける。

まっすぐと暗い道を……

**

随分と歩いたふと見た足には血が滲みあちこち切っていた、冷たい倉庫の中明かりもない……今の君には居心地がいいだろう、ベッドに寝かせ服を整える花嫁に必要な白いレースをあしらった透けたベールを被せる、ここには少し離れたところにいろんな花がある、その中でも黄色い水仙が咲いている、花で作った薬は病良く聞くと言う、君の体に良いと思い作ってきた……彼女の好きな花を周りに敷き詰め毎晩願っていた。

花を摘みに街に出る賑やかな街の人達の会話からあることを聞いた……


若い女性の血で染め上がった花には命が宿る。


その花を与えれば失ったもの帰ってくる、そんな馬鹿らしいおとぎ話を耳にする……そんなの不可能だ、前の俺ならそう言っただろう。

そんな言葉を耳にし立ち尽くしていると、小さな少年に声をかけられる。


『変だよね、皆そんな噂信じるだよ……』


独り言のようにも聞こえるその少年は門に積まれた木箱に腰をかけ呆れた表情を見せる。

久々に彼女以外の人と言葉を交わした……


『お兄さんも信じてるの?』

『……さぁ………だけど』


そう言いかけ口を濁した。

少年は何度か訪ねてくる、だが首を振り微笑んで少年の元を去った。

一体彼はなんだったんだろうか、何処か少年らしくない物腰に何もかも見透かしたようなあの目……


『嫌いだな……あの目……』


風に煽られ舞い上がる水仙の花びらが遠くへと向かう。

追いかけるように足を運ぶと人気の少ない所にきた、草が生い茂り俺たちが住んでいたあの場所とは似ても似つかない場所だった。

舞った花を拾う少女が俺のもとへと来る。

無邪気に笑う少女、あの街の人達の言葉と少女の声がが重なる、俺は微笑んで少女に花を送る、その笑顔がその花が……酷く酷く醜く映ってしまった。


俺は呼ぶ、少女はこちらを振り向く……あぁ醜い……。


手を伸ばす……少女の頬触れ暖かな体温が伝わる、その熱にも気持ち悪さを覚える、藁にもすがる思いだった、もしも……もしもあの噂が本当なら彼女が目を覚ましてくれるなら……この命だって捨てたって構わない。

少女の細い体は簡単にどうにかできた何もない原っぱの真ん中少女の体を地面に押し潰す声がでなくなるまで締め上げる潰された花々がまるで俺たちを覆い隠すように散った、それは少女の命を摘み取ったように鈍く砕いたような音が耳元で繰り返し響いた。

少女の体を花と共に持ち去る、遠くで何かが落ちる音が聞こえたがそんな物に気を取られている暇などない。

早く……早く彼女の元へと行かなくては……

早速帰ったとき少女の体を切り裂いた余分なものはゴミ箱へ捨てできるだけ絞り取った血液を何処へ保管しよう。

花はなんでもいいのだろうか……水仙の花束を抱えずっと空っぽだった花瓶に血を注ぎその中に花を添えた。

赤く染まるだろうか……どんな風に染まるだろうか……血で汚れた手で花瓶に触れ膝をつき願う。

戻ってきてほしい……


もう一度……もう一度……君会いたかった。


その数日後花は色好きいてきた……真っ赤に染まり、所々黄色も混じり不気味に見えた。

花瓶の血は底をつき、花を彼女の手に持たせる……だが彼女はまだ目を覚まさない……まだ足りない……。

俺は繰り返した。

花を作るために少女を探す、何処かで聞いたことのある少年の声、君は随分と立派になったんだね……探偵さんかい…。

人混み中、君は俺に気づかない、花を抱えていると、逆流し背の高い薄い黒髪に毛先が白い青年と肩がぶつかる、軽く会釈をした。

その時微かに百合の匂いがした気がする、百合の花……今度はその花で作るもの良いかもしれない……彼女の好きな花だ。


いつか俺も彼に裁かれる時が来るのであろうか……でもこれは別に犯罪ではない……彼女が帰ってくるそれまでの準備に過ぎないのだから……。

黄色い水仙を手に持ち、一人孤立した少女に声をかける。


『やぁ、こんにちは……。』


ニコりと微笑めば警戒などされない、君の話を聞くのは面白いかも知れない、でも今はそんな事をしているほど暇ではないのだ。

少女を連れ……彼女の元へと帰る。


この花瓶を君がくれる花意外で埋めたくない……

あぁ、ティアナ……目を覚ましてくれ……そして……もし目が覚めたらその時は一緒に……もっと静かな……綺麗な花が咲く場所で二人で暮らそう。


俺は待ち続ける……

それが叶わないとわかっていても……。



ーENDー





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