第40話 船上の夜は更ける

 カラオケは、まぁ雅の気晴らしにはなったであろう程度に収まり各々部屋へと帰るばかりとなった。セミスイートとスイートは階が違うために雅や葉山とは分かれている。しかし、ここで素朴な疑問に気づく。


「あれ、そういえば零の部屋ってどこだ?」


何食わぬ顔をしてスタスタと俺と共に階段を上ることに違和感があった。


「あ、それがですね。涼さんのお部屋に遊びに行くから涼さんのお部屋に近いところでお願いしますとお爺ちゃんに言いましたら、二人でスイートを使えば話が早いだろとのことでして、その……ご一緒してもよろしいですか?」


「あー、そういうことね。まぁね。いいよ。」


「はい、ありがとうございます♡」


まぁこんなことではあるだろうと思っていた。そして、何故か同じ部屋になる許可を出した瞬間から俺の左腕は零の胸に完全にロックされて非常に歩きづらい。心地いいような悪いような……。


「あれ、そういえば荷物は?」


「もう運んでもらっていますので、たぶん涼さんのお部屋の前にあるかと思います。」


「あ、そう。」


ホント、抜け目ないよなー、その辺。


そして、目的の階へとたどり着いた。察するに、スイートルーム専用の階なのか。エントランスがあり、コンシェルジェに広めで豪華な廊下に明らかに少ない部屋数……。若干の緊張感があるな……。


「東雲様と萩原様ですね。お待ちしておりました。お荷物の方はすでに運んでおりますので101号室にお願いします。」


緊張感をさらに増幅させるような印象であるが、丁寧な女性コンシェルジェの対応に庶民はもうついていけそうにない。


いかにも金持ちという廊下を歩き、101号室に到着する。

 


少々重めの扉を開けると、そこにはスイートルームとは何なのかというのをまざまざと見せつけてくれるものであった。無駄に大きいようにも見えるキングサイズのベットに、ソファに落ち着いた色調のデスクを備えたリビング、ガラス張りの大きなバスルームに洗面所……。


「うわぁ、すごいお部屋ですね♡」


「すごすぎるだろ……。」


ただいまの時刻は午後8時半、寝るにも風呂に入るにも少し早いな……。まぁこの部屋に2週間というのは何ら文句は無いので、そこは良かったが、この中途半端な時間をどうするか……。


「零、これから何処かに遊びにいかないか?そうだな、船上で夜のデートといこう。」


「は、はい♡(よ、夜のデート~)」


と言いつつ、単純に爺さんに言われた勧められたバーに行きたいだけなんだよね。まぁ、年齢確認されてるからジュースだがね……要は雰囲気なんだよ。



てくてくと船内の散策もしつつ、目的のバーへと到着した。バーというので、暗めの照明かつ海と夜空を楽しむには大きすぎるほどのガラス張りの施設であった。店内は、ありがちだがカウンター席とソファ席があり、何とも優雅な雰囲気を帯びている印象である。特段に、ドレスコード的なものは無いのだが、何故か零はどこから出してきたのか、黒を基調として胸元のやや開いたナイトドレスに身を包んでいる。はぁ、女を侍られてる使えない男みたいな状態なのは、さておいておこう……。


「いらっしゃいませ、ご来店ありがとうございます。お飲み物はどうしましょうか?」


そうこうして、海と夜空を見ることのできるソファ席へと向かうとマスターらしき人物がとても物腰の柔らかい口調で注文を取りに来た。


「ノンアルのカクテルをお願いします。マスターのおまかせで!」


このバーの雰囲気に若干飲まれつつある人間を置いて、零が楽しげに注文をした。


「はい、かしこまりました。」


少し間が生じたようにも見受けられたが、即座に柔らかい笑顔をして去っていった。まぁ、バーのマスターともなればそうだろうな。


「涼さんは、こういう落ち着いた雰囲気の場所がお好きですよね?」


「まぁ、そうだね。あまり騒がしいところは苦手なんだよね~。そういえば、最初に零を見たのも落ち着いた雰囲気のところだったね。まぁ、その後は騒動だったけど……」


「そうですね~。でも、私にとっては運命の出会いでした♡。」


「不謹慎ながら、若干あの状況を楽しんでいる自分もいたからね。マジで連絡橋のところは死にそうだったけど……。」


「血だらけで本当に心配したんですよ。」


「それに関しては何も言えない……。でも、まぁあれから結構経ったなぁ」


 壮絶な経験だったことには何一つ間違いはないが、時が経つにつれて幸せや楽しい時間によって上書きされている印象を覚えている。


「お待たせいたしました。ドリンクになります。」


 静かな雰囲気を殺さない程度に少し大きめの声が聞こえると、ドリンクが運ばれてきた。暗めの照明なので、そこまで鮮明に見えるわけではないが、カシスオレンジに似たような感じの印象を受けた。


「あ、涼さん、これ美味しいですよ。」


「え、どれどれ……、確かに。これはハマりそうだわ。」


 ジュースと言ってしまえばそれまでだが、その辺のジュースとは一線を画すものがあったように感じた。暇があったら、また来ようと決めた瞬間でもあった。


「でも、これがお酒だったら、私すぐに酔っぱらってしまいそうです。」


「うーーん、零の場合、それは否めないね。」


 確たる証拠は、日本酒のところだな……。酷い酔い方をするからね……。大学のサークルとか歓迎会だったら漏れなくお持ち帰りコースだよ…。


「あ、でも涼さんの前か、女の子同士での席でしかお酒は飲まないようにするので安心してください♡。」


「そいつはどうも。その前に、お酒の慣らしをした方がいいね。」


「それもそうですね……。」


こうして、他愛もない会話を満天の夜空を見つつするのも悪くないのかもしれない。そして、どんどんと夜は更けていく……。




「さて、明日はどんな催しをするとしようかの~、ほ~星空か……。儂の孫の伴侶は正解できるかの~。」


 こちらはこちらで、夜空に違う思いを乗せている様子だった。





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