第39話 永遠の歌姫
船上での昼食というのも良いものである、ましてやそこそこ馴染みのある中華となれば尚の事。まぁ、個室で円卓というのは何とも異世界に感じるのは俺だけだろうか……。
「ねぇねぇ、これからどうする?遊ぶ?」
雅は食事の終盤にさしかかり、そんなことを言った。
「遊ぶって言っても、雅と零はエステじゃないのか?」
「そうなんだけど、今じゃなくて良いかなぁって話してたの。」
「あ、そう。まぁ、そこそこ長めの船旅だしな。」
気分によって予定変更というのは、人間ならばありがちな事なので気にはしないが、これから何をするのかというと考えが出てこない。
「あ、そうだ、なんか船内の広間にピアノあったからそれ見にいかない?」
「あ、そう」
会話の中心となり得ている俺と雅により遊び先は決まった。
雅が言っていたピアノというのは、グランドピアノではあるが、それが何とも言えない。俺は、学校にあるような黒いのを想像していたが、そこに存在していたのは、透明で内部の弦がはっきりと見えるものであった。最近、こういうピアノ流行っているの?と疑問を抱くほどにね。
「こういうの弾いてみたかったんだよねー。」
「なんだ、雅はピアノ習っていたのか?」
単純に疑問に思ってしまった。まぁ、俺の場合は音楽や美術というモノに関してはセンスも何もないのである。小学校や中学校の授業はそれそれは苦痛だったなぁ。
「うん、一応ね。勇人もでしょ?」
「そうなのか?」
「あぁ、習い事ランキングの上位だからという理由でね。」
「ほー。」
なんだろうか、この何とも言えない感覚。分かってはいた、金持ちの習い事と言えば相場は決まってくるし、その理由も自明だろう。もっと、考えた末にピアノになりましたと言われれば、こんな感覚に陥ることは無かったのに、いや慣れてきた自分もいるのではあるが……。
「待てよ、てことは零も弾けるのか?」
「はい、3歳の頃から祖母の影響で高校に入学するまで習っていました。」
「まぁ、そんな感じはするわな。」
ほら、予想通りだ。この人マジで凄い、習い事制覇してますって言われても9割方信じてしまうぞ。
「じゃあ、零ちゃん、一緒に連弾しよ!」
「はい!」
まさかのピアノコンクール開催が決定してしまった。まぁ、ピアノの音源とかは好きなアニメとかのだと推せる種族にいる人間としてうれしいが、この方々の場合は多分、凡人にはあまりピンとこない曲を弾くのだろう。
ピアノの演奏が始まった、なんというか心地が良いような、知らない曲のために反応に困るような、またしても何とも言えない気分である。そのついでに人もちらほらと来たな。このピアノの周りにあるソファの一席を確保しておいてよかったよ。さすがに立って聴くほどの猛者でないのでね。
そうして、人が増えたように思っているうちにタイトルは忘れたが俺が結構ハマっていたアニメのメロディらしきのが聞こえてきた。だが、なんというか眠くなってきたようだ……。あれ、そういえば、前に爺さんや零とピアノの演奏会だか何か……あ、東フィルだ、でも確か、あの時は起きていた?
どうも、完全に意識がどこかに消えてしまった……。
俺が眠りに落ちる前、そう大体1曲分くらい前
「ねぇねぇ、零ちゃん、涼君眠そうだよ。それも連弾の時は起きてたのに、零ちゃんが違う曲弾いてからは特に……。」
「え、ホントですか!、嬉しいです。」
「え、嬉しいの?、普通、好きな人にはずっと聞いててほしいんじゃないの?」
「涼さんの好きなこの曲が弾き終わりましたら、説明しますね。他にも弾きたそうにしている方々がいる様子ですので……。」
「うん、確かに結構人来たしね。」
そして、零や雅がピアノを他の腕に覚えありという人に譲り、寝ている俺、そして起きていてずっと耳を傾けていた葉山のもとへと帰ってくる。
そして、俺は音に反応して起きてしまったようだ、知らないうちに俺の隣には零が少し狭そうにして陣取っていた。
「あ、涼さん起きましたね!」
「なんかね。少し心地が違うんだよね。あ、ごめん零たちのほとんど聞いてなかったね。」
「いえ、私は寝ている涼さんが聞いているのが一番幸せです♡」
「えっ?」
何だ、あまり頭が回らないうちに新しい切り口の嫌味が飛んできたのか……。
「にしても、今弾いてる人、少し下手じゃないか?」
「勇人もそう思う?」
「まぁね、何というかあまり基本的なところを習ってきていないのかなぁ、あと少し音が強いかな。」
「ふふ、雅さん、それが私が嬉しいと申し上げた理由ですよ。」
「え?、もしかして涼君は上手な人が弾くと眠って、そうじゃないと起きるの?」
「はい!」
「あれ、零、ピアノで寝たって言えば前にもあったよな。確か、東フィルだっけ?」
「はい。あの時も涼さんはピアノに限らず、東フィルの演奏の時はさっきの様に寝ておりましたが、その時は大ヒットアニメ映画のオーケストラコンサートも兼ねていました。そのためにピアニストがその主題歌を歌うグループの方に変わるときがあり、その時に起きられました。その方は、緊張もあったのかミス、音の強弱がちぐはぐであまり良い演奏とは言えない感じでした。そのために急遽、東フィルの方に変わるとまた涼さんは眠ってしまいました。余談ですが、涼さんが寝ているときにピアノを演奏していたのは、国内や海外を問わずに数々の賞を獲得されている方でした。」
「なるほどね、そうだったのか。だから、少ししか記憶がないのか。」
「じゃあ、連弾の時は起きてたってことは私、下手ってこと?」
「その様だね。」
「ちょっと、勇人~。」
「でも、僕は良いと思うよ。少なくとも今弾いている人に比べれば百倍上手だよ。それに、今の話からすると、東雲さんは東フィル並みという事になるよね。あの所属するだけでも国内最難関、ましてや海外でも賞を取るピアニストと肩を並べているというのだから。」
「涼君もだけど、零ちゃんが凄すぎるのよ。むー。」
「まあまぁ、そろそろ夜ごはんとしようよ。」
何か知らないが小声で雅と葉山が仲睦まじく話しているようだ。
「涼さん、さっき涼さんの好きなアニメの渡月橋という曲を弾いたのですが、どうでしたか?」
「どうでしたかって、寝ていたから分からないよ。」
「涼さんの寝ている姿を見たときは本当に嬉しかったです。ずっと弾いていたいなぁと思いましたから。」
「そいつはどうも。」
零の心底嬉しそうな表情を見るのは、飽きないようだ。寝ている最中に感情のようなものがたまに出てくるが、その時はいつも、ずっとこの感じが続いてほしいと思う。
その後は、なぜかテンション低めの雅や慰めの表情をした葉山とは別に夕食を取り、そして、テンションを上げようということで零の発案したカラオケに来ている。なんでもあるな、この客船。カラオケとは……。
「じゃあ、私から歌いますね。」
零が選んでのは、まさかの……アユのmだった……。
曲が流れ始め、零の綺麗な歌声が響き渡る。視線がずっと俺に向けられているのはなぜだろうか?
「マリア~、愛すべき人がいて~」
あー、やばいこれはまずい。非常にうまいぞ、心がやられそうだ。
そして、零が全て歌い終わると、雅と葉山からの拍手喝采である。そして、点数表示は100点であった。
「涼さん、どうでしたか?」
「俺は、音楽に疎いからあんまりモノを言えないけど、零の歌はずっと聴いていられるね。」
「ありがとうございます♡」
あれ、この展開どこかの小説にあったような……。
「勇人~、一緒にwinding road 行くよー。」
「はいはい。」
カラオケがまだまだ続く……。
ちなみに俺はこれを
「耳を澄ますと、かすかに聞こえる雨の音~」
零が終始熱い視線を送っていた。
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