第38話 水平線を眺めながら

 「Time is money」

 この言葉は誰もが耳にすることがあるだろう。しかし、これの本当の意味を知る者はそういないはずだ。この言葉は、ベンジャミン・フランクという人が書いた

「Advice to a Young Tradesman(若き商人への手紙)」の中で「Remember that time is money(時は金であるということを忘れるな)」というものから来ていると言われている。要は、時間というのはお金と同等に貴重なものであり、無駄遣いをして良いものではないのだから、気を付けて有意義にしなさいという事だ。

 今の時代に当てはめると、情報の移動というのは非常に高速化されており、設備が整っていれば、地球規模であればタイムラグはほとんどないと言ってよいだろう。


 しかし、人や物の移動はどうだろうか。

 確かに時代や技術の発展により移動手段の多様性は増し、速度も増している。情報の移動と比べれば、雲泥の差があるのは目に見えている。そこで、面白いことに人間というのは、より速く移動が可能なものにはより多くの対価を払っている。なぜだろうか?…… それは、時間が惜しいからである。どうせ行くのであれば、速い方が良いだろう、それに例えば電車より新幹線の方が速いし、快適だろう。


 これから我らが乗る「船」というのは昔の海での移動手段であり、船員の生存率というのはかなり低かったようだ。今は、海外に行くのにはもっぱら航空機であろう。そのため、船は商船を除くと豪華客船、娯楽的な印象である。


 そう、「時は金なり」というものには逆行する。まぁ、人生とはそんなものだろう。ましてや、ご褒美旅行となれば尚の事。



 長い前書きはさておいて、いよいよ研修旅行初日を迎えた。そこそこに暑いところをクーラーの利いたバスに乗り、そこそこデカめの東雲海運の入っている港でおりて乗船。朝9時という早くも遅くもない時刻である。


 「にしても、ここの学校の連中というのは、船旅もお手の物だな。誰も感動してキャーキャー言ってる奴がいない。慣れている……。」


 俺はアウェイ感の半端なさを嘆いていた。


 「まぁ、そんなものだよ。世に言う上流階級の人間の令嬢、子息ばかりなんだから。逆に船に乗り慣れている人間の方が、東雲海運の凄さに心の中で驚いているはずだよ。このサイズの船をいくつも所有しているのは世界でも指折りだからね。」


 葉山は冷静に全体を見てそういう。無論、そのような事を言ってほしいわけではない。


 「ねえ、零ちゃん、ここエステも入ってるらしいから、後で行こ!」


 「あ、いいですね。行きましょう!」


 雅と零は楽し気であるが、この会話も違う。俺だけはそう感じていた。


 「ねえ、涼くんはどうするの?」


 「あぁ、とりあえず、風にあたって休みたい。」


 「「「えっ」」」


 雅からの問いに対して、少々疲れていた俺の意見は想像を絶するものだったようであった。



 そして、何を思ったのか葉山は俺に着いてきて、船首とまではいかないが、そこのテラス席でコーヒーブレイクである。


 「なぜだ、なぜこの学校に普通の行事はないんだ?」


 俺は慣れてしまったはずの生活に疑問を感じていた。


 「まぁ、入学している人間が人間だからね。涼にとっては非日常でも、他にとっては単なるバカンス、旅行と等しいんだよ。まぁ、それがこの豪華客船というのは驚きだろうけど……。」


 「だよな~。まぁ、楽しむしかないかぁ。」


 「まぁ、そうだね。運動会を頑張った結果だからね。それに確か、涼はスイートルームに宿泊するんだろ?」


 「よく知ってるな。そう、何か爺さんから言われたMVP的な感じだって。」


 そうなぜか俺は数ある部屋の中からスイートルームに選ばれた。何でも上位3組の各クラスのMVPには、スイートルームが与えられるという寸法である。まぁ、およそ2週間の旅行をスイートで過ごせるのは幸せなことであろう。


 「こっちはセミスイートだったよ。」


 「十分だろ。」


 一般人からしたらスイートとセミスイートに何の違いがあるのか正確に教えてほしいくらいだ。まぁ、葉山や雅の様な「超」が付くほどの上流階級には納得に至らない点があるのだろう。


 「だから、たぶん雅がそっちに遊びに行くと思うよ。」


 「いや、いつものことだろ。」


 「確かにそうだね。海の家以来かな外泊で遊ぶのは、あの時はすごかったな……、深夜の……、何とは言わないけど。」


 「言いたいことは分かる、零がね…。ちょっとね……。」


 お察しの通り、深夜に行ったベット上の運動会のせいであり、もはや筒抜け的な感じになっていたからな。


 「まぁ、その話は今後の課題としてだ。Aクラスに関しては運動会以降だんだんと親睦とかが深まってきた印象だが、その他のクラスについては分からないからなぁ。たまに、爺さん繋がりの会合とか会食、パーティーで会うけど……。」


 そう、俺はあまり社交的な人間ではないため、そういった顔を売る的なことや友達作りが不得手なのである。


 「うーん、確かにそうだね。この旅行に来たのはAクラス、Cクラス、Eクラスだからね。」


 「ほぼ絡みがないな……あ、Cクラスに確か風紀委員長がいたな。」


 「まぁ、そうだね。そのあたりしか分からないがの事実だね。」


 こんな具合に世間話的なことをしていると、昼時の時間となり、昼飯はどうしようかと考えていた。さすがは、豪華客船という具合にイタリアン、中華、寿司、料亭など様々なテナントが船内にあるらしい。しかも、あまりマナー的な所に厳しくないというのが俺としては嬉しい。あまり育ちが良い方ではないのでね。


ピロンと、携帯が鳴る。零からのメッセージである。


 「お昼ご飯はどうしますか?雅さんは、一緒に食事しようとのことでしたが……。」


 「オッケー、食事は零と雅の好みに合わせるよ。」


 「はい、わかりました。」


 まぁ、この4人で行動するのは最早日常茶飯事だからな。何も疑問に思わない。


 「なぁ、葉山、昼は雅と零と一緒だそうだ。いいな?」


 「あぁ、分かってるよ。多分、雅のことだから中華が良いと言うはずだよ。」


 「根拠は?」


 「なんとなくだね。」


ピロン、また携帯がなる。答え合わせだ。


 「雅さんが中華が良いとの事でしたので、中華になりました。レストラン街でお待ちしてます。」


 ほー、さすがだなと感心した。よく好みを知っているものだ…。


 「よし、葉山、レストラン街に案内してくれ、まだこの船の構造を覚えていないんでな。」


 「オッケー。で、結局何を食べることになったんだい?」


 「さっき、自分で言ってただろ。」


 「やっぱりね。」


 自分の彼女の好みがわかるというのは見習うべき点である。そう思った。

 そして、レストラン街に向かい、零や雅と合流する。


 「んで、雅、中華って言うけど店は?」


 「ここだよ」


 雅に質問して、その店名は……   「天下一品」

 

 「は?」


 なんだろう、この豪華客船に不慣れな人間に対する手加減なしの洗礼。

 まさか、あの天下一品か??。

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