第37話 研修旅行なるもの
人間というものは、非常に面白いものである。なぜならば、ある欲望が叶った瞬間や死に際において途轍もない集中力を発揮し、脳の処理速度が上昇し、あたかもその場面がスローのように目に映るからである。走馬灯とでも言えば、分かりやすいだろうか。
まぁ、零の一糸まとわぬ姿のみならず、他の女子諸共となると脳の処理速度は格段に上がったのは言うまでもない。しかし、即座に零に阻まれてしまい、いや正確に言うと零の胸に顔を押し付けれて視界を奪われた。お風呂に入っていたのもあり、鼻腔にくる香りや感触から、俺の意識は飛んでしまった。目覚めたときには、日付は変わり、未来と彩の姿はない。零に聞くと、お泊りしてもうすでに帰ったということだった。
「零、あの時は風呂に入っていたのか?」
「はい、時間も時間でしたので。まさか、あのタイミングでとは思いませんし たけど、見たんですか?」
まだ、起きぬけの俺にとっては頭が回っていない。しかも、俺が寝ていたと思われるのは、ソファである。まぁ、零の配慮なのか、ブランケットがあった。
「えっ?」
ほほう、ここにきて俺の人生の終止符が打たれようとしている。
「涼さんもこれから会社のトップくらいの方になって、夜に遊びに行かれることもあると思いますので、他の女性の体を見た程度では何も言いませんけど……。」
「えー、すみませんでした。」
なかなかに食い気味の謝罪を入れていく。
「まぁ、私たちも非はありますので……。」
「とは言ってもなぁ、ほぼ全面的にこっちが悪いから、今後は気を付けるよ。」
零も少し意外そうな顔をしていたが、先ほどの雰囲気よりは幾分かマシになっただろう。とはいえ、俺はつまりそのまま寝ていたわけなので、俺自身は風呂に入ってはいないのである。
「はぁ、じゃあ風呂の準備でもするかなぁ。昨日は入ってないらしいから。」
「あ、じゃあ私も♡」
なぜか知らないが、毎度恒例の零とのお風呂である。最近となっては当たり前になっており、恥ずかしさや躊躇いの類の心持ちは消え去り、一人で風呂に入る感覚まで精神安定を図れているのは男の中でも指折りだと思っている。ましてや、タオルなしで入るなどという零を前にしてだぞ、その辺のものとはわけが違う。当初は、無駄に広いと感じていた浴室や湯舟も今では、非常に爽快である。湯舟に入れば、隣には、白い柔肌が……。
「あ、そうでした、今日の午後から研修旅行についての話し合いをしたいということで、お爺ちゃんが会食したいと……。」
「はぁ、またかよ……。今度は何をするつもりだ……。」
「えーと、確か、お爺ちゃんがこの頃また、学園モノのラノベにハマっておりまして、その中のエピソードで長期休み中に船上で……あれ、なんでしたっけ?」
「あ、うん、分かった。大体、分かった。」
つまり、あのラノベだな、うん。だが、待てよ、俺の推測が正しければ、設定条件としてクラス間での優劣的なものが必要だし、クラス内でも派閥が……。あれ、そこそこに条件クリアしてるな、この学園も……。
「じゃあ、そろそろ出るか。」
「はい。」
あまり行きたくないのだが、今日もまたあのデカいビルに行かねばならない。
ビルに到着すると、またしても慣れるのに時間のかかりそうな視線を浴びることとなる。さて、いったい何の視線なのか説明をしてほしい。いつもの通り、エレベーターに乗り、爺さんに会いに行く。
「おー、暑いところにすまんの~。」
「いえいえ、して今日のお話は?」
「あ~、まあ適当に店で食べながらにしよう。」
まあ、会食と聞いていたから。時間も知らないうちに過ぎており、夕食には少し早いかなという時間帯である。黒塗りのイカツイ車に乗り、またしても何処かの高級な料亭の完全個室に案内される。
「研修旅行についてじゃが、まぁ、ご褒美のようなものだからとにかく楽しんでもらうことに重きを置きたいのじゃ。運動会で敗退してしまった者たちには悪いがの~。」
「まぁ、その点については最初から要項に書いていたので問題はないと思いますよ。」
料理の前から本題に入るとは中々気が利いている。しかも、今回については嫌な予感も薄れていく。
「でじゃ、今回の研修旅行、いや豪華客船の旅行については、楽しんでもらいつつ、推理・クイズの余興を考えているところじゃ。」
「は、はい?」
出たよ、せっかく美味しい創作料理が出てきて、楽しく食事だという時に…。
「いや、この前から読んでいる小説にすっかりハマってしまってのう~」
「あ、おじいちゃん、あれでしょ。【ようこそ実力至上主義の世界へ】シリーズでしょ。」
「そうじゃ、いや~、タイトルから察するに異世界へと誘うものかと思っていたところ、なんと少し設定は凝っているが、高校生の争いでの~。この年でも深みにハマるほどの主人公の洞察力や観察眼というのがすごいの~。」
まさか、零の予告通りの小説への憧れでしたー。ちなみに読んだことがないので一切分かりません。
「で、つまりそれを模した形の余興を行うということですか?」
「まぁ、小説では反乱やサバイバル的な要素があるが、そんなことはせず、お題を与えて探求してもらうことにしている。」
「あ、なるほど。」
金持ちの道楽に付き合うのも慣れたと言いたいところだが、こういった事には全くもって慣れることができない。しかしながら、退屈しないであろうという点においては感謝しなければならないのだろう。
「お主の健闘ぶりを久しぶりに拝見しょうと思ってのう。」
「拝見?っておじいちゃんも乗船するの?」
零が間髪入れずに突っ込む、うん、俺もそれは聞きたい。
「あぁ、そのつもりじゃ。なにせ、儂がお題を話すのじゃからの。なに、そんなに難しいことをしてもらうことはない。ちょっと頭をひねってもらうだけじゃ。」
不敵な笑みをこぼす、爺さんはいつになく楽しそうだった。
「なかなか面白そうな旅行になりそうですね。」
食事を終え、夜だが明るいと言える都心の明かりを背にしての帰り道で零は楽し気に言う。
「そうだな。まぁ、研修旅行だし。そこそこみんなと仲良く、楽しくできればいいんじゃないか?」
そして、楽しい研修旅行が幕を開ける……。
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