第12話 会食は宴会である

 窓ガラスに映る景色もだんだんと暗くなってきたところで、父さんから電話である。はて、いつぶりの着信だ?と考えるが、諦めて応答する。


 「そろそろ、飯だから零ちゃんと最上階のレストランに来てくれ。」


 「あぁ~、分かった。」


 「服装とかは縛りないから適当らしい。」


 「はいよ。」


 「じゃあ、待ってから。」


 20秒程度の会話であった。最上階のレストランね~、敷居が高そうだが、まぁこの恰好でいいかな。さて、零に腕の拘束を解いてもらうとしよう。


 「零、ご飯だってさ。」


 「はい!あ、その前に部屋に戻ってもいいですか?」


 「あぁ、いいけど、どうしたの?」


 「この姿でご両親の前というのは少し………。あの時は突然でしたけど、会食の場で嫁がこの恰好というのはマズいかと。」


 俺が聞きたいことを全て言ってくれた。そんなに気にしなくても良いと言いたいところではあるが、それでは零の丁寧な気遣いに失礼なため、頷くのが最適解なのだろう。



 部屋に帰ると、朝に見た光景が嘘のようにきれいになっていた。清掃員の方々、本当にありがとうーーー。零が着替え始めるようなので、俺は部屋のそとで待つことにした。「見てもいいんですよ~♡」とやってくる人がいたが、また同じことになっては節操なしと思ったからだ。


 部屋の外にいると成幸さんがこちらに向かってきた。


 「萩原様、先ほどは娘が大変な失礼を………」


 「あ~いえ、俺はなんとも無いんですが、零が本気で怒ってしまったようで。」


 「なんと東雲様が………、まさか五十六氏にも」


 「それは………。」


 「実は、娘の綾香は萩原様があの一件で好きになってしまった様でした。ですが、萩原様にはお相手の方がいると私が言うと、奪って見せるやじゃあ愛人になると聞きませんでした。萩原様は五十六氏の右腕、将来は後を継ぐのだろうと私がこぼしていたのを聞き、それも要因となりました。………。経営不振の際の立て直しなど、これからも萩原様のお力添えや東雲グループの後ろ盾などを期待して、綾香をもらって頂けはしないか、妾にでもと考えることもあり私も強く反対できませんでした。」


 「そうでしたか………。俺はそんな大層な身分ではありませんし、綾香さんにはもっと他に良い人がいるでしょう。それにまたなんかあったら呼んでください、微力ながら頑張りますんで。」


 「あ、ありがとうございます。」



 「ですから、妾とか古臭い政略的なことはなしでお願いしますよ、綾香さんのためにも。」



 俺の後ろから「涼さ~ん、終わりました~」とマリンルック風の白いワンピースを着た可愛らしい子が近づいてきた。


 「俺は、この子以外にさして興味はないので」


 と俺は零の頭に手をおいて答える。


 「その様ですね。」


 「え、どうしたんですか?」


 「うぅん、なんでもないよ。成幸さんと世間話しただけだよ。」


 零は疑問の面持ちだったが、構わず俺は食事会場へ向かった。成幸さんは穏やかに笑っていた。






 食事会場、そして会食での話題はすべて俺と零である。零はいちいち顔を赤く染めて答える。なんか脚色が過ぎませんかというのもあるが、なにも言えない。両親方は興味津々なために、水を差すわけにもいかず。終始無言である。レストランと言うが、畳に座布団スタイルと軽い感じで雰囲気も良い。料理は和風がメインで俺の好みである。料理に夢中になる間に零の回想や質問タイムが終わって、親同士で会話していた。


 「涼さん、それおいしいですか?」


 「あ、うん。おいしいけど」


 「じゃあ、お家で作ってみますね。」


 「マジで?」


 「はい、お料理のレパートリーに増やしたいので。これから部活とか始まってきてご飯も重要ですし………なにより………。」


 「なにより?」


 「愛する旦那様の、涼さんの喜ぶ料理をつくるのが妻としての役目ですから………」


 親のいる前でよく言うよ、この子ほんとに。顔を手で覆って、自爆してるよ。


 「涼君、なに零にイジワルしてるの?」


 「イジワルってなにも………」


 「せっかく零が勇気だして言ったのに、もう涼君は顔色ひとつ変えないで、なんか言ってあげてもいいんじゃない。」


 なんか麻衣さんが少し酔いながら迫ってくる。他の親は意気投合し過ぎて、酔っぱらってるし、仁さん寝てるし。



 「ほら、零が可哀そうね~、旦那様から何にも言われないのよ~」


 と零を抱いて、あやす真似をしている。悪酔いだな。零は自分の発言で熱くなってしまったのか、麻衣さんに水を求めた。


 「零、水よ」


 「あ、冷たくておいしい。」


 「まだ、欲しい?」


 「ほしい!」


そして、麻衣さんは自分の飲んでいた日本酒に手をかけて、零の持つコップに注いだ。あれ、さっきの水って言ったのも麻衣さんが使ってたものだよな。


 「零、どうまだほしい?」


 「もうちょっと!」


 「零、それはまずい!」


 「あれ~、涼さんだ~、なんか体が熱くなって~」


 時はすでに遅いようである。麻衣さんは、「あっ、これ日本酒だ、てへっ」と俺に笑ってきた。ぜったいにわざとだろ。そして、零は様子が変わって泣き出した。


 「涼さんは、グスッ……なんかいっつも美味しいとか可愛いとか平然と言っててグスッ………学校でも他の子に言ってるらしいし、今だって私の料理よりこっちの方が良いって………グスッグスッ、どうせ昨日も、他の子とか考えながら抱いてたんですよ………グスッ」


 「いや、そんなことは。」


 「葉山君とかから聞いたもん、可愛いとか普通にクラスの子に言ってるって、今だって……グスッ、そのお料理を嬉しそうにして………」


 「それは……」


 「あら、零ったらマリッジブルー」


 麻衣さん、あんたは黙ってろ。なんか周りの方々もなんかこっちに視線くれてるし。


 「零、俺は表情に出さないだけで、心の中ではいつもドキドキしてるんだよ。クラスの子に可愛いなんて言った覚えはないし、それは葉山の悪戯だ。実際、そうやってるのは葉山自身だ。料理だって、形式上美味しいとは言ってるし、家でも食えたらって確かに思うけど、実際食べててほんとに美味しいって思うのは零の作ってくれた料理だけだから。昨日も、零に夢中だったんだからな、零があまりにも可愛くて、綺麗で………。零が俺は一番だから。」


 なんとも凄いことを言ってしまった。


 「そんなこと言って、グスッ………じゃあ、証拠を見せてくださいよ」


 「分かった。零、俺と結婚してください」


 「あれ、でもまだ17じゃないの?涼君」


 「今、そんなこと良いんですよ。」


 「はい、よろしくお願いします……グスッ」


 すると、周りからは拍手が起こった。零は安堵から、大声で泣いてしまった。

麻衣さんは「あら~、零良かったわね~」、またそれでも泣き止まない零を俺はあやしていた。


 俺と零は麻衣さんから促され部屋に帰った。酔いが覚めてきた、仁さんや俺の両親はそこからまた宴会が始まった。




 部屋では泣き疲れたのと酒のせいで零はすぐに寝てしまった。一応、昨年からのバイト代とかで色々と貯めて買った。指輪もあるのにな。この旅行中になにかしらのタイミングでと思ったが………こんなことになるとは




 「涼さんと結婚~」



 寝言で俺は幸せになれた。


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