第19話 唸れマッスル!俺の大胸筋!


「そんな…どうして?」


 傷つきながら筋肉を見上げるシエル。天馬は別のクエストへ行っていたはず。そんな天馬が王都にいるだなんて。第一彼の魔力では到底魔人には適わない、あまりにも危険過ぎる。そんなシエルの葛藤に対して曇り無き眼で応える天馬。


「ご主人様の危機に駆けつけるのが一流のペットだろう?」


「いやペットじゃないし」


 冷静に突っ込むシエル。冗談はさておき助かったのも事実だ。簡潔に礼を述べるとそのまま魔人に向き合った。そんな二人の問答を見かねてか魔人は笑いを堪え切れないでいた。


「くっく…あははは!そんな奴がお前の仲間なのか?」


「…あんたねぇ」


「そんな筋肉達磨が一人来た所でなんになる?」


 戦場にあまりにも不釣り合いな筋肉に対して腹を抱えて爆笑する魔人。見た所武器も魔道具も何一つ持っていない。あるのはパンツ一つだけの男に何ができるというのか。そんな嘲笑に対して怒りをあらわにするシエル。


「天馬!協力してあいつを一緒に倒すわよ!」


 例え力を及ばずとも時間さえ稼げば警備兵がやってくる。そうすれば私たちの勝ちだ。シエルは武器である己の魔杖を携え魔人を睨みつける。腰につけた

バックパックの中にある予備の魔法薬を確認しようとしていると天馬が小さな声で嘆いた。


「いいやシエル、それは無理だ」


「え?」


「今の私達では彼にきっと適わない」


 思わず険しい顔をしてしまう。そんな事はシエルにも分かっていた。魔人とは高い知性と高純度な魔力を兼ね備えた生物である。先ほどの魔力弾にしてもそうだ、彼我の戦力差は明らかだろう。魔人に対して冒険者1と魔力値2では戦いにもならないに違いない。



「じゃあどうしろと?一度逃げる?」


「それも難しいだろう、この状況で彼に背中を見せるのは危険だ」


「……結局は戦うしかないじゃない」


「私に良い考えがある」


「え?」


 思わず天馬を見つめてしまうシエル。そんな彼女に対して真摯に受け止めながらなおも真剣な表情で応える天馬。カチコチの大胸筋をゆらしながら天馬は堅い決意と共に言い放つ。


「10分間時間を稼いでほしい」


 そうすれば私が彼を倒してみせる。そう言い放つ彼はこれまでに見た事が無い程真剣な表情をしていた。そんな彼の様子に思わず生唾を飲むシエル。この男は本気だ、本気で戦うつもりなのだと。


「………アテはあるのね」


「ああ」


「…ならいいわ!時間を稼いであげる!」


 この状況、仲違いしていては生きて帰る事すらもできない。ペットとご主人様、いいや少女と筋肉が協力し合う事になった。初のタッグマッチである。






【氷の礫よ!】


「………っ!」


 碗シングルで唱えるシエル。彼女の詠唱と共に魔杖の先から氷の固まりが発射される。握りこぶし程の氷を尖らせて矢の様にして放つ彼女の18番の魔法。隙を突かれたのか魔人は反応ができないでいた。たちまち、彼の体に突き刺さる幾つもの魔法の矢。血を噴き出しながら苦しむ魔人。出血している、つまりは効いているのだ!


「逃さない!」


 すかさず氷魔法を畳み掛けるシエル。魔杖の周囲に氷のリングを作ると渾身の精神力で魔力を練り上げる。みしみしと音をたてながら魔力の膨張を始める魔杖。そんな彼女の様子に危険を感じたのか手をかざして防ごうとする魔人。だがもう遅い!彼女は既に準備を終えている。



【凍てつくせ!氷よ!】



 彼女の号令とともに光の波動が杖先から飛び出していく。氷の波動、属性魔法の高騰技術であり、彼女の必殺の一撃である。周囲が氷で満たされていく。路地裏が彼女の生成した氷で包まれていく。空気が急速に冷やされていく独自の感覚と魔人を捉えたという確かな手応えをシエルは感じた。



「やったわ!」


 半身を氷で包まれる魔人。右腕と左腕の大部分もまた分厚い氷の固まりで覆われている。この状態では到底動けまい、勝利を確信するシエル。


「残念だったな」


「ぇ」

 

 信じられない、呆然とした表情のまま膝をつくシエル。おかしい動けるはずがない、それなのに…。自身の体を見下ろすと彼女の腹には弾丸が貫通した穴が出来て居た。


「な…ん………」


「なんでって顔だな。そもそもお前は勘違いしてるんだよ」


 自身の右腕を根元からへし折りながら平然と答える魔人。体の部位をえぐり取っている、にも関わらず彼は痛そうな顔一つしないで笑っている。彼の体の出血はいつの間にか消えていた。



「変化するのが俺の能力じゃない、霧そのものが俺の正体なのさ」


 霧そのもの、魔人の構成要素はほぼ100%が霧で出来ている。それがこの事件の根本的なトリックだったのだ。霧の形を変える事でどんな人間にもなりきる。そもそも霧そのものなので捕まりようがない。この世のあらゆる物理攻撃を無効にさせる、それこそが彼の能力の根源と言い換えても良い。


「う……そ………」


「始めから勝負は決まってたのさ、無駄な努力だったなお嬢さん」


 自身に向かってゆっくりと歩いてくる魔人。にたにたと笑うその表情に全身から震えてしまうシエル。魔人は自身の手のひらを巨大な鎌に変えながら獲物を見据える魔人。恐ろしい程冷たい瞳をしながら彼はつぶやく。


「あ…あぁ」


「死ね」



 鎌が、シエルに向かって振り下ろされる。死ぬ、と彼女は直感した。目を見開いたまま目前の脅威に対してただ絶望していた。笑う魔人、呆然とする少女。そんな彼らの前に我らが主人公が殴り込みを駆ける!



「マッスルレヴォリューショォオオン!!!!」



 筋肉の咆哮が鳴り響く。当事者達ですら存在を忘れていた褐色の筋肉。死闘を繰り広げていた彼らの前で完璧なるポージングを取り続けて固まっていた筋肉は今!再び!動き出したのだ!




世界が光に包まれた

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