第20話 決着、筋肉は愛に嘆く

「マッスルレヴォリューション!」



世界が光に包まれる。


まばゆい閃光が走る


驚きで目を見開く魔人

震えて縮こまるシエル


眼光を突き抜ける様な光

その閃光が徐々に収まっていく



 そこには何一つ変わらない姿の天馬が居た。微動だにせず10分前と同じ姿勢のまま固まる天馬。そんな彼の様子に驚いていた表情をゆっくりと解き始める魔人。彼はこらえきれないとばかりに笑い始めた。


「ふんっ馬鹿ばかしい…」


「………」


「結局は威勢だけの雑魚か」


 必殺技の様な者を叫んだ男は何も変わらぬ様子で尚も仁王立ちしている。いいや違う、唯一その表情だけが穏やかだ。まるでトイレで用を済ませた後の様ななんとも朗らかな笑顔だ。あれは一体…


 魔人は掌に魔力を集中させる。こんな雑魚はさっさと殺すに限る。逃走経路を頭の中で描きながら人間では不可能な程の高純度な魔力弾を放つ魔人。渾身の魔力弾、その威力は魔法戦士を簡単になぎ倒してしまうだろう。思わず息を飲むシエル、勝ちを確信する魔人。


「ふんぬぅ!!」


は?


 疑問の声を上げたのは誰だったのだろう。唖然と口を広げたまま固まるシエル。それも仕方ない、一体誰が想像できるだろうか、魔人渾身の魔力弾をたかが人間が片手で振り払うだなんて事を。天馬はまるでハエを追い払うかの如く簡単に魔力弾をはねのけてしまった。天馬の指先にわずかばかりの傷、指のささくれができた。


「…は?」


 呆然とする魔人。はっと意識を取り戻すと堪らず魔力弾を放ち続ける。銃の弾丸のように早く重い攻撃。瞬きの間に幾度も放たれる驚異的な威力の連射砲、怒濤の連撃。


 けれど天馬は障害等無いと言わんばかりに軽々と避けるではないか。時に頭を傾け、体線をずらす事でいとも簡単に避け続ける。弾丸の雨の中、自らの筋肉を見せつけんばかりに歩み続ける筋肉の様子に呼吸困難になる程驚く魔人。


「あ、ありえない…」


「…………」


「なぜ当たらないんだ!?」


 驚愕する魔人。そんな彼を尻目に筋肉はなおも肩で風を切りのし歩く。優雅な闊歩するその姿は大自然を横行する百獣の王、ライオンを彷彿とさせる。彫刻のように深いエイトパックをゆらしながらライオンは歩み続ける。



 【マッスルレヴォリューション】それは彼が苦心の末にたどり着いた境地、彼の筋肉が答えた一つの真実である。



 人体は脳の約10%程度しか使っていないという学説がある。嘘か真か、かのアインシュタインは人間の脳はおよそ数%程度しか使用出来ていないという発言をしている。ならば脳の残りの部分90%が活動したならば、脳のリミッターを意図的に外す事ができたならばどうなるのだろう。


 脳のリミッター解除は人間が古代から研究して来たテーマの一つである。中国拳法ではこれを発頸、身近な例では火事場の馬鹿力等と言って超常的な力の象徴として扱って来た。普段は未使用な脳、肉体の部分を優位に扱う事で超人的な力を得ることができるのだ。


 この行為には脳幹でのアドレナリンの分泌が関係している。興奮、怒り、瞑想あらゆる事象をトリガーとする事でドーパミン・β–エンドルフィンといった脳内麻薬を分泌させ、人間は超常的な力を使用する事ができるのだ。天馬はこの脳の可能性に着目した。


 自身の肉体をポージングに寄って固定し瞑想状態になる事で意図的に脳内麻薬の分泌を促し自身の脳のリミッターを外したのだ。これこそが彼の必殺技【マッスルレヴォリューション】の秘密である。


 マッスルレヴォリューションとは擬似的な絶頂状態、つまりオーガズムを自身の脳内へと引き起こし。全能感、満腹感、幸福感を与え賢者タイムによる自動思考の殺人的な加速を促す。つまり…



「あぁあああああああ!!!」


 パニックに陥りながら攻撃を続ける魔人。しかし彼が何度攻撃をしようともそれを紙一重で躱し続ける天馬。筋肉革命を使用時の彼は0,05秒先の未来を予測し脳内の電気信号の加速によって肉体の超反応、最適な肉体稼働を可能にする。つまり戦闘における極短時間の未来予知を可能にするのだ!


諤々と歯をならす魔人。歩み続ける天馬。



サアキミモ


イッショニプロテインヲノモウヨ


「うわぁああああああ」


 よくわからない幻聴まで聞こえてくる始末。感じた事の無い体験と混乱で凄まじい頭痛を感じる魔人。一度冷静になるべきだ、と頭を抑えながら状況分析に努めようとする魔人。



そうして見つめた時

気がついてはいけない事に気がついた


 嘘だと思った。有り得ない、と自らの理性は訴えかけている。それでも目の前の光景は変わらない。ガクガクと歯が鳴るのを感じた。全身が恐怖で震え上がる事を抑えられない。魔人はその驚愕の真実を受け止めきれないでいた。




指のささくれが治っているだと



気がついた瞬間、己の心臓がとまりそうになった


 あまりにも非常識な事実だ。身体強化の魔法を使っているのではなかったのか。奴はパンツ一丁、他の魔道具を身につけていない以上使える魔法は一種類だけのはずだ。他の魔法を重複して使えないはずだ!


 前提条件そのものが崩れ去る。まさか概念そのものに干渉する能力、事象変化なのか?そんな魔法…歴代魔法にも匹敵する恐ろしい能力だ。



 こいつはヤバい!天馬の恐ろしさを身にしみて実感する魔人。彼は一度身を引こうと体を霧状にしに逃げようとする。だが筋肉がそれを逃すはずがない。



「攻撃をする時、何か行動をするときに体を固める必要がある。それが貴方の弱点だ」


「ふごぉ!?」


 霧状態の魔人に対して限界まで肺を膨らませて貯めた空気の固まりを吐きつける天馬。そのあまりの異臭に豚の様な悲鳴を上げながら自身の霧化を思わず溶いてしまう魔人。彼の必殺技【神の吐息】ゴッドブレスである。


 にんにくを多量に含んだ吐息。ただの異臭が身体能力が常人の比ではない魔人に取ってはまるで脳を釘付きバットでえぐられるように効果的な一撃と成って降り注ぐ。たまらずのけぞってしまう魔人、それに畳み掛ける天馬。


「うっ…一度逃げて体勢を!」


 堪らず高台から飛び降りる魔人。落下しながら加速していく魔人の肉体。異臭により自身の体の霧状態化は出来ない。しかしそれもここまで逃げてしまえば関係ない、高台から落ち続けながら魔人は捨て台詞を放つ。


「必ず殺してやる!後で覚えてい……いぃっ!?」


 再び驚愕する魔人。いや俺の方が早く飛び降りていただろう、それなのに何故…こいつは俺のすぐ隣に!?


「お…お前は…っ」


「知ってるかい?筋肉が重い方が早く落ちる…これ小学生レベルの知識だよ」


「……っ!?」


 ボディビルダーが持つ宝石の様な褐色の肉体。汗という名のフレグランスを濃厚にまとった肉体をタコのように密着させる。彼はフェイバリットホールドで逃さぬように優しく抱きしめながら魔人の耳元で囁きかける。


 物理法則とガリレオに喧嘩を売ってるとしか思えない理屈。しかし常識など筋肉には関係ない!壁があったら殴って壊せ、が筋肉の愛言葉なのだから。



 逃れようともがく魔人を驚異的な腕力でがっちり雁字搦めに抑え潰える天馬。ホールドしたまま彼らは落下していく二人。このまま何をするのか、決まっている!フェイバリットホールドに決まっているだろう!


「うぉおおおおおおおおおお!!!!!!!」


 天馬の咆哮!落下する肉塊!締め付ける筋肉!見るものに怖気をもたらす様な見事なパイルドライバー!相手の頭を自らの股ぐらに固定し脳天をマットに叩き付けるという脅威のプロレス技。間違っても路上でやってはいけない殺人技が筋肉×体重×スピード=破壊力という恐るべき公式となって魔人はその答えを殺人的な加速とともに思い知る。



爆発テロでも起こった?

そう問いたくなる様な爆音の後、魔人は地面に激突した



土煙が立ち籠める

ゆっくりと起き上がる天馬

天馬は魔人の気絶を確認すると彼に静かに語りかけた


覚えて起きたまえ魔人君




「男と筋肉に不可能はない」



 よくわからない決め台詞を決める天馬。こうして大量殺人鬼である霧の魔人、その一連の事件は1人の筋肉の手によって幕を閉じたのであった



「どゆこと…?」


置いてけぼりにされたシエルの声が、夜明けの王都に空しく響く

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