第18話 名推理と上腕三頭筋Ⅱ
「いやぁああああ誰か助けて!!!」
王都住民が寝静まる深夜。とある一角の貧民街、その路地裏にて若い女性の絹を割くような悲鳴が響く。女性は血だらけに成りながら必死に周囲に助けを求めていた。
「あ……あぁああ」
「大丈夫ですか!?」
女性は見るも無惨な姿で呻いている。彼女の上等な衣服はずたずたに裂けているし全身には至る所に深い傷を負っていた。折れた腕で体を引きずりながら必死に駆け寄って来た人間の元へと向かっていく。そんな女性の様子を見るに見かねてか一目散に駆けていくシエル。
「あぁ…は、早く助けて」
「今警備兵に助けを呼んできますから」
「そんなのダメ!遠くへ行かないで…」
女性はかなりの重症だ。ひとまず女性を置いて助けを呼ぶべきだと判断するシエル。そんなシエルに対して号泣しながらすがりつこうとする被害者の女性。
「お願いそばに来て…早く治療してよぉ」
美しく整った顔を涙でぼろぼろにしながら訴えかける女性。男性ならば思わず駆け寄ってしまうような庇護欲を刺激する麗しい女性だった。そんな女性に対して堅い表情のまま応対するシエル。
「……えぇ分かりました。」
女性のそばから少し離れた所でシエルは女性に対して問いかける。
「所で一つ良いですか」
「はぁ…はぁ…なによぉ…」
「どうして私が治療できると知ってるんですか?」
「………」
ぴくりと動きが止まる女性。
「私の外見は普通の平民の格好です。医者でも、回復薬を持ってる冒険者にも見えないはずなのにどうしてそう思ったんですか?」
「………」
「それにね…あんたみたいに上等な服を来ている奴は貧民街を出歩かないもんよ」
そうなのだ、暗くて見えにくいが彼女の服装はあまりに上質な繊維で出来ていた。こんな貧民街ではまず見かけないだろう格好だ。気が動転している事を考えても平民の少女に治療してくれだなんて普通は言わないだろう。
そう、彼女は普通ではないのだ
ため息をつきながら傷だらけの体を起こす女性。いいや、被害者である彼女が一息つくとたちまちその姿は変わってしまった。たった数秒で麗しい女性は高身長で体躯の良い男性へと早変わりした。
「どうして…いや何時から分かったんだ」
「半信半疑だったけどね…確信したのはこの話をした瞬間のあんたの顔よ」
シエルは半信半疑だった。しかしこの問いかけをした瞬間の女性の反応を余す所無く見つめ続けていた。シエルが問いかけた途端彼女の表情がまるで能面のように固まったのだ。瞳がゆっくりと、どす黒く濁る様子が彼女にはよく分かった。
「あんたの特殊能力は変化、それで平民を装ってターゲットに近寄る。或は殺した後に被害者や死体その者に成りきる事もできる」
「……ほう」
「被害者そのものが犯人だなんて…正体が分からないはずね」
「人間は馬鹿ばかりだと思ったが訂正しなくてはな…下等種族にしてはやるじゃないか」
変化をし一般人を装いながら獲物を襲う。そして殺した死体そのものに成りきり追っ手の捜索を振り切る。それが霧の魔人の正体だったのだ。時折生きた被害者が居たのはその後の捜査をかく乱し追跡者を混乱させる為にわざと行って来たのだろう。
衣服の違和感、細かい口調。これらは余程死体慣れしていなければ怪我をした人間の助けを求める姿という衝撃で吹き飛んでしまう。一般人ならまず間違いなく動揺してそんな細かい所迄見ようとはしない。そのトリックに、1人の平民を装い格好の獲物として接触したシエルだからこそ気がつけたのだ。
ピィィイイイイイイイイッ!!!!
手持ち笛の甲高い音が響き渡る。シエルは大音量でならした笛をしまうと魔人へと向き直った。
「これで前もって手配しておいた周囲の警備兵には届くはず…もうあんたは逃げられないわ」
笛はこのような事態になる前に、距離を開けて尾行してもらった警備兵への合図。彼らに己の仮説を打ち明けた際は中々信じてもらえなかったがやはり己の判断は正しかったようだ、シエルは心中で嘆息をする。
後は時間さえ稼げば警備兵が来てくれる。近隣住民が様子を見に来る事もあり得る。これで目前の魔人はおしまいだ、そうシエルが考えるのも無理は無いだろう。
「くく…ふははは」
「…何がおかしいの?」
「お前らの薄っぺらい考えがだよ」
笑いながら応える魔人。彼は面白くて堪らないという表情をしながらシエルを見つめていた。
「まぁいい、警備兵が来る前にお前を殺せば済む話さ」
瞬間、目にも止まらぬ早さで弾丸を打ち込む魔人。油断は一切無かった。にもかかわらず見た事も無い程の早さと衝撃。たかが一発の魔力弾なのに!驚愕するシエル。驚きで息をのむ暇もない!堪らずのけぞり逃れようとするシエル。だめだ間に合わない!魔力弾が彼女の眉間へと突き刺さろうとした瞬間、彼女を抱え込み1人の男が横へと吹き飛んだ。
「…なに?」
「なっ!」
驚く魔人と少女。その場面に裸身で介入した変態はずり落ちかけたパンツをきゅっと締め直すと魔人に対して向き合う。そこには自慢のボディビルポーズ、サイド・トライセップスをしながら微笑む1人の筋肉が居た。
「お ま た せ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます