第11話 魔力検査
裸漢の嬌声が部屋に響く。その声は実に苦痛に塗れているが同時に歓喜の声でもある。そう、彼に取って筋肉は友達であり、その友達を鍛え上げる事は彼に取って至上の喜びでもあるのだ。
漢は腕立て伏せを終えるとゆっくりと立ち上がりそのままスクワットへと移行する。そう、皆様お馴染みのブルガリアンスクワットである。このトレーニングは常識その物であり、今更説明するまでも無い事であろう。
ブルガリアンスクワットとはベンチのような物に背中を向けて立ち、片足をそのベンチにのせる事で行う片足立ちスクワットの事である。これを行う事で大腿四頭筋とハムストリングス、つまりは脚部位を大いに鍛える事ができるのである。この漢のカモシカに筋肉をぶちまけたようなぶっとい脚もそうして作られたのである。
自らの脚に神経を集中させる。ゆっくりと力を込めながら体を上下させ負担をじっくりとかけていくのだ。一回、二回とそのままじっくり動いていく。さながら人間蒸気機関車である。
漢はあえぎ声を出しながらなおトレーニングを続ける。この筋トレの際重要となるのは視線と膝の位置である。どんな練習も正しいフォームで行わなければ効果が薄くなってしまう。ローマと筋肉は一日にして成らず、だ。
漢は自らの大臀筋と内転筋が活発に活動している事を自覚する。この刺激が堪らないと言わんばかりだ。なおもトレーニングという筋肉への対話に神経を研ぎすます。そう、筋肉の悲鳴こそが新たな筋肉の産声となるのだから。
「…ねぇってば」
「おや?」
「おやじゃないでしょ!無視しないでよ」
怒りだす少女。まぁシエルが怒るのも無理は無い。朝から漢の裸体を見たいと思う人間は限りなく小数派だろう。それが起きるのが遅いと男を心配して来たのなら尚更だ。
「あぁもうなんだってこんなやつを…」
「昨日の事かい?」
「他に何が有るって言うのよ」
そう良いながら少女は天馬の部屋のベッドに座り込む。まだ昨日の羞恥が抜けきっていないらしい。
「あんな事するんじゃなかった……あぁもう!」
少女が深い後悔と苦悩の表情を浮かべてうなだれる。そんな彼女に漢が汗をぬぐいながら返事をした。
「昨日の件は感謝している。おかげで私も冒険者の端くれになれた」
「…弟の頼みでなかったら絶対しなかったわ」
「分かっている、恩には全力で返すのが私の流儀さ」
何かあっても君には迷惑をかけないさ、そういって天馬はにっこりと微笑んだ。
男の無垢な態度になんとも言えない気持ちになってしまう。まだたった数日程度の付き合いだがこの男が決して悪人でない事はシエルにもよく分かった。人を惹き付ける一種のカリスマでもあるのだろうか。だからといって簡単に許す気にもなれないが。
「…はぁもういいわよ、早く支度をすませてよ」
「うむ、分かったよ」
「食事を終えたら、早く魔力検査へ向かうわよ」
昨日ギルドでやけに高報酬なクエストを見つけたのだ。早くしなければ他の人間に戦果を取られてしまうかもしれない、と彼女は少し焦燥の念にかられていた。とはいえ準備を怠っては何も始まらない。
特にこの天馬、戦闘においての実力は未知数なのだ。魔法を扱った事も無いという。その為にも早く適正を調べ彼の実力を知らなければ成らない。
この面倒くさい作業も弟がいなければ絶対にシエルはしなかっただろう。けれど一生懸命に「お姉ちゃんお願い、一緒に手伝って!」だなんて言われたのだから仕方ない。姉とは可愛い弟には逆らえない生き物なのだから。
そうして彼らは食事を終えると出かける。向かう場所はギルド支部。そこで魔力検査を行い、その後武器屋へ向かうのだ。
来るべきクエスト。
霧の魔人に備えなければ。
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