第9話 女は泣いた、筋肉は啼いた
その地獄に男【筋肉】は現れた
彼はゆっくりと歩みを進める。書類が幾つも転がり目を見開いて驚く役人達の前であっても優雅な姿勢を崩さない。一歩一歩自らの筋肉を見せつけんばかりに歩み続けるその姿は、まるでここが海水浴場だと言わんばかりだ。
役人達は突如現れた男と少女に対応できなかった。なぜなら彼らがあまりに異常だったからだ。
想像してみてほしい。冒険者達が集うギルド、自分たちが働く職場。何気ない日常に少女が全裸の大男を奴隷かペットの如く従えて引き連れて来たら。その男が重厚な鎖で出来た鉄製の首輪を身につけていたら。どう考えても異常だろう。
少女が死んだ魚の様な瞳をしながらリードを引っ張る。漢はペット用の首輪で縛られるという屈辱的な状況にも関わらずどことなく誇らしげな様子。まるで自らの肉体に恥ずべき所等何一つ無いと言わんばかりだ。
少女に首輪で繋がれた全裸の男。言葉面だけ聞けば犯罪臭しかしないシチュエーションだろうが実際に見ても犯罪臭しかしないのだ。この倒錯趣味カップル、なんと受付の机に向かってくるではないか。途端に慌てる職員一同。
何かのプレイ?いたずら?パニックになったギルド職員に少女はゆっくりと話しかける。
すみません
冒険者登録をお願いします
恥じらいながら告げる少女はとても可愛らしく見えた。その手に鉄鎖をまいていなければきっともっと可愛らしく見えた事だろう。
「あの…当ギルドでは人外は受けつけておりません」
意を決して職員が返事をする。それでも少女は納得せず職員に話し続ける。
「彼は私がテイムした魔物…妖精らしいんです」
「よ、妖精?この外見で?」
「どうも、筋肉の妖精です」
大胸筋をピクピクとさせながらにっこりと微笑む茶色。どこの世界にパンツ一丁のガチムチ妖精がいるのだろう、受付嬢は疑問に思ったがそれ以上に自身の混乱の方が大きく何も言葉を発せなかった。
この妖精、正式な学名はエンシェントフェアリーマッスル。シルバージムというムキムキが集う大陸からやって来た裸族妖精の事らしい。全人類に筋肉とプロテインの素晴らしさを普及する為にこの度ギルドにやって来たのだとポージングを決めながら語るマッスル。それを疲れたように傍観する少女。
もう訳がわからない。勤務以来初めての事態に脳が理解する事を拒絶する。それでも少女はパニックになった職員になおも話しかける。
「確か魔物でもテイム済みなら大丈夫でしたよね?私のペット兼テイムモンスターとして登録をお願いします」
「確かにそうですけど…」
「捕獲用の首輪も付けてますし何なら去勢もさせますから」
「で、でもそんな妖精聞いた事ありませんよ!?」
「新種なんて幾らでも見つかるでしょう!?」
「逆ギレ!?」
「だからもう早く登録して解放してよ!お願いだから!!!」
半狂乱で泣きそうになる少女。正直泣きたくなるのはこっちだと役人である女性は思った。彼女は呆然としながら彼らに登録用紙を渡した。
出身;ムキム
体色;焼けこげた茶色
主食;鶏のササミ
性格;マッスル
『注意事項。毎日の筋トレが必須アミノ酸。騒がしくなったらプロテインを上げればたいがい大人しくなります。発情期にはダンベルでもあげて下さい』
注意事項をペット(妖精?本当に?)と相談しながら決めた少女はこちらを振り返ると用紙を叩き付けるように渡して来る。少女は涙目で今にも逃げ出してしまいそうな程顔を真っ赤にしていた。
「は、はい…ではテイムペットとして登録します…」
疲れ果てたように頷く職員
呆れ果てたように泣く少女
誇らしげに頷くマッスル
こうしてこの町に一匹
筋肉の妖精が産まれた
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