王都へ

第7話 いざ王都へ、筋肉は歩む

『お姉ちゃんへ』


『元気ですか、僕は元気です。お姉ちゃんと別れて以来修行は欠かしていません、きっと外の世界へ行ってもあしをひっぱらないだけの実力はあると思います。またお姉ちゃんと一緒にいられると想うと嬉しいです。』


『そういえば最近お友達が出来ました。テンマさんって言う優しくて素敵な方です。きっとおねえちゃんも気に入ると思います。テンマさんとは意気投合して以来、ずっと一緒にいます。あってからこれまでの事をたくさん話してあげたいです。約束通りアルゴ村の第二酒場で落ち合いましょう』



 ふと気配を感じる。馬車窓から外をそっと覗き込むと、魔物特有のどんよりと淀んだ気配がしているのが感じられた。慌てて準備をする少女。


 読んでいた手紙を胸元にしまい込むと彼女は武器である魔杖を手に取り、馬車を走らせている商人に声をかけた。


「停まってください」


「急にどうしたんだい?」


「魔物が出てきました。後方より数匹位きてるかしら」


 少女の忠告に慌てて馬車を止める商人。森の脇道に停車した馬車から飛び降りると彼女は静かに魔力を練り始めた。魔物が来る事に疑問は感じていない。魔物の気配探知は冒険者として必須のスキル。己の判断に戸惑ってしまえば待っているのは死だけだ。


 その雰囲気を察したのか3匹のコボルトが前方から駆けてくる。狼のような頭部に小人の胴体を足し合わせたような醜い魔物。商人達を食い殺す為に襲いかかかってきたようだ。


 猛然と疾走するコボルト。それに対し彼女は動じない。幼子のような外見をしているがこれでも外見相応に年を取っている。冒険者として経験を積んで来た彼女はこの程度の事態はなれっこだ。


 自らの杖に意識を集中したまま、敵を睨みつける。倒すべきはコボルト、数は三匹。ならばそれ相応の魔力が必要である。彼女は魔力を用い呪文を唱える。



[氷の礫よ]


 ワンシングルで詠唱を終えると杖を掲げる。彼女の十八番である氷の魔法に、コボルト達は堪らず怯んでしまう。ダメージを与えた魔物に更に牽制としてもう一発呪文を投げつける。瞬く間に二匹のコボルトをしとめた少女、それに堪らず逃げ出す最期の一匹。



「お見事、流石は腕利きの冒険者だね」


「これ位当然よ…じゃなかった、当然です」


 慌てて口調を直す。倒した途端にこれだ。気が緩むとつい油断してしまうのが彼女の特徴だった。そんな若く子供らしい一面に微笑ましいと和む商人。


「なんにせよ助かったよ。ありがとう」


「雇われた以上は当然の事です」


「ところで…随分と熱心に手紙を読んでいたようだけど?」


「うっ…そんな所まで見なくても」


「もしかしてボーイフレンドかい」


 からかう商人。男と少女は二日前にクエストで知り合った程度の仲だ。少女がこの道中、事あるごとに手紙を読んでいた事に商人は気がついていた。雇い主としては気になってしまうのも仕方が無いだろう。そんな彼の軽口に対して憤慨だと怒る女。


「いいえ弟ですよ」


「弟?」


「そう…たった1人の大切な家族なんです」


 ぽつりとつぶやき、彼女はそっと手紙に手を添える。よほど弟想いの姉なのだろう。商人から見てもその事がよく分かった。しかしその表情からは家族の情愛と同時にほんの少しばかりの戸惑いが感じられた。


「へー、ふーん」


「にやにやしないで下さい…この仕事とは関係がない事でしょう?」


「雇った冒険者が一枚の手紙をずっと眺めてるんだよ?にやけていたり難しい顔してたらそりゃ気になるさ」


「…うぅ〜」


 顔を赤くしてうつむいてしまう少女。まさか自分がにやけていた所が見られていたとは思わなかった彼女は自らの醜態に赤面してしまう。


「まぁまぁ悩み事ならおじさんに話してご覧よ」


「でも誰かに相談だなんて…」


「こう見えても所帯持ちさ。家族の事なら相談にも乗れるよ」


 あまり気乗りがしない少女。しかし現在この問題に対して悩んでいるのも事実だ。自分だけで悩んでいるよりかは良いだろうと商人に対して思わず手紙の内容をぽつりぽつりと話してしまう。



「つまり独りぼっちだった弟さんに友達が出来たって事?」


「そうなんです、それ自体は良い事なんだけど…」


「どんな人か分からない。姉としては複雑だと?」


「少し違うけどそんな感じです」


 弟に友達が出来た。それ自体はとても良い事だと姉であるシエルは想っていた。しかし弟は気が弱い。村ではいつもいじめられていた。


 両親が死去して以来姉弟は祖母の元で育てられた。優秀な姉シエルに対して内向的な弟タンの姉弟は故郷では有名だった。弱虫だといじめられる弟に姉が助けに入りいじめっ子を成敗する、だなんて光景が村では日常茶飯事だったものだ。


 結局少女が給金を稼ぐ為に冒険者となり村外へと出る日まで、弟の内気な性格はついぞなおる事は無かった。


 村を出て3年程経つ。全く会っていない、という訳ではない。たまに故郷に帰ったりもしたし手紙のやり取り程度なら頻繁にしてきた。やはり母親代わりとも言える姉としてはたった1人の弟が可愛くて仕方が無いのだ。


 逞しく育って欲しいとも思う。そんな姉としては数少ない弟の友人というものは気になって仕方が無い。いよいよ弟が冒険者となる為に村外まで出るとなれば尚更だ。



「それにしても…テンマ?聞き慣れないニュアンスだな。」


「異国の人らしくて…男か女かも分からないの」


 テンマ、とは一体どんな人物なのだろうか。手紙には優しくて素敵な人物だとあった。ならばやはり女なのだろうか…彼女は花束を持った深窓の令嬢のような美少女を想像していた。


 まさか優しい美少女に一目惚れしてしまったとかだったらどうしよう。あの年で不純異性交遊等していたら…お姉ちゃん、僕この人と結婚しますとか言われたりしたら絶対に立ち直れない、等と考えて少女は悶々とした気分なのだった。


「手紙には優しい人とあるが」


「………」


「流石に気にしすぎじゃないかな?」


「そうかしら…そうかもしれませんね」


「まぁお嬢さんがうつむいていた理由は分かったさ」


「もう、謝るからからかわないで下さい!」


「はは、とりあえず約束通り村のはずれの方まで頼むよ」


 笑いながら会話を続ける商人は馬車を再び走らせた。商人と別れて少しばかり移動すれば弟との待合せ場所などすぐそこだ。


 確かに気にしすぎかもしれない、だが騙されていないか不安なのだ。世の中には仲良くなった隣人が実は変装していた魔人だっただとか、怪しい人物に騙されて金品を奪われたり等悲惨な目にあった例も数多くある。なによりあんな可愛いショタッ子に近寄るとか絶対にろくなやつなはずが無い。



ならば姉として!

可愛い弟の友人を見極めなければッ!!





「お姉ちゃん紹介するね、友達の天馬さんだよ」


「ドーモ天馬です」


「……………」



満面の笑みのショタ

裸体のガチムチ

思考停止する少女



混沌と化した地獄だけがそこにあった


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