第6話 プロテインは命の雫Ⅱ
「気にする事はない、私がしたくてした事さ」
しきりに頭を下げてくる夫婦に対して気さくに応える天馬。道中荷車の車輪が破損して困っていた所をこの男が声をかけたのだ。成人男性でも持ち上げるのが困難であろう大きくて重い木箱。戸惑う夫婦に対して彼は颯爽と荷物を背負いそのまま町の入り口まで荷物を運んだのだ。
こういった善行を彼は普段から行っていた。困っている人を助けるのは人として当たり前の行為だからだ。彼はそう信じていたし日頃からそれを実践していた。
荷物を下ろすとそのまま彼は歩き出した。姿勢を正し町の通りを練り歩く。そのまま日課の散歩をはじめるのであった。
この町の住民は優しい。天馬はしみじみとそう思っていた。なんと自分が道を通ろうとするだけで誰もが道を譲ってくれるのだ。買い物をしたとき等こちらが何も言わずともおまけをしてくれる始末だ。
涙目になって早く帰ってくれと天馬の帰宅の心配をしてくれた男性店主の心意気には実に胸を打たれたものだ。店主の優しい思いやりに胸を打たれた天馬はもう三日も連続でその店に通っている。
「天馬さーん」
「おや?」
脚を止めて振り返る天馬。すると彼の元に二人の兄弟が駆け寄ってきた。男の元へつくと少年はにっこりと微笑んだ。
「こんにちは天馬さん!一緒にあそびませんか!」
「あっはっは唐突なお誘いだね、勿論良いとも」
どうやら遊びに誘ってくれるらしい。暇人に見えたのか単に自分と遊びたかったのかは定かではないが、なにより子供からの頼みだ。基本的に善人であるこの男は断るつもり等微塵もないので快く返事をする。
「指スマかな?それともSケンかな?もしくは…」
「もしくは?」
「乳首当てゲームでもしようか」
「わーい、僕あれ大好き!」
無邪気に喜ぶ弟。それに対して兄である少年は苦笑気味だ。
乳首当てゲーム、それは乳首を当てるゲームである。この一見するとくだらないゲームはその実本当にくだらないゲームなのだがこの場合は違う。この男のようなボディビルダーが行うと途端に難易度を増す奥深い勝負となるのだ。
いやいや全裸だし乳首の位置見えてますやん、という人もいるかもしれない。実はその通りである。しかし侮るなかれ、彼が膨大な大胸筋を所持している事を忘れてはいけない。
乳首を指差そうとする指し手。それに対して卓越したマッスルコントロールにより乳首の位置を巧みに操る受け手。乳首の位置を自在に動かす事で攻め手と受け手が循環し高度な戦略と技術が応酬するという非情に知的で高度な遊戯となるのである。もしもこの男が本気で乳首を逃がそうと思ったならば一流の魔法戦士でも容易く彼の乳首を当てる事は困難になるであろう。
「それもいいですけどまた今度で…今向こうで子供達が集まっているんです。良ければ一緒においかけっこでもどうですか?」
「おいかけっこかい?それもまた面白そうだね」
かつて乳首当てゲームで熱き激闘を繰り広げて来たムキムキの漢達との過去を振り返る天馬。そんな彼に対してあまりにも無慈悲な少年の言葉。しかし優しい彼は決して少年の言葉を否定しない。快く少年のお願いに天馬は応えた。
その後子供達と合流した彼ら。筋肉達磨が現れてパニックにならないのかと思われたが以外にすんなりと受け入れる子供達。純粋な彼らは見た目で人を差別しないのだ。こうして小さな子供達と大きなボディビルダーは思う存分大地を駆け回りおおいにはしゃぎまわった。
「それでね、その後天馬さんが川に落ちちゃってパンツがびしょぬれになってね!」
「うふふそれは大変だったわね」
遊び疲れた彼らは自宅へと戻る。帰宅すると彼らは一目散に母親に駆け寄りこの日あった出来事を何とも楽しげに語った。兄弟の様子は実に楽しげだ。天馬も母親から頂いた布で汗をぬぐいながら母親に話しかける。
「突然お邪魔して申し訳ない」
「良いんですよ、子供達の遊び相手までしてもらったみたいで」
「まさか食事までごちそうしてくださるとは…宜しかったのですか?」
「勿論良いですとも、夫の命の恩人なのですから」
天馬の言葉に快く返事をする母親。最初こそこの筋肉もりもりマッチョマンの異様っぷりに度肝と魂を抜かれたが今ではすっかり客人扱いである。
山で怪我をして動けない所を優しく抱きかかえてくれたのだという夫の話を聞き、その後の彼の言動を見てきた母親。彼女はこの男が心の優しい人間だと気がついたのだ。もうじき夫も帰ってくるだろう。そうなったら客人と一緒に食事をしようと母は考えていた。
「思えば私は良い人に巡り会うものだ。以前あったシスターにもこうして…」
「シスター?それってこの間話をしていた…」
「あぁそうだよ」
兄の言葉に返事をする天馬。そうして彼は少年に以前あった出来事を話し始めた。よりよいトレーニング場所を求めて山へ1人で入り速攻で遭難した事。彷徨い歩いていた所をシスターに保護されたあの日の体験を。
「途中山猫にじゃれつかれたりもしたが…こうして私たちは無事下山できたという訳さ」
「そのシスターに助けてもらったの?」
「うむ、村への道筋を教えてもらったり料理を作ってくれたりしたのだよ」
「へー凄い人だったんだね!」
「あぁ…まるで聖母の如く慈悲にあふれた人だった。シスターは私を歓迎してくれた。見ず知らずの私を嫌な顔一つせず受け入れてくれたんだ」
「とっても優しい人だったんだね」
「あぁ優しくて良い人だったとも」
「その人とはどうなったの?」
「ふふ…村をおりた後は彼女や子供達と共に家へ…孤児院へ行ったのさ。お腹いっぱいにごはんを御馳走してくれたのさ」
かつての体験を楽しく、誇らしげに語る天馬。そんな彼の様子に思わず微笑んでしまう一家。そうして帰って来た父親も混ざり一同は楽しい夕食の一時を過ごした。穏やかな日常だけがそこにはあった。
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