第3話 ズイ要塞への道

セラ・リタリアはフィロウ・グレイフォールの付き人で、アシスタント、秘書、護衛等色々な役を一人でこなしている。無論、フィロウに雇われた冒険者との給料のやりとりも仕事の内だ。


「ですので、給料が衣食住の提供という契約をフィロウ様がなさったからには、契約をきちんと遂行させて頂きます。

特にゲインズ様のご希望を推測し、食料という点では各方面、最高級のものを昨晩取り寄せ致しました。必要な時はいつでもおっしゃって下さいませ」


「あーうん。そうだけどさ・・」


収納の魔導石の内訳をスクリーンに写して見せられ、レイは心底困ったように頬を人差し指で掻いた。ずらりと並んだパン、料理、果物、挙げ句飲み物嗜好品まで、どうみても社交パーティでもやるのか?と言う量が並んでいる。


「別に・・そこまでしろとは言ってないんだが。ってか何この量。緊急用に食料の備蓄でもやってるのかこれ」


「何をおっしゃいます。全てゲインズ様の給料としてご用意したものでございますわ」


「うわまじかー・・」


要塞の外へ出るゲートの前で、圧倒的な貴族の本気の財力を見せ付けられて困惑するしかない。何か足りないものが?とまだ追加されそうな雰囲気になり慌ててぶんぶんと手を振って拒否する。ありがたいことに道中の食事に困ることはないようだ。


「なあじいさん、気になってたんだが。わざわざ外へ出なくても魔術師がついてるなら転移魔術で要塞間を移動すればいいんじゃ、」


「駄目だよレイ。キャンプ中に食べる食事はまた格別だから略してはいけない」


「ですよねー・・絶対飯関係の理由だと思った」


キャンプって。生半可な冒険者だと死ぬこともある道中をキャンプ扱いとは。レイは思わず頭を押さえる。自分もそうだが食道楽ってのは命まで掛けたがるものなのか?


「嗚呼、心配ないよ。セラもいるからね」


「魔術師がいるなら俺いらねぇだろ・・」


「嗚呼、申し訳ございません。私は近距離の敵に魔術を使うのが苦手でして。つい色々な方を巻き添えにしてしまって・・」


「えっなにそれこわい」


意外にも命の危険は自分にあるかもしれない。レイの冷や汗はさておき、斯くしてキャンプご飯目当てのフィロウ様ご一行は次の目的地、ズイ要塞へ向けて要塞外の平原へと足を踏み入れていくのだった。








ズイ要塞への道

(魔獣フルコース満喫!)






「ゲインズ様、道中の道筋は誘導致します。もし魔獣が至近距離で出ましたらフィロウ様の護衛をお願いします」


「レイでいい。俺もセラって呼ぶし。了解、給料分は働くさ」


「畏まりました。それでは参りましょうか」


ふりふりのワンピースで散歩でもしているようなナリだが、常時作動しているタイプの魔術の演算式が体にまとわりついているのが見えた。ぱっと'視た'感じ、防御や強化の系統が多いが、大砲並みの魔術が何種類かいつでもぶっぱなせる様に展開して足元にリザーブしている。


(・・攻撃魔法の見本市かよこれ・・)


ぎらぎらと悪光り甚だしいその姿からそっと目をそらし、レイは爆風に吹き飛ばされる自分を想像して、取り合えず巻き込まれない事をそっと祈った。


門を出て歩いていく。草の生い茂った平原についた轍を辿っていけば、その先は目的のズイ要塞だ。まあ、距離はかなりあるから二日は歩くはずだ。フィロウもいるし、強行軍にはならないだろうが。

こっちは一応透視の魔導石を展開しているのに。こんな時でも周りを見回しながら優雅に旅行を楽しむフィロウを横で見ながら、旅の緊張感とのミスマッチさに少し笑う。


「レイはこの道をよく通るのかい?」


「そうだな。要塞を変えるときは大体徒歩だ。商隊の護衛で馬車に乗ったりはするけど」


ダウト。

馬車の護衛がないとめんどくさくて要塞を動いたりしない。急な用事の時は転移でこっそり飛ぶ。・・だなんて、説明できるはずがない。

何てことなく話を流している傍らで、セラは早速此方に殺気を向けた鳥に爪と鱗がついた魔獣相手に電撃を飛ばして打ち落としていた。早ぇよ。

ぼとぼとと落ちてくる魔獣を一匹掴んで、レイは懐からナイフを出しつつ口笛を吹いた。


「魔術師様々だなコレ。便利」


「そんなもの持ってどうするんだい?」


「どうするって、食うんだけど」


「・・食べられるのかい?」


「あー、ちょっと待ってろ」


どうやらフィロウ達は旅をしていたが魔獣を捌くという状況には至ってないようだ。流石貴族。説明するよりやるほうが早いと、ナイフを首に挿し込み魔獣の首を削ぎ落とす。地面にばちゃばちゃと落ちる血に流石のフィロウも引き気味で、セラに至っては顔に気持ち悪いと書いているような感じになる。


「セラ、ちょうどいいや。これ焼いて羽を消してくれるか?」


「・・か、畏まりました」


小振りな魔獣なので手で血を絞りきり、剣の先に刺して体から遠ざける。セラが指先から魔方陣を展開して炎を出し魔獣を炙っていく。ちょっと火力がキツすぎて自分までちょっと焼けてる様な気がするがよしとしよう。炎にまとわりつかれて羽が焼け、炭化したところで火を止めてもらい、残りの羽を手でさっと払い落とした。


「ほ、本当に食べるのですか?」


「何言ってんだ。昨日食ったフライバロウ牛だって魔獣との交雑種だろ?結構うまいぞ。魔獣も。あと面倒だろうけどもうちょっと焼いてくれ。」


羽が完全に落ちた魔獣ーー、一般的にカルラと呼ばれているーーをもう一度火で炙ってもらう。歩きつつやっているのでセラが少々やりづらそうだが、爆風に吹き飛ばされなかったので安心だ。カルラは脂身は多いが肉が薄い、骨格の方が立派な魔獣だ。焼けるのは早い。最初警戒していた二人もじゅうじゅうと脂の焼ける匂いが立ち込めると、本当に美味しそう、とこちらに興味津々の様子。ナイフで手早く骨ごと肉を切り分けると、二人にぽいと乱雑に手渡す。


「これくらいでいいか。熱いから気を付けろよ」


「すごいなレイ、有り難う」


「魔獣を食べるのは初めてです。頂きます」


食べ歩きは貴族のマナー的にどうなのかと一瞬頭をよぎったが、流石に危険な要塞外では気にしていられないらしく、二人とも普通に手に持った肉を少しずつかじっている。セラは流石に少し食べ辛そうに見えるが仕方ない。

そこまで見届けてから、レイもカルラの肉をかじる。焼けた肉は脂身が多くて滑るが、噛むと柔らかくて味が濃い。人に危害を加えるカルラは、狩って捌く手間が多い割に食べるところが少ない。中々店には置いていないが、こういった要塞外ではなかなか美味しいおやつだ。


「やっぱ旨いな。敢えて言うなら炭水化物が欲しい」


「脂身が多いので白パンなどどうでしょうか」


「超欲しい。有り難う」


早速魔導石からセラが出してくれた白パンを肉と交互に口に放り込むと、脂がパンと柔らかく絡んで。・・あと何匹でも食べられそうだ。

脂っこいカルラの肉が口の中にまとわりついて、しばらくすると二人も欲しくなったのか白パンを出してかじりだす。


「これは美味しいね。炭火焼きにしてほぐし身をハーブと果実酢で和えたりすればどうかな」


「ハーブ焼きはよくやる。単体だと流石に脂っこい」


「ほぐし身にするほど肉厚ではないので困りましたね・・」


いつの間にかカルラの調理法会議になっている。実は朝一番から出発したために朝御飯を食いっぱぐれているレイは、今まさに肉を片手に持っているのに腹が減りそうだ、と内心呟いた。


どうせ幾らでも飛んでくるだろうし、腹一杯食おう。遠くから此方に飛んでくるカルラを一匹見つけて、セラに手を振って攻撃を止めてもらう。得意の鉤爪を振りかざしたカルラが懐へ飛んでくるのを見定めながら、腰に差した剣を抜いて軽く振る。


キン、と魔導石が鳴ると同時にまるで剣が自分から動いたように勢いをつけ魔獣の首を一刀両断する。肉塊にになったそれはレイの手に収まり、またその場で血抜きに掛けられた。


「頭のいい使い方ですね。」


「ん?・・うわ、」


血抜きをしながら振り返ると、セラが興味深そうにレイの手首に巻かれた魔導石を覗き混んでいる。いきなりの顔面アップ。美少女にくっつかれて、思わず少し後ずさった。


「'空砲'を手首に当てて剣を加速していますね。珍しい使い方です」


「・・空砲を直接魔獣に当てたって威嚇にしかならないだろ?仕留めるならこっちの方が早い」


まあ、自分の手首は防具を付けて対策しても痣まみれになるんだが。亜空を作る前はこれで凌いでいたんだが、まさか戦いかたを戻す羽目になるとは。

久々に空砲を当てた手首がじんじんと痛んだが、セラの前で疑われる事なく戦えたから万歳三唱だ。ただ、


「攻撃魔術を自分に当てるなんて何て斬新なのでしょう!レイ様、よければ他の魔導石も使っていただけないでしょうか!」


・・セラはどうやら攻撃魔術の開拓が好きだったらしい。目をキラキラと輝かせていきなり手を取ってきたので驚いて半歩ほど後退った。近いしちょっと恐い。

もう少し気づくのが遅かったら自分に結界を張らないままセラに触れてしまう所だった。魔術師は他人の力を嗅ぎとるのが滅法うまい。触れているだけならまだしも接触したまま'分析'なんて掛けられたら一瞬で力の差がバレる。魔術師恐い。本当に。


「別にいいんだが、残念だ。俺は腹がへって死にそうだからなァ。」


こっちはもう十年近く冒険者をしているし、ここは口で誤魔化すとしよう。満面の笑み、悪どいとも言う。ここはこの笑顔で切り抜ける事にする。


「はい、続き焼いてくれ。セラにもやるから。な?」


「・・畏まりました」


目の前で軽く血抜きしたカルラを振って見せれば、セラが目に見えるくらいテンションダウンした。チョロい。

本人も苦手と言ったが、魔術の出力を絞るのが本当に苦手らしい。セラが元来持っている出力量と演算式のコントロールがマッチしていないのか?

この際存分に練習してもらおう。細かな演算式を瞬時に組み立てる事が出来れば、今組んでいる大砲みたいな攻撃魔術も上達するだろうし。


「あ、俺腹減ってるからもう何匹か頼んでいい?」


トドメとばかりにそう言えば。レイがお腹いっぱいになるまでコレをやるとセラが倒れてしまうね、と後ろでフィロウが腹を抱えて大笑いしていた。

これは満腹になるまで何匹も焼かされる、と漸く気付いたセラがぶつぶつと演算式を口に出して焚き火レベルの火を起こそうと躍起になっている。一生懸命にやっているのがなんだか可愛いとほんの少し微笑ましく思いつつ、レイはカルラの焼き上がりをまつことにした。


・・



「レイ、このスパイスどうかな」


「おぅ、脂っこいカレーっぽい。でもイケる」


「・・頭が痛くなってきました」


結局炎を出す座標と出力が定まらないまま過ぎたらしい。歩きながらレイとフィロウが八匹目を食べ終わる頃、セラがギブアップと両手を上げた。歩きながらやったから余計に辛かったのだろう。

そりゃ地面からの座標で炎を出せば細かく式を書き換える羽目になって疲れるに違いない。自分を支点に座標を作れば追従して炎を出せるのだろうが、そこまでには至らなかったらしい。

そんなやり方でよく何時間も持った方だ、ある意味体力がある。さすがリタリア家。


「あ、悪い。疲れたか?すまん。魔術師も疲れるんだな。」


「セラはよく凄い魔術を使うけれど小さい火でも疲れるのかい?」


「いえ。魔術の規模によって疲労すると言うよりは、何回も緻密に場所と出力を指定するのが疲労に繋がると言いますか・・」


セラの言い訳・・説明を聞きながら、スパイスのお陰でいくらか胃にもたれにくくなったカルラの肉をまたかじる。焼いてばっかりだから流石にそろそろ飽きてきた。違うものも食べたい。


「レイはお腹いっぱいになったかい?」


「いや全然。まあセラに悪いし、あの辺で休憩でもするか」


え、まだ焼くのですか・・と不安が顔に書いてあるセラに思わず吹き出しながら、レイは視界に漸く入ってきた高い広葉樹を指差した。青々と茂る木の下は中々良さそうな休憩場所に見える。

グレイ・バーンは肥沃な土地だ。元は荒野だった其処を様々な魔術師が豊かにしようとあの手この手で土地に魔法を掛けて作り上げた箱庭のような国。その魔法の力は要塞だけでなく、こんな平原にも作用して木一つとっても伸びが良く立派だ。

木の下で腰を下ろして漸く一息をついた二人に、レイは一緒にしゃがみながら首を傾げた。


「二人共大丈夫か?」


「ええ、なんとか・・」


「少し休憩すれば大丈夫かな」


「そうか。じゃあちょっと待ってろ。なんか取ってくる」


セラがいるなら少しフィロウから離れても問題ないだろう。レイは手頃な枝に捕まりひょいと飛び乗る。豊かに伸びた枝を次々と上っていった。


「・・流石冒険者ですね、全然堪えてない・・」


何時間も歩いた挙げ句いきなりの木登り。結構な速さで木の上へ上がっていったレイを見ながら、セラが呟いた。今まで雇った人間もそうだが、普段からアウトドアの仕事をしている人間と違ってフィロウやセラはあまり体を動かさない作家と魔術師だ。基本的な体力が違う。レイはこんな散歩程度では前日'追跡'で見たように息を荒げるそぶりすらない。


「でもセラも成長したね。昔は細かい魔術は苦手だと言って嫌がってばかりだったのに」


「っ、お止め下さいませ、そんな昔の事・・」


よしよしとまるで子供にするように頭を撫でられて、セラが恥ずかしげに顔を赤らめた。小さい頃から可愛がられて貰ったとは言え、流石に知り合ったばかりのレイもいるから恥ずかしい。いくら遥か高い木の上にいてもう見えないとしても。


「・・それに、少し見栄を張るくらいで宜しいのです。牽制にもなりますし」


顔の熱が引かないまま口を尖らせたセラに、フィロウは困ったように笑う。


「まだすべて分析出来ていません。レイ様にどんなリスクがあるか分からない内は、牽制しても無駄にはなりませんから」


セラも無邪気そうに肉をかじるレイに毒気を抜かれて歩きながらのバーベキューを手伝っていたが、腹黒い貴族社会で生きてきただけある。一日二日で完全に赤の他人を信用したりしない。

苦手分野どころかリザーブしている魔術まで全て筒抜けになっているとは知らず、何とか優秀な魔術師を装う、と息巻いている。高等魔術師が相手なら、いくら腕のたつ冒険者であろうと中々攻撃して来ようとはしないからだ。


「フィロウ様はすっかり馴染んでおられますね」


「そうだね。やはり食事のお供として最高だからね」


「・・ご満足なら私からは何も申しません・・」


やっぱりご飯関係の理由になるのかとある意味呆れながらも、セラは楽しそうなフィロウに少しほっとしたように笑う。身内同士の蹴落とし合いが激しいグレイフォール家においてこんなにリラックスして旅を楽しめるなら目の前の主人にとってはいいかもしれない。それならこのままでもいいのかもしれない、とセラは少し肩の力を抜くことにした。




「・・飯食って信用されるってどうよ」


ちなみにそんな会話はしっかりとレイに筒抜けている。木に上る前に隠しておいた'伝達'の魔導石から伝わった音声が、聞きやすいようにピアスに着けた受信側の石から伝わってくる。

煙草をくわえつつ(貴族の前で煙草吸うのは気が引けるから木に登った)、ナイフ片手に広葉樹に実った殻付きの実を切り取っては収納の魔導石に入れていく。

本当にフィロウという人間は食事基準の物差ししかないのか?いや実は伝達の魔導石がバレててフェイクで喋っているのだろうか。


「まあ、俺はどっちでもいいけど、」


レイとしては飯が満足に食えて正体がバレずにゆっくり出来ればいい。そこまで考えながら肺に溜まった煙をゆっくりと吐き出し、


「・・あ。うわー・・」


そう言えばこれ俺も飯基準の物差しで計ってるじゃねぇか・・と、自分の言葉のカウンター具合に頭を抱えた。なんだこれ、恥ずかしい。


「・・降りよう」


木の実は大分集まった。枝から下(茂る枝ですでに地面は見えない)を見下ろしてから、レイはまるで階段を降りるかの様にひらりと枝を降りていった。ちなみに空砲で自分の体のバランスを取っているから身体中が地味に痛い。便利だが空砲は当たると結構痛い。


暫く枝を降りていくと、ちょうどセラとフィロウが一息ついてからレイの登った木を見上げる視線とかち合った。どうやら休憩のあと律儀に待っていたらしい。


「ああ、お帰りレイ。何か見つけられたかい?」


「勿論。クロイの実が豊作だな。焼くからちょっと待ってろ」


焼くと言う単語にちょっと嫌な顔をするセラが面白い。横目に見て笑いながら、魔導石から実を全部取り出して殻にナイフを入れた。堅い殻をばきりと割ると、中から真っ白な実が現れる。

クロイの実は火を入れるとほろほろとした口当たりの実で、味は少し薄いが、仄かな甘みが旨い。育ちやすく、モノ要塞では実を殻ごと焼いたものが屋台で売られている割とメジャーな実だ。


「よっ、と・・」


昨日作ったばかりの'火矢'の魔導石を足元に打ち込めば、剥いた後の殻に火がついた。適当な石を上から積み上げて平らにすれば、即席の石焼き機の完成だ。


「ほら、後は焼けたら勝手に食ってくれ」


ナイフで枝を削って作った爪楊枝を手渡す。残った実を剥きながら顔を上げれば、ナイフを握ったままの手元をフィロウが興味津々で覗いていた。


「どうした?」


「冒険者って言うのは凄いんだね、ナイフ一本で魔獣を捌いて木の実まで下拵えできるなんて」


「・・いや、俺らにとって普通の事で誉められるとちょっと困る・・」


無駄に気恥ずかしい。セラにもそうだったが、フィロウは人を無駄に褒め殺す癖でもあるのか。

自分もやってみたい、と言うフィロウにナイフを抜き身の刃を握りながら手渡すと、わくわくしているのが丸分かりな顔でレイを真似て殻に刃を当てる。


「切れ味良いから気を付けろよ。指切り落とすぞ」


「ああ。意外に難しいな・・」


渡すんじゃなかったかもしれない。結構危なっかしい。背中側から覗き込むセラもハラハラとフィロウの手先を凝視している。

見ていると余計に怖くなってきたのでさっさと目をそらしてぱちぱちと焼けるクロイの実をつついた。焼けてくると薄皮が破れてほくほくとした中身がせりあがってくる。一つ摘まんで口に放り込めば、木の実独特の優しい甘さが口のなかでほろりとほどけた。やばいうまい。カルラを食べた後だからあっさりしたものが余計にうまい。


「じいさん、お楽しみの所悪いが。そんなちんたら剥いてると無くなるぞ」


主に俺が食べるから、と言いながら焼けたクロイの実を目の前で振る。食べ物に目がないのはお互い様だ。フィロウは一つ剥いたばかりの殻とナイフを置いて実をつつきだした。

ナイフを取り返して実を食べつつくるくると殻を剥いていく。こういう単純作業も悪くない。寧ろ好きな方だ。


「焼きたてだと更に美味しくなりますね」


「本当だね。優しい甘さのポルボローネの様だよ」


どうやら二人ともお気に召したようだ。楽しそうに石焼きの実を食べながら話に花を咲かせている。まあ、喜ばれたら悪い気がしない。さっきカルラの丸焼きを手伝って貰ったから今回は給仕でもしよう。


鼻歌混じりでナイフを弄るレイを見ながら、セラがクロイの実を片手に感心したような目で見る。手先が器用なのは今目の前で証明されているが、さっきから魔導石の使い方がとにかく巧い。今さっき木から降りてきた時もバランスを空砲で調整しながら苦もなくやって見せた。

魔導石がいくら精巧に作られていても、実際に使うのは一般人だ。上限があるとはいえ座標や出力を左右するのはあくまで使う人間の頭。そう言う意味で、操作が難しい部類の風を使う空砲の出力を抑えて自分に当てたり、本来出力が高めの火矢で周りを吹き飛ばさず焚き火を起こしたり出来るレイはかなり魔術的な意味合いでセンシビリティのある人間なんだろう。それこそ、繊細さを売りにする生態系の魔術が得意なグレイフォール家の魔術師の様に。


「・・ん、セラ。足りないのか?」


視線に気付いたレイに問い掛けられて、ゆるく頭を振る。今まで雇ってきた冒険者も魔導石を使っていたが、こんな繊細な使い方が出来る人間もいるなんて。これで魔術師になって魔導石特有の出力上限が無くなれば、修行次第でかなりの強さが期待できる。


「レイ様は、魔術師を目指したりはしないのですか?」


「・・っ、げほ・・」


そう問いかければ、眉間を寄せて微妙な顔をした後食べ掛けだった実が詰まったらしく少し涙目になって咳き込む。手元で揺れたナイフが危ないと手を伸ばしたが、女の子には持たせられないと逆に手の届かない足元に下ろされた。


「っ、何だよいきなり、勧誘か?」


「いえ、魔導石の使い方があまりに上手なので。冒険者としても便利かと」


「ないない。この年になって勉強とか修行とか勘弁願いたいっての」


目尻に浮いた涙を拭いながら笑い飛ばされて、セラが勿体ないです、と口を尖らせる。魔術師が二人になればフィロウの警護ももっと楽になるのに。本人はそのつもりはないらしいとまた焼けたクロイの実に興味を戻した。

何気なくぶん投げられた恐ろしい質問にレイは内心を誤魔化す様に俯きナイフをもう一度握る。手汗で掌が冷たい。鋭いような、ちょっとニヤミスのような。魔導石の使い方ごときでここまで言われるとは。


上機嫌の二人に対して、レイはドキドキと妙な動悸を覚えながら殻剥きに専念する羽目になった。


そうして山積みにしたクロイの実が無くなった頃。(七割強は結局レイが食べた)再びズイ要塞に向けて歩き出した一行。疲れも少し取れたのか足取りは快調だ。

セラは歩きながらふと歩きながら次のズイ要塞のグルメ話に花を咲かせている二人を見た。

話の内容はともかく、フィロウは昔から貴族生活が長いせいか歩き方が堂々としている。背筋を伸ばし重心がぶれずにしっかりと歩く様は服装も相まって育ちが滲み出ているようだ。

対してレイは軽装に革で出来た鎧だけのラフな格好だが、肩をいからせて歩くこともせず腰に差した剣に右手を添えたままフィロウに歩幅を合わせて歩いている。

出会ったばかりだが、仕草一つ取っても二人は気が合うのだろう。何せ二人とも食狂いだから。


美味しいご飯は世界を平和にするのかもしれないと妙な感心を抱く傍ら。


「でね、大通りすぐの店のバーニャカウダはアンチョビの味がしっかりしていてね、」


「それ食おう。絶対旨い、食いたい。でも逆方向の屋台のフイッシュチップスも捨てがたい」


(なんて勿体ない・・)


見た目は中々素晴らしい面子なのに、残念ながら頭の中は食べ物の事しかないようだ。

社交界へ出れば有名人になれるだろうが(元からフィロウは有名人だが)、幾ら周りの人間が群がっても当の本人達がコレでは報われない。


「あ、フェロピア生えてる。食おう」


「私にもくれないかい」


「ほらよ」


・・とうとう雑草まで食べ出した。ナイフで地面から生えた草の茎を切って皮を剥き、二人はおもむろにかじりつく。見ていると一本食べるかと差し出されたが、既にかなり満腹だったので丁重にお断りした。


「普通の草に見えますが、食べられるのですか?」


「ちゃんと食べられる奴だよ。本当は過熱した方がいいんだが俺は生の方が好きだな。ちょっと酸っぱくてさっぱりしてて。つい食べ過ぎちまう」


野草一つでこの流暢なコメント。流石主人曰く「リアクションだけで一冊エッセイが書ける男」。そのセリフに興味をそそられてフェロピアを少しだけ分けてもらう。口に含むと意外なくらいの水分と仄かな酸味が広がって、いくらか気分がさっぱりした気がする。


「っ、本当に酸っぱいです」


そう言えば、少しだけ得意気に笑うレイと視線がかち合った。なんてまあ、快活な笑み。食事の話題だけは心底楽しそうだ。


「そうだろ?」


「確かにさっぱりしているね。私ももう一本」


「おいじいさんやめとけ、慣れない奴があんまり食うと腹下すぞ」


食べ終わったフィロウの手を押さえつつ、自分はちゃっかり次のフェロピアを確保している。こうやって平原の中からいろんなものを食べながら旅をしていたのか。中々楽しそうだ。

おやつを取り上げられたフィロウが不満げに取った茎を握りしめている。


「あとで火ぃ通してやるから。・・そういやあと数時間で日が暮れるが、寝床の当ては?」


ぽりぽりとフェロピアをかじりながらレイがセラの方を向く。その声に主人へ向けた視線が引き戻された。

用意は万端だ。伊達に何年もフィロウの護衛をやっている訳じゃない。


「テントを用意してあります。夜は魔獣避けの魔術を張った上で私が番を致しますわ」


「了解。三時間くらいで交代する。寝不足は女の子には酷だろ?」


さりげなくそう言われ、セラは少し考えつつ頷く。リザーブしているとっておきのシールドを張ったあとは余程の腕の魔術師じゃないと突破できない。他にもトラップを用意している。背後から襲われる心配はない。

そんな事を悶々と考えるセラを他所に、当のレイは警戒されていると感じつつフェロピア片手に上機嫌だった。妙な冷や汗をかいた時もあったが、魔術師に勧誘された辺りバレていないような気がしてきた。


お互いが検討違いの事に頭を巡らせている間に日が暮れ始め、一行は平原に無数に生えた木々の一つの下にテントを張ることになった。

テントが張るなり「食える獲物狩ってくる!」と鼻息荒くレイが平原の向こう側へ消えた。焚き火の前でまだ食べるおつもりですか・・と呆れながらセラが笑う。


「私、もうお腹いっぱいで何も入りません・・」


「そうだね、私も割と満腹だけど晩御飯くらいなら入るかな。しかしよく食べるね」


木下で片膝をつきながら、フィロウも呆けたようにレイが消えていった辺りを見つめる。随分と食べていたとはいえ、モノ要塞で数人前の料理を完食したレイがあの程度で満足するわけがない。とんでもない量の晩御飯ができるかもしれない。

のんびりと眺めている視界の端でセラが立ち上がり、空中に手をかざせば淡い光と一緒に銀色の杖が現れた。


「フィロウ様、魔獣避けとシールドを張っておきます」


「ああ、頼むよ」


魔術師は普段杖を使わず魔術を使うが、ある程度大きな規模の演算式を記憶できて呼び出せる杖は未だに魔術師の便利なお供だ。もとから起動する力をチャージしている魔導石と違い、術者が魔力を入れなければ動かない代物でもある。つまるところ、普段使わない杖を出すのは、作り置きしないといけないレベルの高度で規模の大きい演算式を使うと言うこと。

二人の足元に現れた魔方陣から、温かな橙色の光が立ち上る。セラお手製の独自シールドで、魔獣への威嚇に、魔術、物理攻撃を全て防いでくれる優れものだ。

セラが目を閉じて演算式を呟いているの眺めること数分。周りの橙色の光がカーテンの様に波打てば完成の合図。


「・・完了でございます。」


「お見事」


「感謝の極みにございますわ」


シールドを張り終わったセラが一礼をして腰を下ろす。その様子を眺めているフィロウは、いつのまにか平原の向こうにレイの姿を見つける。荷物は魔導石に入っているらしく手ぶらで悠々と戻ってきた。


「ただいま。何か綺麗だな、コレ」


「おかえり。セラのシールドだよ」


「そのまま入って頂いても大丈夫です」


そうやって促せば、レイはキョロキョロと周りを見渡しながら入ってきて腰を下ろす。随分と興味深そうだ。


「獲物は見つかったかい?」


「おう。狩ってきたぜ。セラに鍋借りようかと思って」


渾身のドヤ顔をみる限り大猟だったらしい。セラが魔導石から出した鍋を火にかけて、レイが魔導石から取り出したのは・・木の板に乗った厚切りの肉の山。


「二人の前で捌くのも血生臭いし捌いて持ってきた」


「・・流石の量だね。何の肉だい?」


「カタキラって言う魔獣。スープにでもしようかと思ってフェロピアも取ってきた」


鍋に水を満たして待ちながら、木の板に並べたカタキラの肉を焼けた石の上で早速焼きだす。分厚い肉をスープにする前に焼肉にしてつつく。焼き色がついた肉に出してもらった塩を付けてレイが勢いよく頬張った。


「ん、旨いな」


ジビエ特有の香りとあっさりとした柔らかな脂身。焼けていっそう香ばしい。塩と合わせればとろりと溶けた脂から仄かな甘味すら感じる。一口食べたレイが満足そうに笑って、次々と肉を焼いていくのを見ながら、鍋ができる前に肉が無くなりそうだと二人は顔を見合わせた。

ちょこちょこと焼肉を摘まみつつ取ってきたフェロピアの皮を剥いてそぎ切りにし、沸騰した鍋に焼いたカタキラと調味料を一緒に入れる。

目の前でいい匂いを出されたら気になるに決まっている、とフィロウが背中側からひょいと覗き込んだ。


「いい匂いだね」


「もうちょっとでできるから待ってな、じいさん」


振り返りにぃ、と意地の悪い笑みを浮かべる。つまみ食いしようと伸びるフィロウの手をはたき落としながら調理を続けること十数分。鍋にはほんのり黄金色に染まったカタキラとフェロピアのスープの出来上がりだ。

興味>満腹の二人も少しずつ器に盛って食べれば、柔らかい口当たりの出汁とそれを吸ったフェロピアのサクサクとした食感に思わず美味しい、と呟く。

それを見て嬉しそうにレイが笑い、鍋が結局空になるまで他愛ない会話に話を咲かせた。



そうして時間が過ぎ、日は完全に落ちて。夜の帳の中、シールドの光がオーロラのように波打っている。時刻は深夜に差し掛かり、フィロウは毛布を蕪ってテントの中でご就寝だ。

セラは焚き火の前で座り込み、テントの前で座って剣を支えに俯いて寝ているレイを見た。ぱっと見た感じ、ちゃんと寝入っているように見える。


腕に紐を通して留めた魔導石が視界に入った。・・そう言えば、火矢や空砲を使っていたが、最初にあった時程の高出力の魔力を感じない。不意に気になってそろそろと近寄っていくと、ぱちん、と剣の鞘を留めているベルトが外れた。よく見れば、金具にそっと右手の親指が添えられている。


「・・どうした、眠いか?」


少し顔を上げて、薄目を開けたレイが小声で言う。フィロウを起こさないようにか、か細い囁き声だった。


「あ・・申し訳ございません。起こしてしまいました」


「少しうたた寝してただけだから平気。で、何が気になる?」


夜中に起こしたことを詫びたが、あまり気にしている素振りではない。どちらかと言うと優しい雰囲気の声だ。暗くてはっきり顔が見えない。


「その、日中あまりに器用に使われていたので。・・魔導石を近くで見たくて、」


「いいよ。はい。・・ついでに充填しておいてくれ」


レイが腕からするりと紐ごと魔導石を抜き、セラに手渡す。嫌がるどころかいきなり束のまま渡されて、セラがわたわたと慌てて握り締めるのを見て愉快そうに笑った。


「こんな簡単に渡してしまっていいのですか?」


「何言ってんだ。拒否したって魔術師が本気になったら一般人なんてどうにでもなるだろ。」


言葉的にはなかなか刺々しいが、言った本人はなんてことはない、とでも言いたげだ。魔術石を覗き込み、分析を掛けてみたが、特にこれと言って気になる所はない普通の魔導石だった。単に使い方の問題点だろうか?

ついでに魔導石に魔力を充填しておいて欲しいと言っていたところ、充填目的で渡してきたのか。町でやってもらうと金を取られるらしいから。


もやもやと細かい所が気になったが、当のレイはこちらを見ながらにこにこと笑うばかりで何も答えない。どうしようかと眉を寄せていると、耐えきれないと言うばかりに笑い声が漏れてきた。


「・・何か、ありましたか?」


「いや。年は若いのに。じいさんを守ろうとあれこれ真面目に考えているのがかわいいなと思って」


「・・っ、私は一応、国家魔術師第二級リタリア家のものですから・・」


いきなりの褒め言葉にセラはそれはそれは赤面した。まるで子供でも見ているような生暖かい視線を感じる。捨て台詞のような家の名乗りも容易くスルーされて、ますます顔に熱が集まっていく。


「私は真面目な話を・・っ」


「しー、じいさんが起きるぞ」


「・・」


遊ばれている。

苦々しい顔で顔を伏せたセラに、レイはまたうとうとと目線をさ迷わせて顔を伏せる。実のところ半分寝惚けているのだが、本人は気にしない。


「あと二時間くらい経ったら起こしてくれ」


「・・畏まりました」


ぱちぱちと焼ける焚き火の前でセラはもう何時間か、顔の熱が引かずに苦労する羽目になった。












次の日へ










食事リスト


・カルラの丸焼き

脂っこく骨っぽい小さな鶏肉。ぷるぷるゼラチン質とジビエ臭さのハーモニー。


・白パン

金持ち飯のスタンダードパン。精製小麦粉の滑らかな口当たりはもはやうまさの暴力。


・クロイの実

味は薄いめ。ただ食感は最高にいい、木の実としては割と大振りな実。フィロウが例えていたポルボローネはラードベースのほろほろ食感が有名なスイーツ。


・フェロピア

野草。長く生えた茎の皮を剥いで食べる。生で食べると瑞々しくてちょっと酸味がある。食べ過ぎると腹痛に見舞われる。


・カタキラの焼肉+スープ

霜降の豚肉味。そのわりに何故かあっさりしているので焼肉にしても大量に食べられる一品。脂が溶けやすいのでスープにも溶け込みやすくて美味しい。

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