魔王と世界を愛する者たち(2)

 反射的に身を屈めて回避行動をとっていたことが幸いした。


「…………な、ぁ」


 四方八方から吹き荒れる突風が過ぎていくのを待ってから地面に伏したまま顔を上げたエイリーク十三世は、眼前に広がる爪痕に言葉を失った。


 まるで巨大な龍がその鉤爪で抉ったかのように、大地に深々とした谷が形成されていたからだ。もはや民衆には隠しようもない。不幸中の幸いだったのは、城下町は勿論、絢爛豪奢な城そのものにも傷一つないところだろう。それでも、齢二十歳ばかりの女王にとっては頭の痛い事態であることに変わりはないのだが。


「なんともまぁ、余裕とか容赦ってのがないなぁ」


 茫然とした面持ちで呆けていると、気が抜けるような声が側で響いた。


「おぬし……は」

「アルくんの後を追いかけても足手纏いだからね。それに、援護をするのに居場所は関係ないから。ボクの支援魔法はどんなに距離が離れていようとも、魔力の痕跡さえ追跡することができれば対象に任意の魔法を付与できる。だからこうして安全圏に留まっているわけだけど」


 女王にとっては前代未聞の惨状を目の当たりにして、平然と涼しい顔をしているエルレは緊張感の欠片もない声を転がす。


「心配ではないのか?」

「……側にいたってやってあげられることは変わらない。アルくんがボクに求めているのは結果を出すことで、ボクの役目は期待に応えること。ピンチのときに側にいてあげることじゃない」

「そう、か……」


 淡々とした言葉の節々に感じられる苦いものを察した女王は、ぐっと、続けようとした言葉を飲み込んで、話を切り替える。


「それはそうとして……あんな化物、一体どうやって倒すつもりなのだ?」


 一騎当千の枠には収まらない神の使い。近衞兵たちは見るも無惨に散ってしまった。人間では太刀打ちなど不可能な存在を、どうして対抗しようというのか。


「策はある」


 続く質問に、エルレはこれまた即答する。


「その策を実行するために、アルくんから一つ、頼まれごとをしてね」

「言葉など交わしていたのか?」

「トメクってやつにぶっ飛ばされる直前にね。アルくんにしかできないことだけど、そのためにはみんなの協力が必要でさ」


 女王にしてみれば、そんな余裕があったようには見えなかったが、エルレはあっさりと首肯してみせる。

 そして、彼女らしい屈託のない笑みを浮かべてエルレは提案する。


「だから、女王にも協力をしてほしいんだ。もっとも、人間たち全員の協力なくしてはできないことだから、その代表である女王にお願いしてるんだけどね」

「あやつ一人が犠牲になるようなものではあるまいな……」

また、とんでもないことをするつもりではないだろうか。


 そんな不安を掻き消すように、エルレは淀みなく口にしてみせる。


「大丈夫。これ以上、誰も不幸にはならないし、犠牲にもならない」


 殊更に、はっきりと。


「だけど、みんなの協力が必要というのは本当の話。魔族じゃなくなったアルシアの力の源は人間たちの希望や願望になっちゃったからね。僕ら魔族の大将だってのに、皮肉な話だよ、まったく。だけど、四の五の言っていられない。もうやるべきことは決まってる」

「要領を得ないな。もっと、我にも理解できるように説明をしろ」


 急かすようにエルレの両肩を揺する女王。

 対してエレルは、やはり彼女らしく、どこか間の抜ける声音でこう告げる。


「ただただ、皆で心の底から祈ればいいのさ。アルくんの勝利をね」

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