魔王と愉快な仲間たち(3)
「なんとも
エイリーク十三世との謁見を終え、城下町へと戻ってきたアルシアは頭を抱えていた。
数々の情報と、そこから導かれる非
よくできた都合のいい
戯言として片付けるわけにもいかず、かといって信じるに足る証拠があるわけでもない。
「セラは、あの女王の話をどう思った?」
「あたし、納得できません」
どうしたものかと唸るアルシアとは
「なんですか、あのへんてこな話は。勇者が世界そのものの
「……あまり真剣に受け止めすぎるな。そうと決まったわけではない」
「なぜお怒りにならないのですっ! アルシア様の
――この平和は、世界が望まぬ、
それが、エイリーク十三世が独自の調査結果から弾き出した
これが真実ならば、アルシアの苦労はなんだったのか、と
「女王の話には不可解な事項が多いのもまた事実だ。世界そのものの浄化作用が働くのであれば、勇者などという存在に頼らずとも、この俺をラストリオンから退場させることなど
エイリーク十三世の言説は、説得力がある一方で信憑性はない。
筋は通っているが、確度がない。
雲を掴むような話を信じろというほうが無理な話である。
「……あの女王の話を完全に否定するわけではないが、どうにも理解できんな」
「そうお考えになられるのは当然です。この平和が偽りであるなどと誰が言えましょう。アルシア様はもっと自信を持たれるべきですっ!」
「……自信がないわけではない。だが、あのような話を聞いてしまってはな……」
「あたしはもう充分に平和を実感していますよ。例えば――」
セラは路上の一角で屋台を構える店主に通貨を支払い、食べ物を手に取った。
「こうして人間の作る美味しい食べ物も味わえますしね?」
「なんだそれは?」
アルシアはセラの手元に収まる、どろりとした白色のそれを指差す。
三角錐を逆さにした奇妙な器に乗ったそれは、時間が経つにつれ溶けているのが見て取れた。
「んむ……、これはアイスクリームといいまして、牛の乳を加工して作った
「ほう……人間はよくこのような加工を思いつくものだな」
「も、もしよろしければ……あたしのを一口如何です?」
頬を赤らめたセラがアルシアの口元へそっとアイスクリームを差し出し、アルシアはそれを舐める。
「ど、どうでしょう? お口に合いますか?」
「……ほう、美味しいな、これは! 素晴らしい!」
口の中で蕩ける甘い風味が
清涼で濃厚な舌触りを味わいつつ
「今度、城のシェフにこれを作らせてみるとしようではないか」
「なんともありがたいお言葉! あたしも嬉しいですわ!」
「二人占めするのはもったいない。これはもっと広まるべきだ」
「うふふ、紹介した
セラは微笑むと、アルシアが舐めた部分からクリームの山を削る。そして、味わうようにしてゆっくりと舌で堪能し、これまた殊更にじっくりと喉元へと流し込んでいく。
「間接キス、してしまいましたね……」
「…………っ」
「ふふっ」
予想していた発言だが、半端ではない
「これであたしも本日の目標は達成でございます」
「そ、そうか……なら、よかった…………」
サキュバスの血が混ざったセラの言動は、意図的であろうがなかろうが、意中の他者を
(少しは自制をしてほしいものだがな……)
いまでこそ、従えているのがセラの上位存在である魔王アルシアであるからいいものの、これが他者へと向けられれば
しばらく目を離していたアルシアだったが、ふと、隣を歩いていたはずのセラがついてきていないことに気付く。
振り返ると、彼女は
「なんだ、まだなにか物足りないか?」
「……いえ、
「…………」
「こうやって、人間の営みに溶け込んで楽しむことができるようになったんです。これが平和なければ、一体なんだというのです……」
漏れてくるセラの本音。
幸せそうな表情から一転、紡ぐ言葉には切実さが宿る。
「あんまりではないですか……魔族に怯えることなく人間が暮らし、魔族だって人間に理解を示して、襲うことはなくなりました。あたしは、この平和をいつまでも噛みしめていたいのです……」
「セラ……」
セラは三百年前に起きた魔族と人間との戦争のむごさを体験している。この平穏が
それが偽りの平和などと。
そう言われて込み上げる激情を我慢しろというか。
納得できないと否定するセラの怒りを、誰が否定できるというのか。
「せめて、エイリーク王の仰ることを真に受け止めすぎないよう、お願いしますね……」
自らを
これでは気持ちも事態も好転はしないのは明白。
こうして同行してきたのだって、日頃の心労で一杯になっているアルシアを
「案ずるな。知っておろう。この程度で気を弱らせていたら魔王として務まらん」
「もし悩むようなことがありましたら、いつでもあたしを頼ってくださいまし。アルシア様はお一人ではないのですから……」
その言葉こそが、セラが伝えられる唯一の
何百年と尽くしてきたからこその
「ああ……。そうだな。是非、そうさせてもらおう」
アルシアはセラの心遣いを受け止め、再び
「……さて、あとはエルレに約束した
城下町の大通りにずらりと立ち並ぶ露店には、人間が好む食糧や衣服、装飾品に限らず、薬草やポーション、武具や魔法書がずらりと並ぶ。
この大通りで手に入らないものはないと噂され、その露店の数は三桁をゆうに超す。
エルレは研究好きで、魔法の開発や汎用化はお手の物。
戦闘はさして得意ではないが、彼女の後方支援ほど頼れるものもなく、アルシア自身も一目置くほどの存在である。
そんなエルレには日頃の労いも込めて魔法書の一つでも買って帰るのがアルシアお決まりのパターンだったが、今回は趣向を変えたものを一つ買っていくと決めていた。
魔法書店の前を通り過ぎると、セラが
「あら? 魔法書は買わないのです?」
「少し、考えがあってな」
行き交う人の流れに乗ってアルシアとエルレは大通りをゆったりと歩く。すれ違う人々はアルシアやセラの
美男美女の唐突な登場にざわめく大通り。
薄い雲のかかる薄暮を背に優雅な散歩を楽しむアルシアとセラの二人を、なんらかの舞台か、または映画の撮影かと勘違いして写真やスケッチに納める人まで現れる。
「どうやらどこかの役者と勘違いをされているようですね」
「悪い気はしない。邪魔をしないのであれば目を
やがて
「これは……」
アルシアが手に取ったのは、古びた一冊の書物。
その表紙に描かれているのは古の勇者の姿と一体の巨大な魔族の姿だった。
表紙を捲ると、インクで書かれた文字が延々と綴られている。
「いまどきおぬしのような
老いた露天商が
「実は、魔族と人間とが争い合っていた時代について研究をしていまして」
自身に向けられる訝しげな眼差しを敏感に感じ取ったアルシアは居住まいを正し、好青年然とした口調で偽りの身上を語ってみせる。こういう対応は慣れたものだ。
「しかし、まさかここでお目に掛かるとは予想だにしませんでした。各地を転々としていますが、どこにもこのようなものは見かけることが叶いませんでしたので」
「ふむ……なるほどの。そりゃそうじゃろな。そういったものは
その場に張り詰めていた空気が
「……して、おぬしが手にしたそれは、三百年以上も前にあったと言われるラストリオン最大の大戦を記録したものと先祖代々言い伝えられてきたものだ。しかし、執筆者も分からんし、真偽のほども定かではなくての。人間に読めた文字でもない。もはや売る価値もない代物だ」
「そうなのですか……もしよろしければお譲り頂いてもよろしいでしょうか?」
「……ああ、構わんよ。どうせ儂がくたばれば引き取り手もいないからな」
「ありがとうございます」
せめてものお礼にとささやかな金貨を数枚渡し、アルシアは懐に古本をしまうと足早にその場から離脱する。
「そんなにその書物に惹かれるものがありましたか?」
「どうしてか目を離せなくてな。まぁ、これはこれでエルレも喜ぶだろう。……さて、これで用も終わったな」
「今日はご一緒できて楽しかったですわ」
そう言って、満足げな笑みを浮かべるセラ。
「ならば結構。
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