魔王と愉快な仲間たち(4)

「あ、やっと戻ってきた!」


 魔王城の玄関外でアルシアとセラを迎えたエルレは、夜空に浮かぶ二つのシルエットへ向けて大きく手を振った。

 本来の姿に戻り、移動魔法で魔王城へと戻ってきたアルシアとセラは、エルレの出迎えという珍妙珍妙な状況を前にわずかな焦燥しょうそうを覚える。


「どうした。勇者が訊ねてきたか?」

「勇者じゃないんだけど、アルシアにお客さんだよ」

「俺に客? 人間か? それとも魔族か?」

「魔族……かな? いやぁ、でもなんか本人は違うって言ってるしなぁ……どうみても合成魔獣とかキマイラの亜種だと思うんだけど……」

「なんだそれは」


 歯切れの悪いエルレの言葉に、アルシアは首を傾げる。


「待たせているということは、俺に危害を加えるような輩ではないということだな?」

「敵意はなさそうだよ。今日は遅くなるかもって伝えたんだけど、いつまでも待ちますって言ってきかなくってさ。素性どころか名前も明かしてくれないし、困ってたんだよ」

「そうか。休暇のつもりで留守を任せたのだが、思わぬ来訪で気苦労も多かったろう。あとは俺が相手をする。エルレは休んでよいぞ」

「それじゃあお言葉に甘えてゆっくりさせてもらうよー。お客さんは応接室で待たせてあるからよろしくねー」

「ああ。……それと、忘れる前に渡しておこう。魔法書ではなく古文書の類だがな。どうやら俺の親父の代の戦争が描かれているらしい」

「……おぉ、これはまた読み応えがありそうなやつだねぇ。大切にするよ! それじゃあね!」


 自室へと戻っていくエルレと玄関で別れたアルシアとセラは、真っ直ぐに応接室へと向かう。


 そこで待っていたのは一匹の女形の悪魔だった。


 黒髪に山羊型の角、左側の背中にだけ生える鴉のそれに似た巨大な翼、そして蛇の頭を宿した尾。複数の生き物がまぜこぜとなった混然一体の外見は、エルレが合成魔獣キマイラと表現するのも無理はないほどに不気味そのものだった。 


「俺を待っていた客人というのは、お前、か……」

「ああ、やっと帰ってきたね。探してたんだよ、稀代きだいの大魔王さん」


 得体の知れない不気味さを一層引き立てるような、見た目にそぐわない妖艶ようえん声音こわね


 当然ながら、こんな奇怪な魔族との面識はない。

 恐る恐る応接室へと踏み入るアルシアの問いに、客人は柔やかな笑みを浮かべて立ち上がり、ぺろりと舌を覗かせる。

 みにくさが極まるような姿をして、そんな可愛げな態度は少しも似付かない。

 彼女の周囲に漂う瘴気しょうきはアルシアの想像を遥かに上回る濃度であり、口を覆わなければ昏倒こんとうしてもおかしくないほど。


――確かに敵意は見て取れないが、しかし、これは……。


 自分よりも遥かに上位の存在であることを瞬時に感じ取ったアルシアは警戒心を強める。


「私にとっても、あなたにとっても大事な話があるんだ」

「…………お前は何者だ?」

「私を知るやつらからは、左杯さはいのウラキラルって呼ばれてるよ」

「左杯のウラキラル……と言ったか。もう一度問う。お前は何者だ。この世界に住まう者ではなかろう?」


 どこか確証を持っているかのようにそう聞き返したたアルシアに対し、


「……魔王を名乗るだけの鑑識眼かんしきがんはあるみたいね。私は悪を司る調界者ちょうかいしゃってやつさ。魔王にもわかるように表現すると、ラストリオンに蔓延はびこる魔族の生みの親ってところだね」


 ウラキラルと名乗った彼女は、あっけらかんとした態度でそう答えたのだった。


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