魔王と愉快な仲間たち(2)
翌日。
アルシアはセラと共に、魔王城から遠く離れた、人間側の王が
およそ世界の中心に位置するエイリークだが、ラストリオンの最北にある魔王城からとなれば、移動魔法を
決してデートではない。
変身魔法で人間の姿になったアルシアとセラの二人は、朝早くから武具屋や宿屋、酒場などをじゅんぐりに回っていた。
エイリークの城下町は至る所で
そして、ラストリオン各地の情報が
情報すらも通貨で取引されるほどに発展しているのだ。
となれば、勇者に関する情報の一つくらいはあってもよいとアルシアは
――勇者がどこで生まれたか、だって? そういえば聞いたことがないなぁ。アルシアさんには申し訳ないけど、協力できそうにねぇ!
――最近、勇者って名乗る
――……いやぁ、勇者の身の上話は聞いたことがねぇなぁ。ただ、どう見たって怪しいことに変わりはねぇよな。勇者なんて職業はどの国でも流行っちゃいないし、こんな素晴らしい世界にしてくれた魔王を討伐するなんて気が触れてるとしか思えねぇ! アルシアさんも変な輩に絡まれないように気を付けろよっ! もっとも、魔王とエイリーク王がいればラストリオンは
と、こんな回答が延々と続き、城下町を行き交う人々に話を振れども勇者に関する情報を手に入れることは終ぞできず。
アルシアの期待は見事に外れてしまった。
「……残念でならん」
「なんとも、ですねぇ。これでは遠路はるばる足を伸ばした甲斐がないというものです」
アルシアの右隣で、セラが
「ないものをねだっても仕方がない。そろそろ城のほうへ向かうとするか」
酒場を出たアルシアとセラの二人は、
世界の中心にあって、人間を束ねる王――エイリーク十三世が根城とするエイリーク城は、魔王城と
一般開放されている正面玄関から城内へと入ったアルシアは、壁に飾られた鋼の斧やブロードソードをみやりながら玉座の間へと向かう。
戦争がなくなったいまとなっては、
「もはや無用の
「これが血塗られていないというのも、平和の
「なるほどな……」
セラも、その三歩後ろを離れずついて行く。
「……さて。本来は避けたかったあやつとの対面だ。くれぐれも失礼のないように振る舞えよ」
「ご心配なさらずとも大丈夫ですよ。弁えておりますから」
「うむ。ならばいい」
念のためセラへ忠告し、アルシアは玉座の間の入り口に控える近衞兵にエイリーク十三世との
平和な世界となったいま、エイリーク十三世との謁見は難しいことではなくなった。
ましてアルシアが会いに来たとなれば、公務を中断してでも会議の場が持たれるのは常のこと。
だが、
「このくそ忙しいときによくきたな!」
エイリーク十三世は玉座の間に設けられた接待用の十人掛けテーブルを
見るからに
「まるで望まぬ
余裕のない姿を目の当たりにしたアルシアは高笑いを堪えきれない。
「のっけから
女王にしては明らかに口が悪いが、これは世界中に知れ渡っている
側近や大臣のみならず、教育係や近隣諸国を統治する貴族の誰もが
「下品で乱暴な言葉を使うのは好かん。折角の美人が台無しだ。その、
無論、アルシアもエイリーク十三世の口の悪さには少々うんざりしていた。
同じ王の身だからこそ話す機会も多いのだが、とにかくしゃべり方が
できることなら直してやりたいと思ってはいるのだが、
「ハッ!? 将来を誓ったわけでもない貴様の好みなんざ知るかっ!」
口を開けばこの返しである。。
「それでなんの用だ? 記念式典でご高説でも垂れたくなったか?
「人間側の式典など俺の知る所ではないわ。そんなことよりも重大な話をしに来た」
「なるほど退屈なあまり世界を引っ繰り返したくなったか? 我が忙殺されているこの間隙を突いていよいよ国の一つや二つでも滅ぼしてみる気になったか? はははっ! 寝言は寝て言えよ!」
「そんなわけなかろうが……」
忙しさで気がおかしくなっているのか、自分で言ってはけらけらと下品な笑い声を上げるエイリーク十三世に対し、アルシアは憮然とした表情のまま言い放つ。
「勇者については聞き及んでいるだろう。もはや俺の手に
「…………もはやこの世に敵なしの魔王が、事前の連絡もなく飛んでくるほどか?」
「でなければ、こんな時期に謁見などするはずなかろう」
「……ふん」
これまであしらうような軽口を叩いてたエイリーク十三世は判を押す手を止め、顔を上げる。
その表情は、まさに女王の
「部屋を用意する。従者や大臣に聞かれてはまずいだろうからな」
玉座の間には他に誰もいなかったが、念には念を、ということになり、エイリーク十三世はアルシアとセラを玉座の真後ろにある小さな部屋へ招いた。
「さて……こちらも情報はいくつか掴んでいるが、まずはそちらの意見を聞こうか。何度もやりあってるそうじゃないか。勇者の強さはいかほどだ?」
エイリーク十三世が意地の悪い顔でほくそ笑む。
「雑魚すぎて相手にならん」
「我が噂に聞いた限りだと、勇者たちはエイリーク兵を一騎当千してみせるという話だったのだが……そんな奴らを雑魚呼ばわりとは」
「伊達に三百年も魔王をやっているわけではないからな。当然だろうよ」
「やはり化物だな貴様……」
「だが、悲しいかな最後の最後でいつも逃げられる」
せめて一笑に付すことができればよかったが、昨日の今日とあって、悔しさとやるせなさが勝ってしまう。
情けない顔になっていることを自覚しつつも、気持ちはどうにも
「どれだけの勇者を相手にした?」
「この百日ばかしで三十を超える。勇者一行の数で言えば両の手ほどか」
「して、どいつもこいつも瀕死に追いやれるが倒しきれないときたか」
エイリーク十三世の言葉に、アルシアは渋面のまま頷いた。
「連日のように決戦を申し込まれる俺の身にもなってみろ。もはや我慢ならん。
「それはまた
「雑魚相手に
「……これは
つい、余計な口が出てしまったとエイリーク十三世は押し黙った。
普段であれば
「エイリーク十三世よ、これはお前の監督不行き届きではないのか? 人間たちの管理
「そもそも勇者の行方や行動などエイリークの
「だったらこのままのさばらせておくつもりか。俺が過労で倒れたらどうする。それこそ魔族と人間との戦争が
「三百年も生きてる人外が過労でくたばるようなたまかよ……」
「年配を敬えよ、人間風情が……」
「って、
「…………そうだったな。ここで怒り散らしても仕方がないか」
セラに制され、アルシアは咳払いを一つ。
「……とにかく、勇者のことは魔族にとって最優先の案件だ。奴らについて分かっていることがあれば知りたい。ひとまず、今日の用件はそれだけだ」
「たったそれだけのために、遠路はるばるご苦労だな」
「何度も言わせるな。
「…………ふむ」
一年で最も大事な式典の準備期間であることを知ってなお、アルシアが直々に謁見へ来たとなれば、確かに危機的な状況なのだろう。
そして、会話の最中でアルシアの見せた態度。
もはや軽口を叩く余裕もないときた。
そう推察したエイリーク十三世は、ぱちん、と両の手を叩く。
「勇者についてこちらで掴んでいる情報はいくつかある。だが、これは大臣や側近にも打ち明けていない極秘のものだ。ここだけの話にすると約束しろ」
「……それは承諾しかねるな。少なくとも俺の側近であるエルレには今後の勇者討伐のために打ち明ける必要がある」
「まぁ……その程度ならいいだろう。ではまず、勇者たちの出生についてだが――」
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