14.嫉妬

 キャシーは朝から夜まで、クリフォードさんにつきっきりだった。

 邪魔しないよう、丁度いい距離を保って作業を見学。偶に質問したり、逆に話しかけられたり。

 クリフォードさんも、いつもとは何かが違った。ご機嫌がよさそう。

 快活なキャシーが飽きさせること無く会話を繋いでいたからだろうか。

 優しい笑顔を見せてみたり、時折冗談を喋ってみたり。


「少し、触ってみるかい?」


 工具を貸してあげている。組み立て中の製品を触らせている。

 二人、距離が近い。

 酷い。

 私にはあんな笑顔、一度も見せたことなんて無い。



 *



 あからさまに不機嫌だったのだと思う。

 事務室に立ち寄った私に、ジャックは言った。


「眉間にシワ、出来てるよ」


 いつもは何ともないのに、急にイラッときた。


「すみませんねぇ、お洒落もしないで可愛くない顔してて」


 私の口からは、とても普段の私からは想像も出来ないくらい、嫌な言葉が出た。


「ひゃぁ、怖い。ライザ、今日は虫の居所が悪すぎない?」


「悪すぎません。元々こんな感じですから」


 事務室の片隅に置かれた冷蔵庫からドリンクを取って、ゴクゴク飲んだ。どうにかしてさっぱりしないと、とても仕事なんて続けられないくらい、私は興奮していたらしい。


「さっき聞いたんだけど、彼女、しばらく君の家に泊まるんだって? せっかくだし、今日は皆で食事にでも行かない?」


「……なんですか、それ」


「良いじゃないか。納期が迫ってるような仕事もないし、今日は早めに切り上げよう。クリフも賛成してた」


「クリフォードさんが? ……ああ、そうですね。キャシーともすっかり打ち解けてるみたいですしね。いいんじゃないですか? 私は疲れてるので、終わったら帰りますね。キャシーのこと、よろしくお願いします」


 私は飲み終わったドリンクのボトルをまた冷蔵庫に戻して、バシンと音が出るくらいの勢いで扉を閉めた。

 どうしてだろう、イライラが止まらない。

 胸に何かがつっかえて、気持ち悪い。

 ジャックには――、そんな私がとても、変に見えたのだろう。急に顔をしかめて、ドンと壁に手を付き、私の進路を塞いできた。


「ライザ、今日おかしいよ」


 私はジャックを睨み返す。


「そうでしょうか。私はずっとこんな感じです」


「違うね。今日は本当におかしい」


「おかしくありません」


 目を逸らした。

 ダメだ。嘘だって、もうバレてる。


「キャシーが来たからだよね。クリフと仲良くしてるのを見て、君はキャシーに激しく嫉妬してる」


「してません」


「いや、嫉妬してる。間違いない。だって君はクリフに――……」


 そこまで言って、ジャックは腕を下ろし、力を抜いた。

 頭を抱えている。

 何か、思い悩むように。


「――ゴメン。何でもない。とにかく今日は、ライザも一緒に食事会ね。これからレストラン予約するから」


 ジャックは私と、それ以上目を合わせようとしなかった。

 彼の気持ちが最後まで言葉にならなかったことが、たったひとつ、救いだった。



 *



 仕事が終わり、一旦アパートに戻って着替えてからレストランに集合した。

 この町に来てから殆ど着ることのなかった可愛い服に袖を通して、髪の毛を整え、きちんとメイクもした。

 キャシーが色々と耳の直ぐ側で喚くので、思ったよりも少し派手な格好になってしまった。夜だし、少しくらい羽目を外した格好の方が良いのかもという彼女の言葉にすっかり乗せられたのだ。

 髪はアップにして、アクセサリーもきちんと付けて。


「ホラ、可愛い! 似合ってるわぁ!」


 ファッション関係の仕事をしている彼女は、私よりずっとセンスが良い。地味な私に、色々アドバイスしてくれる。

 だからだろうか。

 レストランで待っていたクリフォードさんとジャックは、私たちが来るなり、ヒューと口笛を吹いて向かえてくれた。


「……見違えた。ライザ、君、凄く似合ってる。さっきまで一緒に仕事をしてたなんて思えないほどに」


 最初にそう言ったのは、ジャックだった。


「本当だ。どこの美人さんが来たのかと思ったよ」


 クリフォードさんまで、変なことを言い出す。

 私はちょっと恥ずかしくて、二人から目を逸らした。


「もっとお洒落に興味持ったら良いのに練って、私いつも言ってるんですよ。ね、ライザ! 二人の評判も上々でしょ?」


 ここしばらく履いていなかったヒールがちょっと辛いけれど、そう言われたらなんだか嬉しい。

 昼間のモヤモヤも、少しだけ晴れた気がした。



 *



「そんな小さな頃からライザと?」


「そうなの。昔は本当にちっちゃくって、引っ込み思案で。私、何度も何度もライザを助けたの」


「ちょっと……、そういう話、止めにしない?」


「いいじゃない。減るもんじゃないし。本当にね、真っ直ぐな子なのよ。嘘もつけないし、誰のことも傷つけられない優しい子でね。だから、保険会社なんて大丈夫かしらって。しかも営業だなんて! 多少お口が上手なくらいでないと、ああいうところって務まらないでしょう? こういう、もの作り関係の仕事に就きたかったんじゃないかなって、私はずっと思ってたから、ライザの決断には賛成してるの。本当に、楽しそうで良かった」


 マシンガンのようなキャシーの話はなかなか止まらなかった。

 食事を目の前にしても、その勢いは変わらない。


「え? 二人とも独身? 嘘でしょ……?! 世の中の女性がどれくらい見る目がないのか、よく分かるわ……!」


 コース料理はとても美味しかった。

 前菜も、スープも何もかも。

 前にジャックが誘ってくれたのとはまた別のレストラン。彼は本当に、お店選びのセンスが良い。こんな田舎町にこんなに素敵なところがあったなんてと驚かされるくらい、素敵な場所だった。

 少し昔の、懐かしい雰囲気が漂うジャズが、とても心地よかった。

 柔らかな照明は、料理をほどよく引き立ててくれていたし、給仕も丁寧でうっとりした。

 料理と一緒に出されたワインも、料理をほどよく引き立てていた。

 キャシーが隣で軽快にお喋りしていなかったら、私はもう少し楽しめたのだと思う。

 クリフォードさんは、向かいでリズミカルに喋るキャシーの言葉のひとつひとつをゆっくりと頷きながら聞いていた。ジャックは口元を緩めながら、時折私の表情を確認しながら、美味しそうに肉を頬張っていた。

 クリフォードさんは特に、普段とは全く違う、シャッキリとしたスーツ姿。ジャックは基本スーツだから、いつもとあまり変わらないけれど、それでも仕事着用とは明らかに種類の違うスーツを着てきていた。

 レストランには、沢山のカップルがいた。皆、楽しそうに談笑している。


「もっと機械細工が広まれば良いのにって、私、アトリエに行って、実際展示室も見させていただいて、そう思ったの。あんなに良い物を、ひっそりと作ってるなんて! 町の人にアトリエの場所を聞いても全然ピンと来てくれなくて、私、本当に困ってしまって。そうしたら、ライザも同じことを言ってたのよね。機械細工のこと、町の人は知らないって。そんなの、おかしいと思うわ。きっと、機械細工のことを知ったら、みんな興味を持つはずよ」


 キャシーはいつも雄弁で、自信満々。

 自分に自信のある人は、輝いて見える。眩しいくらいに。


「興味なんて、持つだろうか」


 義手で器用にナイフを操りながら、クリフォードさんが首を傾げる。


「持つわよ。無機物があんなにも美しく見える。それって、とても素晴らしいことだと思うわ。美しいものを嫌う人なんて存在しない。美しいものは、人の心を救うもの」


 前から思ってた。キャシーの言葉には力がある。沈んでいた心を明るくする力。悩みを吹き飛ばす力。


「ねぇ、例えば、カルチャースクールを開いてみるっていうのはどう?」


 唐突なキャシーの言葉が、三人の時間を止めた。

 私たちは一斉に顔を上げ、手を止めて、キャシーに視線を集中させる。


「ほら、木工芸教室とか、陶芸教室とか、あるでしょう? 機械細工教室って、どうかしら。初心者でも大歓迎、年齢制限ありません、小さなお子様は大人の人と一緒にお願いしますね、材料費と少しだけの講習料をいただいて、週に一回、ここそこで開催しますよ~なんて、チラシに書いて撒いてみたら案外需要あるかも知れないわよ。世の中、どこに需要が隠れているか分からないんだし、今までは興味なかった一般の方々だって、カルチャースクールだったら行きやすいと思うの。それでもし、新規に顧客を開拓出来たら面白いと思う。上手く行けば、市場拡大も期待出来るわ」


 多分キャシーは、いつもの調子で何の気なしに喋ったのだと思う。

 だけれど、私たちには、特にジャックの心には、強く響いた。

 ダンッと、ジャックはテーブルに手を付いて、急に立ち上がった。


「それだ……!」


 鼻息を荒くしてキャシーを見下ろして、周囲の客が皆ジャックを見てるのなんて、気付かないくらいに興奮して。


「何かが足りないと思ってた。クリフの作品はとても素晴らしい、ライザの色つけもとても評判が良い。注文は増えた、扱ってくれる店も増えてきた。けど、何かが足りないと思ってた。そうだよ、機械細工に対する世間の興味、理解が足りないんだ。一部の人間だけが楽しんで、知っていればいいなんて、そんなに確かにおかしいよ。いいね……、いいねそのアイディア……! どうして今まで、気付かなかったんだろう」


 ジャックはキャシーの手を引っ張って、一緒に立たせてしまった。そして両手をしっかと握りしめて、キャシーに感謝の意を伝える。


「ありがとう。君が来てくれて本当に良かった。最高だよ、キャシー……!」


 色男に見つめられ、キャシーは目を丸くしていた。まんざらでもなかったのだろう、とても、嬉しそうだった。

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