2期 VS 怪傑少女ビビッド&パステル

2-1 戻って来てくれ、春田!

『ぼけっとしてんじゃないよ、このグズ!』

『すっ、すみません、パステルさん!』

 


 モニタを見ながら、俺は頭を抱えていた。


「はぁ……」


 そこへ女幹部がヒールをコツコツと鳴らしながらやって来る。


「首領、いかがですか」

「いかがも何もないよ。どうしようこれ」

「まぁ我々としては全戦全勝なわけですから、良いのではないかと……思いますけど?」

「……本当にそう思うか?」



『どんな悪事もパシッと解決! 怪傑パステル!』

『どっ、どんな悪事も、びっ、ビビッと解決! かっ、怪傑ビビッド!』


 ――チッ。


 確かにいま、誰かの舌打ちが聞こえた。

 それが『誰の舌打ち』なのかなど、いまこのモニタを見ている俺達にはもうわかりきっている。



『2人!』

『ふっ、ふたっ』


『合わせて!』

『合わっ、あわわわ……!』


『怪傑少女!』

『かっ、怪傑っ、しょっ! しょしょっ、少女!』


『…………』

『…………?』


『…………チッ』

『……えっ? あっ、そっか! び、ビビッド!』

『…………チッ。ア~ンド、パステル!』



「……はぁ~」

「何でこっちがこんなに冷や冷やさせられなきゃなんないんでしょうねぇ」

「もう良いや。何かもういたたまれない。俺、帰る」

「もうそんな時間でしたか。では、私も」


 そう言うと、彼女はくるりとその場で回った。怪人体から人間にな――ったのだが、服装は特に変化していない。あくまでも肌や瞳の色だとか、特徴的な耳の形とか少々長すぎる爪やら鋭利すぎる犬歯を常識的なものに変えただけだ。

 人間の姿になったその女幹部は、身長165cm体重は秘密、バストはEカップ(なぜかここだけはしっかり申告してくれたのだ)の黒髪セミロングの女性である。決して俺の趣味とかではない。決して。


 超大型台風の化身である彼女は先々月からウチの男子校の養護教諭として赴任しており、彼女の城である保健室は連日大盛況らしい。そろそろ入場料をとろうかなと検討中だ。

 一応ウチにも男の幹部はいるのだが、ちょっと女っ気も出しておかないと、本格的にBLの渦に巻き込まれそうなので、俺の権力でゴリ押しした形である。


「しかしこうなってみると『BATTLE SEASON 4』がちょっと恋しくなりますね」

「……認めたくないが、それはあるな。この2人を相手にする方が疲れる。精神的に」



 今度こそ最終回だ、と意気込んで宿敵『BATTLE SEASON 4』と対峙したのが半月ほど前のことだった。

 もういっそ正体明かしても良いかなぁとまで思っていたその時――、


 空に突如出現した大穴に吸い込まれたのである。

 もちろん、俺が、ではない。

 『BATTLE SEASON 4』の面々が、だ。


 いきなり何を言ってるのかって?

 いや、俺もそう思う。


 しかしとにかく奴らは吸い込まれてしまったのだ。


 地下にある図書室の書物で調べてみたところによると、これ自体は特に珍しいことでも何でもなく、稀に良くあることらしい。

 ――何? 『稀』なのに『良くある』とはどういうことかって? いちいち聞くなよ。そんなの俺が知るか。

 確かにこの現象は稀らしいのだが、こういったバトルものには良くある展開らしい。

 ――といっても、俺は初めてだけどな?


 まぁとにかくその書物によると、だ。

 その穴は『異世界』あるいは『過去世界』などに繋がっているらしく、その世界の危機を救えばまたこちらの世界へ戻ってこられるらしい。

 つまり、救えなければ永遠にそちらの世界から戻ってこられないという、まぁこれがアニメなら劇場版だろうなっていう展開なのである。


 そんじゃいまのうちにちゃっちゃと征服するかと腰を上げたところ、アイツらの穴を埋めるべく現れたのが冒頭の2人組、というわけだ。


 仕方ないからアイツらが戻ってくるまでのツナギとして、適当に相手してやるか、と仏心を出したのがまずかったんだよなぁ。


 


「――あ、毒島、良いところに」


 基地のドアは理科室の一番奥にある薬品棚と繋がっている。もちろんダミーの薬品棚だ。

 ちょうどドアを閉めたところで声をかけられ、慌てて本物の薬品棚から適当な瓶を取り出しながら振り返った。


「おう、どうした鮮田せんだ

「毒島ぁ~、ちょっと話聞いてよぉ~」


 どうしてどいつもこいつも俺を頼るんだ。

 とっとと帰れ、と突き放したいところだが、なぜだかそれも出来ない。橋の下で捨てられている子犬にじっと見つめられているかのような何ともいたたまれない気持ちになるのだ。

 ……いや、こいつがもしかして春田に代わる新たなBL刺客なのでは!?


「ねぇ、毒島。君……」


 ぐい、と顔を近付けてくる。

 ほーらおいでなすった。やっぱりそうか。お前か。お前なんだな鮮田。


「理科部だったよね、毒島」

「あぁ、そうだけど」

「あんまり忙しくないでしょ、活動」

「まぁ……部の方はな」


 ただ、プライベートは地球侵略活動で結構忙しいんだけど。


「あのさ、ちょっとお願いしたいんだよ」

「嫌だね」

「そんな即答で! 内容を聞きもせずに!」

「忙しいんだよ、色々と」

「かっ、彼女!? もしかして彼女とかいるの!? たっ、他校に!? あぁ、もしかして、ウチ?! そんな!! やぁっだ! ウチ男子校だよぉ!?」

「――ちょっ、ってぇ! 勝手に盛り上がんな!」


 もぉー、なんて言いながら、バシバシと俺の肩を叩く叩く。

 ちょっと動きがおばさんくさいんだけど、お前そんなキャラだった!?

 ってか、マジ痛いし。


「彼女なんていないって! マジで!」

「じゃ、じゃあ、か、彼……ぷくく……」

「彼氏もいねぇよ! 何なんだよお前!」


 1人でプスプス笑って、鮮田は目尻の涙を拭った。泣くほど笑えるような話だったとは思えない。


「だったら良いじゃん。何も僕だって毎日付き合ってなんて言わないから。だいたい週に2~3回かな?」

「何だよ」

 

 もう正直嫌な予感しかしないんだよ。

 俺もさ、そろそろ学んで来てるわけ。

 一応進学校のこの高校で、頭髪の色が黒以外のヤツって要注意なわけ。

 もう9割9分9厘ヒーロー関係者なわけ。


 そんでこいつの頭、もう真っ青なわけ。コバルトブルーなわけ。

 

 あとは名前に着目するわけ。

 絶対佐藤とか山田じゃないわけ。

 下の名前も何かしら名字と関連してるわけ。

 佐藤大輔とか、山田俊彦とかじゃないわけ。


 こいつのフルネーム、鮮田青葉あおばっていうわけ。

 

 それでもうこのシチュエーションでしょ?

 俺もうこいつが次に何を言い出すか予想出来るもん。どうせアレだろ?


『毒島、ヒーローやらない?』


 だろ?

 そうだろ?


「毒島……」


 来るぞ……来るぞ……。


「毒島ってさ……」


 来るぞ……来るぞ……。


「女装OKなタイプ?」

 

 来るぞ……ん?


「は?」

「だからさ、女装とかイケる?」

「は?」

「毒島結構細身じゃん? 身長も高すぎるってこともないし……。絶対レディース入ると思うんだよねぇ」

「え? え? 鮮田? は?」


 俺の身体をぺたぺたと触りながら、品定めするかのように視線を這わせ「ちょっと待って、これレディースのでもギリSイケるんじゃない?」などとよくわからないことを呟いている。


 畜生!

 こいつ春田より質が悪いぞ!


「ちょっと俺から離れろ鮮田。アンモニア直嗅ぎさせるぞ」

「えー、止めてよ。髪に臭い付いちゃうじゃん」


 何なのその反応。


「とりあえず、俺は女装とかしないから。ていうか何、鮮田そういう趣味あんの?」


 返答によっては理科室ココ出禁な。いや、もう出禁だわ。


「いやー、僕の趣味っていうかぁ……」


 両手の人差し指をもじもじと擦り合わせながら、視線を逸らす。

 何だろう。仕草がいちいち女子っぽい。いや、違うな。『少女漫画の中の女子っぽい』のだ。


 ちらり、と、机の上の鞄に視線を向ける。ゲーセンの景品らしき小さなぬいぐるみのストラップが大量に付いている、何とも騒がしい鞄だ。


 その中の1体、ずんぐりとした鳥頭のキャラクターが、ぴくり、と動いた気がした。


 いや、気のせいじゃないな。何やらぷるぷると小刻みに震えている。しかし、何の鳥だ? フクロウ? いや、そんなこと言ったらフクロウに失礼か。って言ったらどんな鳥でも失礼だわ。首から下、魚だし。めっちゃキモい。可愛くもない。


 もうだいたいわかってる。こいつだろ、今回のニート猫羊ポジションは。


 じーっと睨み、その硝子玉のような目に、ふぅっ、と息を吹きかけてみる。すると――、


「ラ――――――――――ッッ!!!!!」

「太陽神!!!??」


 くちばしをくわっと開き、大音量のアラームのようにけたたましく、その鳥魚が叫び出した。


「あんた一体何してくれるラー!? ラーの宝石のようなおめめが乾いちゃうラーよ!」


 ラーラーうるせぇラー。太陽神に土下座して詫びろ。


「あぁこら、ラー坊」

「ラー坊」


 今度はラー坊かよ。何だよ『ラー』の部分。


「それがさ、聞いてよ毒島」

「断る」

「半月くらい前かな? いきなりこいつが空から降ってきてさぁ」

「断ったはずなんだけど」

「鳥の癖に飛べないんだよ、ラー坊。可愛くない?」

「そりゃボディは魚なんだから当然の結果だろうな。ついでにいえばエラも無いから泳げないってオチだろ? 作ったヤツの設計ミスか悪ふざけの集大成だな。鳥の癖にって言ったけど、これ鳥類に分類して良いのか? こいつどこで生きること想定した生き物なわけ?」


 首から上は空、首から下は海。じゃ、間をとって陸、ってか? 歩けないのにどうやって移動すんの?


「何か不憫で可愛いでしょ?」

「キモい」

「えー? 可愛いじゃん」

「お前、その感性は危険だぞ」


 ああもうこれで完璧だ。

 ピースは揃った。


 頭髪の色、名前、妖精(ていうか、『キメラ』の方がしっくりくるけど)。3拍子揃った。揃ってしまった。


 こいつ――鮮田青葉はヒーローだ。

 もう間違いない。


 ただ1つ問題があるとすれば。

 まぁ、問題自体は1つどころじゃないわけだが。


 もうおわかりだろう。


 いま俺達とやり合っているのは『怪傑』なのだ。

 そしてこいつはなのである。


 まぁこいつが変身して女になろうが知ったこっちゃない話だが。

 そうか、やかなだもんな。

 成る程、こいつは『ビビッド』だ。


 いや、だから俺は『毒島』だからな?

 色の要素なんて――まぁトリカブトのことを附子ぶすって言ったりするし、青痣の色を『附子色』なんて呼んだりも――あれ? 言わない? 方言?


「ああそうそう、話逸れちゃったね。あのさ、毒島にお願いしたいのがさ――」


 とうとうこの時が来たか。

 

 鞄にぶら下がった鳥魚が、真ん丸の目でこちらをじっと見つめている。

 あんまり見るな。今度はその目玉に酸化カルシウム振りかけてやろうか。


「今度、被服ウチの部でショーやるんだけど、モデルやってくれないかな?」

「――は? 部……? え……?」


 え? ヒーローっていうか、ヒロインの勧誘じゃないの?


「やっぱさぁ、男物作るより女物の方が燃えるんだよねぇ。だけどほら、ウチって男子校じゃん? モデル探すの大変なんだよ。だから皆妥協して男物にするか、それともとにかく細いヤツ捕まえてお願いするわけ」

「……で、俺はそのってわけか。まぁ断固として拒否するけどな」

「えぇ~!!!! 何でだよぉ! 僕の服、すっごいんだぞぉ!」

「なおさら嫌だわ!」

「やろうよぉ~。着てよぉ~」

「嫌だ。放せ」

「やろうラー、着るラー」

「お前は入ってくんな、鳥魚野郎!」

「鳥魚じゃないラー! ラーはラー坊だラー!」


 ラーラーうるせぇラー。太陽神に土下座して詫びろ。そして爆ぜろ。


 ていうか、鮮田がヒーロー(ヒロイン?)じゃなかったら、いよいよもってお前の存在理由って何なんだよ。


「……わかったよ。今回は諦める」

「わかってくれたか」


 今回は、というワードが少々気になるが、聞こえなかったことにする。


「そろそろ帰るよ。部の方にも顔出さなきゃだし」

「そうしろ。俺も帰る」


 よいしょ、と勢いを付けて鞄を持ち上げ、紐を肩にかける。鳥頭の身体がふわりと宙に浮き、ぐわんぐわん、と数回跳ねた。その度に「ぐぇ」と聞こえた気もするのだが、もちろん気のせいだ。


「ぐぇ……鮮田、本当に諦めるラー? ラーにはわかるラー。アイツは千年に1人の逸材ラー」

「わかってるよラー坊。だけど、仕方ないだろ。毒島にその気がないんだもん。でも本当にもったいないよ! あの身体のライン、身の丈も正に理想的だし、加えてあの顔立ち! あぁ! すべてがパーフェ」

「いや、そんなに持ち上げても絶対にやらないから」


 ドアに手をかけ、ちらちらとこちらを気にしながら芝居がかった大袈裟な振りで鳥魚と会話をしていた鮮田は、俺がそう言うと――、


「…………チッ」


 ――ん?

 いま何か聞こえたぞ。


「鮮田?」

「うん? なぁに?」

「いや、何でも……」

「そっか。じゃあね、毒島。また明日!」


 小さく手を振り、うふっ、と首を傾げてにこやかに笑い、鮮田は理科室を去っていった。仕草がいちいち女子っぽい。ていうか――、



 お前がパステルそっちの方かよ!!



 俺はその日、変身によって髪の色が濃くなったり淡くなったりするパターンもある、ということを知った。


 戻ってきてくれ、春田!

 お前らの方がなんぼかマシだった!!

 

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