(元)魔法少女は勝利する。

「私ね、結婚して苗字が変わったって言ったわよね。だから当然その子どもも『花園』なんて苗字ではないの。それはわかるわよね?」

「べ、別に、僕達はそれだけで戦士をスカウトしているわけじゃ――」


 モグラ王子の目が泳いでいる。

 嘘をついてる。

 昔から変わらない、その癖も。


「そうね、確かに、あの時のメンバーも神宮寺に五所川原、財前。ちょっと珍しくはあるけれど、名前とそう関連しているわけでもないし。だけどね――」


 ここで私は大きく息を吸った。


「私の苗字は『毒島ぶすじま』よ。どう? 正義の味方の苗字としてはかなり致命的なんじゃないかしら?」

「ぶ……毒島……だと……」

「良いのかしら? フラワー王国のような緑の楽園に『毒』が立ち入っても?」

「そ……それは……」

「名前だって『ひろし』だわ! こんなこともあろうかと思ってね!」

「博!」

「それにねぇ、ウチの子は髪の毛も真っ黒なの! 私のようなすみれ色でもないんだから!」

「なっ……、何だと……! 名前くらいならと思っていたが、髪の毛との合わせ技まで決めて来るとは……!!」


 その場にがくりと崩れ落ちる薄紫色のモグラ。

 それを見下ろす私。

 勝負、アリ。


 積年の恨み、はらしたり!!

 良かった! 一般人(黒髪)と結婚して!

 亮平、愛してる!!


「だから悪いけど、他を当たってちょうだい。私はもう、あなた達と関わる気はないから」


 そう言いながら、その身体を鷲掴みし、こちらに何の断りも無く突如として出現した(しかもここは脱衣所だ!)ゲートの中へとぶん投げる。


ったあぁっ!!」


 そんな声が聞こえたが、無視だ、無視。


 しかも、その瞬間、私は気付いてしまったのだ。


 あのモグラ王子、ちゃっかり左手の薬指に指輪なんかはめてやがる、ということに。


 ヘイヘイヘーイ、それどう見たって結婚指輪だろうが。王族だからってゴルフボールみてぇなサイズの宝石付けやがってよぉ。見せつけてんじゃねぇぞ、このモグラ野郎。お相手もろとも捻り潰してやろうか。あぁん?


 この瞬間、私は決意したのである。

 確かに私はもう魔法少女でも何でもない。

 正直、レスラーとしてもそろそろ体力の限界を感じてる。

 来年、息子が受験生になったら引退して養成所のコーチになるつもりだ。

 もう怪我に怯え、痛み止めを打ってリングに立つこともない。


 頭に包帯を巻いて参観日に参加することも、

 肋骨が折れた状態で運動会の親子競技に参加することもない。

 心穏やかに大切な大切なひとり息子の受験を応援するのだ。


 夜食はカツかしら。敵に勝つ、なんてね。

 それとも、ギブアップで納豆料理?

 ふふふ、母さん、頑張るんだから。

 

 


 だけど。

 だけれども。


 アイツだけは絶対に許さん。

 私の青春を奪っておいて、私の人生をめちゃくちゃにしておいて。それでまた困ったから助けてくれ? まったく、虫が良いにもほどがある。

 フラワー王国にしてもそうだ。

 恩を仇で返すような真似をしくさってからに。よくもまぁぬけぬけとモグラコイツを寄越したな。


「――母さん? どうしたの、そんな怖い顔して」


 きょとんとした表情で息子のひろしが問いかけて来る。いつの間にか後ろにいたらしい。

 すらりとした長身に、その落ち着いた物腰は、14歳という年齢よりもずっと大人に見える。親の私が言うのも何だが、まずますのイケメン眼鏡君に成長していると思う。顔付きも、体型もすべて亮平に似たのだ。性格は――どうだろう。亮平のように底抜けに明るいわけでもないし、私……かしら? 


「何でもないわ」


 無理やり笑顔を作ってそう返す。この子には余計な心配をかけたくない。


「なら良いけど、でも――」

 

 そう言って、何やら不思議そうに私の背後を見つめている。


 しまった、まだゲートは開いたままだった!


 慌てて隠そうとするも、もう遅い。

 彼はゲートの中をじぃっと覗き込み、まだ尻餅をついたままのモグラ王子を一瞥してから私の方を見た。そして、にこりと笑ってこう言うのだ。


「母さん、あれって害獣だよね。ちょっと待ってて、試したいことがあるんだ」と。


 こんなに楽しそうな息子を見るのは久し振りな気がする。だから、


「もし、母さんがどうしても駆除業者に任せたいって言うなら……、別に良いけど」


 なんてちょっと口を尖らせられちゃったら、「駄目よ」なんて言えるわけがない。


「任せるわ、あなたに」


 そう言うと、彼はぱぁっと表情を明るくして、「すぐ戻るから、そのモグラ、見張ってて!」なんて言って駆けていった。


 ああいつのまにこんな頼もしい男の子になったのかしら。


 とりあえず、ゲートの中に上半身だけ突っ込んで、尻を擦っているモグラ王子を捕まえると、逃げないようにバスタオルでぐるぐる巻きにした。


「なっ、何をするんだ、すみれ!」

「私は何もしないわよ。でも――」


「お待たせ、母さん。一瞬で片付けるのも良いけど、こういうのって一匹どうこうしてもきりがないんだよね。やっぱ巣を叩いて根こそぎやっつけないとさ」


「息子が、やるみたい。魔法少女でも何でもない、よ。あなたに手が出せるかしら?」


 そう小声で囁くと、モグラは、ぐぅ、と言葉を詰まらせた。そして、ちらり、と我が息子を見、自分の――いや自分達の運命を悟ったのだろう、その顔を絶望に歪ませた。


 その一方で息子はというと、一体どうやって集めたのか、色んな薬品を両手に抱えて、一際晴れやかな笑顔を浮かべている。


 そうね。

 無理にとは言わないけれど、もしあなたが進んでやってくれると言うのなら。母さん、託すわ、あなたに。

 

 その力を国を守るためではなく、自身とその城を守るためだけに使って眠りについたあのお姫様も、

 自国の危機を、何の関わりもない地球の少女に救ってもらおうとするこのモグラ王子も、

 そんな王族の姿勢に何の疑問も抱かず、いまある平和を謳歌し、やがて訪れるであろう危機に備えようともしない国民達も、

 そして何よりも、突然現れたただ可愛いだけの生物が言うことを鵜呑みにし、魔法少女だなんて非日常感に浮足立っていた私達自身も、

 皆、愚かだ。


 だから、あなたがすべてを壊してほしい。

 いつか、きっと。

 愚かな者達を、すべて。

 


 そんな思いを乗せて見つめると、博はやはり柔らかく、優しく笑うのだ。


「任せてよ、母さん」


 なんて。

 まさか私の声が届いたのかしら。


 ほんと、頼もしい息子だわ。



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