1-3 毒島、聞いてくれるか……
理科室の戸が開き、春田が入って来た。
昼休み、いつものように購買で買ってきたパンを食べようとしていた時だ。パンは残念ながら焼きそばパン。我が愛しのクリームチーズパイのご尊顔は、ここ数日のところ拝めてすらいない。
覇気もなくとぼとぼとやって来た春田は、顔のあちこちに絆創膏を貼っていて何とも痛々しい。
「……どうした、春田」
俺の方から声をかけるのもかなり珍しいと言わざるを得ないだろう。
瞼が少し腫れているのは殴られたのか、それとも泣いたのか、あるいは――、
その両方か。
「一昨日、ちょっとな……」
そのちょっとに該当する出来事を俺は知っている。
これがアニメの世界なら、まぁ最終回の2話前だろうなってくらいのかなり激しい戦いがあったのだ。
春田達――『
いつもなら一般人1人から1体のウェザーモンスターを作り上げるところを、今回はもう大大大サービスの10体。その上、これまで倒して来た幹部達が1体の巨大幹部となって華麗なる復活を遂げた。
これにはさすがの四季の戦士達もかなりの苦戦を強いられたが、新規加入の『バトル・オールシーズン』の捨て身の自爆技によって、何とかそれを退けたと、そういうわけなのだった。
どんなに激しい戦いの後でも次の日にはけろりとした顔をして登校していた四季の戦士達もさすがの今回は深手を負ったとみえて、昨日は全員欠席していたのである。しかしやはり特別な力を持っているだけあって、あれだけのバトルを展開しておきながら、絆創膏だけの処置で登校してくるとは恐れ入る。
「
そう言いながら、ランチトートを机の端に置く。
こいつに「嫌だね。他を当たってくれ」は通用しない。
俺は諦めてパンとジュースを手前に引き寄せ春田のスペースを作る。すると春田は「サンキュ」と呟いて弁当箱を取り出した。
「オールさんのことなんだけど」
「オールさん? あぁ、『バトル・オールシーズン』か。オールさんって呼んでたのか」
「うん、長いからさ。いや、それより」
「おう」
「その、オールさんな。その……ちょっと言い難いんだけど……」
「何だよ」
「オールさん、よりによって……」
「おう。随分もったいつけるなぁ」
「……岸だった」
「マジか。世も末かよ」
俺がそう言うと、春田は「ふぉう」とか曖昧な相槌を打った。
「確かに、確かにさぁ、ここ最近の
「岸がおかしいのはいつもだろ」
「いや、だって髪の色4色になってたじゃん。ピンクと青とオレンジと白ってさ。アイツ、先生の癖に馬鹿だなぁって思ってたけど、あれ、俺らの髪の色だったんだな」
「お、おう」
それで気付かないお前も充分馬鹿だと思うがな。
「HRの時も何か無駄にウェイウェイ言い出したりさ、かと思えば窓の外を見つめてポエム吐いたりさ、まったくしゃべらない日もあったじゃん」
「あったな。さすがにまったくしゃべらない日はHRにならなくて委員長が仕切ったもんな」
「あれもさ、きっと俺らの影響なんだろうな」
「そうなるな」
だとすると、お前の要素はどこに行ったんだろうな。……というのはぐっと飲み込んでおいた。
「俺さ、先生としての岸はさ、マジで死ねば良いってくらいに思ってたし、あんなのが教員免許が取れるなんて、マジで文科省に火ィつけたくなるけどさ」
「止めとけ。ヒーローが放火魔とか、それも世も末だ」
焼きそばパンにかぶりつく。購買のパンは地元のパン屋から卸していて、これがかなり美味い。一番はクリームチーズパイなのだが、この焼きそばパンもなかなかである。
「でもさ、オールさんの時の岸はさ、違うんだよ。俺らの話何でも聞いてくれて、アドバイスもくれるんだ。オールさんにはあの冬木ですら相談を持ち掛けるんだぞ?」
「ほぉ、あの一言もしゃべらない冬木ですらか」
一体何を相談してるんだろうか。
「ミスっても絶対に責めたりなんかしないし、それどころかカバーもしてくれるんだ」
「あの岸が……」
「頼れる兄キだったんだ。俺ら、皆『兄キ』ってのに飢えててさ。俺は妹が1人だし、夏川は弟が2人、秋山は姉2人と妹が1人、冬木に至っては一人っ子だし」
「成る程なぁ」
「でも……、でも、さぁ……っ!」
そこで春田はぐっと声を詰まらせた。
見れば目に涙まで溜めている。
「オールさん、俺達をかばって……うぅっ……!」
「あ、あぁ――……」
そうだ。
そういえばそうだった。
実は、俺はあの戦いを双眼鏡を使って高台から見ていたのだ。
ナチュラル・デザスターの巨大幹部が最後に放った一撃は確実にあいつら――『BATTLE SEASON 4 + 1』を捉えた……はずだった。
その瞬間、視界のすべてが光になった。
あまりのまばゆさに目が眩み、思わず目を瞑ってしまう。あれは――あれは、ナチュラル・デザスター首領アブノーマル・ウェザーの『最期の光』だ。ヤツはあろうことかスパイとして潜り込んだ宿敵をかばったのだ。情が移ったのだろう、馬鹿なヤツだ。
攻撃をモロに喰らい、倒れた『バトル・オールシーズン』ことナチュラル・デザスター首領アブノーマル・ウェザーは、変身を保っていることも出来なくなった。
彼の真の姿(つまり全生徒から嫌われている俺らの副担・岸)が
皆、一様に、
(えっ、お前だったの……?)
みたいな顔をしている。
頼れるリーダー的存在、皆の兄キが校内一の嫌われものだったのだ。これはなかなか厳しいものがある。
いやいや、そうはいっても、目の前で仲間が死んだんだぞ? 本当は敵の親玉だったとしても、だ。
だってお前らはそれを知らないわけだし。
しかしあまりの落胆ぶりというか茫然自失っぷりにさすがのナチュラル・デザスター達も戦意を削がれたようで、まぁ、1匹片付けたし良いか、とばかりに引き上げたのだった。
ちなみに岸の死は隠されている。
現在のところは、ご家族に不幸があって、と濁されている状態だ。そしてそのまま転勤したことにするのだろう。元々催眠術によって滑り込んだのだ、全く支障はない。いずれ皆の記憶からも消えるらしい。
「乗り越えろ、春田」
「毒島……?」
「お前、ヒーローだろ?」
「それは……」
「仲間を失って辛いのもわかる。でも、最後まで戦うのがヒーローってもんだ」
「毒島……」
春田は握り拳で乱暴に涙を拭うと、両手で頬を勢いよく叩いた。ぱちん、という音が理科室にこだまする。
「……やるよ、俺。岸の……いや、オールさんの分まで」
「その意気だ、ヒーロー」
「ハハ、毒島に言われると何か照れるな」
春田はかなり持ち直したようで、ぴんと背筋を伸ばした。そうだ、それでこそヒーローなんだ。それでこそ。
小さな声で「ありがとうな」と言いながらランチトートを持ち、引き戸に手をかける。そして、「あ」と何かを思い出したように振り返った。
「そういえばさ」
「どした?」
「敵なんだけど」
「うん?」
「俺、トップが変わったんじゃないのかなぁって思うんだよね」
「……何でそう思ったんだ?」
「何かさ、動きがヤバかったんだよ。すっげぇ統率とれててさ、全然隙が無いんだ。オールさんがかばってくれなきゃかなりヤバかった」
「多勢に無勢なだけじゃね?」
「それもあるかもだけどさぁ。でも、俺らだって一応全体に攻撃出来るような技もあるし、いつもの戦闘員ならどんなに数がいたってイケるんだけど」
「ほぉ」
確かに十把一絡げの戦闘員はいつも一瞬だったな。まぁ、あいつらは使い捨ての鉄砲玉だから。
「でもさ、それはそいつらが各々の判断で勝手に突っ走るからであってさ。たまにいるんだよ、何して良いかわかんなくてうろうろしてるうちに仲間の足を引っ張って自爆するヤツとか。だから、そういう末端にまで誰がどこをどう攻撃するみたいなのが行き渡ってると、正直かなりヤバい」
「成る程」
「俺ら、軍隊相手にしてるのかと思ったよ。マジ、いままでとは全然違った。まぁトップは変わってないかもだけど、今回指揮をしたのは絶対に違うヤツだ。俺らのことを知り尽くしてるし、かなり頭が良い。だから――」
そこで春田は真っ直ぐに俺を見た。
いつになく真剣な表情にどきりとする。もちろん、ときめいたとかそういう意味ではない。安易なBL展開止めろ。
まぁ、話の流れ的にとうとうバレたってヤツなのだろう。
俺が、俺こそが、今回の指揮を執ったナチュラル・デザスター最高幹部ドクトル・ギフトだということが。
鈍いヤツだと思っていたが、やっと気付いたか。やれやれ。
あとはこいつが怒りに任せて俺の城――この理科室で戦闘を仕掛けてこないことを祈るばかりだ。
さて、こいつの出方次第では真の姿にならねばならないだろう。
俺は学ランの第2ボタンにそっと触れた。
「だから、毒島、お前が頼りだ」
「――は?」
「だからさ、めっちゃ頭良いんだって!」
「――ん? お、おう」
「下っ端もちゃーんと命令聞くんだって! めっちゃ慕われてんだって!」
「ん? うん」
「そんなヤツ、俺らだけで勝てるわけないだろ? ウェイウェイ言ってるだけの馬鹿とポエムってる馬鹿と無口な馬鹿と、あと俺だぞ?」
ズンズン坊主が抜けてるズン。
まぁ、否定はしない。4馬鹿+1だもんな、お前ら。
「うーん、でもなぁ」
俺、お前らの敵だし。
ていうか、首領代理だし。
ていうか、首領亡きいま、俺が首領だし。
「頼りにしてっからな! 軍師!!」
「え? えぇ――……」
こいつ馬鹿だ。
本当に馬鹿だ。
おい、ズンズン坊主。本当にこいつで良かったのか?
俺は、春田の後ろ姿を見送りながら首を傾げる。宿敵だというのに、ここまで馬鹿だとさすがに不安になる。
しかし――、
頭が良くて、下っ端に慕われてる、か……。
「アイツ、わかってるじゃん」
まぁ、もう少しならこの茶番に付き合ってやっても良い。
俺は机の上のゴミを片付けながらニヤリと笑った。
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