1-2 毒島、聞いてくれよ!
「
昼休み、人気のない理科室である。
ココは理科部に所属している俺の聖域――つまり部室だ。
ガヤガヤとうるさい教室ではなく、なぜわざわざ校舎の一番端にあるこの理科室を選んだか。
答えは一つ。
ここは全生徒から嫌われている陰湿ネクラ教諭と俺以外に誰も来ないからだ。
そんな環境で――それもたった一人で食べようとしているわけだから、俺がどれだけこの静けさを、そして、その静寂の中で食すクリームチーズパイを愛しているか、おわかりいただけただろうか。
「嫌だって言っても一方的に話すんだろ、どうせ」
ヤツ――春田は桃色の髪を振り乱しながら鼻息荒くどすどすと足を踏み鳴らし、どさりと乱暴にランチトートを置いた。やっぱりここで食うんだな、畜生。マジで勘弁してくれ。
ここまでしっかりと居座る気でいるヤツに何を言っても無駄だ。俺は早々に諦めることにした。
「ほら、こないださ、俺お前のこと誘ったじゃん?」
「おう。何だ、やっぱり怒られたか?」
「怒られる? 誰に?」
「いや、知らねぇけど」
そういえばこいつらには親玉、というのか、司令官というのか、そういうヤツがいないのだ。それにギリギリ該当しそうなヤツといえばこいつらをスカウトした『ズン坊』とかいう猫なのか羊なのかよくわからん妖精なんだろうが、どうやらそいつは誘うだけ誘っておいてあとは任せたと日がな一日ゴロゴロしているらしい。まったく使えんヤツだ。
「いや、怒られたとかじゃなくてさ。実現したんだよ」
「何が」
「『バトル・オールシーズン』だよ」
「あぁ、俺になれとか言ったヤツな」
そう、こいつは自分が謎の変身ヒーロー『BATTLE SEASON 4』の『バトル・スプリング』と明かした上で、俺にその『バトル・オールシーズン』とやらをやらないかと誘ってきたのである。
こともあろうに、この俺を。
「そう。いや、まじで毒島になってもらえば良かった」
「何だ。まーたあのズンズン坊主がスカウトしたのか」
「そうなんだよ。どっかから連れて来てさ。まぁそれは良いんだけど。俺らとしても戦力が増えるのは有難いし。たださぁ」
「ただ?」
そこで春田は「はぁぁぁあ~」とため息をついた。裏表もなくいつも明るい春田がここまで参るのだ、きっとかなり癖のあるヤツなのだろう。
「そいつさぁ、正体がまったくわからないんだよ」
「正体がわからない?」
「そ。俺らはさ、普段はこうやってフツーの男子高生だろ?」
「頭髪の色にやや問題はあるがな」
何せこいつの頭はピンク色なのだ。
夏川は青だし、秋山はオレンジ、冬木は白である。
良いか、ここは進学校なんだぞ。
どうしてそんな色が許される?
しかもこれが地毛だっつーんだから、もう。ご両親は黒髪じゃねぇか。突然変異にもほどがある!
「そいつ、常に変身してるんだよ。俺らに一切正体明かさねぇでやんの。ずるくねぇ? そんで何か常に上からだしさぁ。もしかしてすっげぇ年上とかだったりすんのかなぁ」
「俺に聞くなよ」
「それに何かいまいち話が合わねぇんだって」
「まぁ仮に年上なんだとしたら、それも致し方なしなんじゃね?」
「他人事だなぁ、毒島」
「実際他人事だからな」
「そんな冷たいこと言うなよぉ」
「そんなこと言われても」
パンを食べ終え、袋を丁寧に折り畳んでから、500mlの乳酸菌飲料をごくりと飲む。
その時、理科室の扉がゆっくりと開き、副担任の岸がひょこりと顔を出した。
元々俺達の副担は、浅野真希という名の若い女の先生だった。なかなか可愛らしい顔をしていて、胸もそこそこデカい。そんな女神みたいな先生が副担とあって、俺達男子学生(ていうか男子しかいないんだけど)は当然のように色めき立った。ぶっちゃけ立ったのはそこだけじゃないヤツもいたが。
しかし、しかし、だ。
幸せはそう長くは続かない。
真希ちゃんは突然学校に来なくなってしまったのだ。
まぁ女に飢えた野獣共が連日卑猥な言葉を浴びせまくれば――などということはない。
デキちゃったのだった。
子どもが。
何ていうか……既婚者だったのだ。
童顔だったからてっきりまだ20代かと思っていたら、ところがどっこい36歳だった。真希ちゃん、元気な赤ちゃんを産んでください。
そんなこんなで彼女の穴を埋めるべく投入されたのがこの岸
彼が教室にやって来た時のブーイングの嵐といったら、思わず校長が乗り込んで来るほどだったし、真希ちゃん時代に築き上げた驚異的なHR出席率はバブルが弾けたのかってくらいに崩壊した。皆、当たり前のようにHRをサボるようになったのである。
「――おぉ、こんなところにいたのか春田」
「岸センセ、何すか」
「あとお前だけだぞ、文化祭アンケート提出してないの」
「やっべ! 出すの忘れてた! すんません! 鞄の中には入ってるんすけど」
「だったらとっとと出せ。放課後までに必ずだぞ」
「ふぁ~い」
とりあえず返事があったことに満足したのか、岸は「よろしい」と言って軽く会釈をし、ぴしゃりとドアを閉めた。
「……うへぇ、キッモ、岸の野郎」
「そんで? その『バトル・オールシーズン』ってどんなヤツなんだ? 俺見たことないんだけど。もうデビューしたのか?」
「それもなんだよなぁ」
「それも?」
「いや、そいつさ。名前の通りですべての四季の力が使えるっていう、スーパーチート野郎なわけよ」
「まぁ名は体を表すっていうしな。妥当なとこだろ」
「そしたら俺らいらねぇじゃん?」
「まぁそうなるわな」
「だったらさ、もっとバンバン前に出て戦えば良いじゃんか。なのにあいつ俺らに指図しかしねぇんだ。地上で。仁王立ちでさ、体育教師かよって。だから戦闘デビューはしてないんだ、厳密には」
「成る程。それなら一般人には見えないか。戦ってないんだもんな。でもお前、『司令官的ポジションでも良いから』って俺をスカウトしたじゃんか。願ったり叶ったりじゃん」
「そうなんだけどさ」
「ないものねだりなんだよ、春田はさ。良いじゃんか、仕切るヤツが欲しかったんだろ?」
「そうだけど……俺はお前にやってほしかったのに……。実は俺、お前のこと……」
「突然のBL展開止めろ」
「ごめん、ちょっとやってみたかっただけ」
そう言って春田は肩を竦めてぺろりと舌を出した。仕草が古い。
「まぁ、そいつが何で変身を解かないのか知らないけどさ、コミュニケーションが大事なんじゃないのか? 春田の方から色々話しかけたりしてさ、打ち解けてみりゃ良いじゃん」
「俺からぁ~?」
「残りのメンバー考えてみろって。夏川はウェイウェイ言ってるだけだし、秋山はポエムってるだけだし、冬木に至っては一言もしゃべらないんだろ? 春田しかいないじゃん」
「やっぱそうなる……?」
「頑張れ。それに、そいつが四季の力ってのを全部使えるスーパーチート野郎ならさ、自分の弱点とかお前らの問題点とか相談したら良いんじゃないのか?」
「相談かぁ」
「本当に年上だとしたら、人生の先輩として戦闘以外のことも色々アドバイスしてくれるかもしれないし」
「成る程……! 成る程な、毒島!」
春田は憑き物が落ちたような晴れやかな顔で俺の手を取り、「ありがとう!」などと言いながらぶんぶんと振った。何なんだ。
「まぁ、頑張れよ。俺は何もしてやれないけど」
「いや、こうやって話聞いてくれるだけで充分だよ。ありがとうな、毒島! 本当に頼りになるよ、お前は!」
「そりゃどうも……」
一人で大騒ぎした春田はどうやら気が済んだようで、爽やかな笑みを浮かべたまま「じゃあな!」と言って去っていった。嵐のような男である。まぁ、春の戦士なわけだから、嵐というよりは、春一番と言うべきかもしれない。
春田が去ったその後、音を立てないよう、ゆっくりと、慎重にドアが開いた。30㎝ほどの隙間から恐る恐る顔を出したのは、先ほどもやって来た副担の岸である。
「……春田は行ったか」
「はい、いましがた」
岸は背中を丸め、一度廊下を見やり、そしてさらに理科室内をぐるりと見つめてから、ささっとその身を滑り込ませるようにして入って来た。
「いやぁ拍子抜けするな」
「ですよね」
「あいつら馬鹿なんじゃね?」
岸――いや、我ら『ナチュラル・デザスター』首領、アブノーマル・ウェザー様はそう言って、俺の前に座った。胸ポケットから個包装のチョコ菓子を取り出し、ゴミをその辺に散らかしながらもぐもぐと咀嚼している。
「お前の言う通り、あの『ズン坊』だかって妙な生き物に接触したら、あっさりとスカウトしてきたんだもんなぁ。『君からは強い四季の力を感じるズン!』とか言ってなぁ」
「そりゃ当たり前ですよね、。
「ほんと馬鹿だよなぁ。まぁついでに
「幹部の癖に身体鈍ってるヤツ結構いましたもんねぇ」
「ドクトル・ギフトよ。とりあえず、俺はしばらくあっちにいるからさ、全権はお前に渡しとくから、適当に怪人量産して、ぼちぼち頑張ってくれ」
「かしこまりました」
俺はヨれた背広姿の首領を見送り、机の上と、床に落ちているゴミを片付ける。次は確か音楽だったはずだ。音楽室はここから割と遠いので早めに行かなくてはならない。
いやしかし、まさかこうも上手くいくとは。
あっさり過ぎて拍子抜けするわ。相変わらずの馬鹿だ、あいつらは。
しかし、それ以上に馬鹿なのは――、
首領だな。
俺に全権を渡すなんて。
俺の聖域を汚すヤツは誰だって排除する。
それが例えボスであっても、だ。
「さぁて、全力で潰しにかかるか」
俺は、こみ上げてくる笑いを必死に噛み殺して、理科室を出た。
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