【まとめ】毒島、ヒーローやろうぜ!

宇部 松清

1期 VS BATTLE SEASON 4

1-1 毒島、ヒーローやろうぜ!

「なぁ毒島ぶすじま、俺とヒーローやろうぜ!」


 昼休み、人気のない理科室である。

 ココは理科部に所属している俺の聖域――つまり部室だ。


 購買で買ってきたパンにかぶりつこうとしたまさにその時、トチ狂ったとしか思えない上記の台詞と共に飛び込んできたのは、クラスメイトの春田だった。


「――は?」


 そんなことより俺、腹減ってるんだけど。


 ウチの購買のクリームチーズパイはかなりの競争率を誇る人気パンである。とはいえ、地元のパン屋が卸しているだけだから、そこに直接行けば簡単に手に入るのだが。それでもそれを学校ココで買うのは至難の技なのだ。

 俺は飢えた野獣どもを掻き分け(ウチは男子校だ)、やや一週間ぶりにやっとの思いでそれを購入したわけで、となると、一刻も早くそれを腹におさめたいと思うのは至極当然のことだと思う。


「なぁ、なぁ!」


 春田はそんなこっちの気も知らず、ずいずいと俺のパーソナルスペースに踏み込んできた。見ればヤツは弁当持参である。こりゃ理科室ココで食う気だな、と俺は肩を落とした。


「なぁ、ココだけの話。俺さ、なんだよ、


 2人しかいない空間にも関わらず、春田は辺りを伺い、背中を丸めて声を落とした。そんないかにも内緒話をします的な雰囲気で何を話し出すかと思えば、全くわからない「俺がアレ」の話と来たもんだ。何だよアレって。


「何だよアレって」


 そう問いかけながらクリームチーズパイにかぶりつく。焼いてから時間が経っているため、少ししんなりしている。店の方で買えばサクサク。購買で買えばしっとり。俺はどちらかといえばこのしっとりした食感が好きなのだ。


「昨日のニュース見てないか? 正義の味方『BATTLE SEASON4バトル・シーズン・フォー』!」


 『BATTLE SEASON 4』とは、半年ほど前に現れた、その名の通り、4つの季節の力を使って悪の組織『ナチュラル・デザスター』と戦う正体不明のヒーロー4人組である。


「あ――……、アレな。最近すげぇ活躍してるよなぁ」

「そうなんだよそうなんだよ」


 春田は満足げな顔でうんうんと頷いている。そして――、


「それが俺な」


 と言った。


「はぁ? 何、アレお前なの?」


 さすがの俺も驚きを隠せない。まさか身近にいまをときめくヒーローがいるなんて。

 予想通りのリアクションだったのだろう、春田はふふふと笑って胸を張った。何かムカつく。


「で、『俺とヒーローやろうぜ』につながるわけか。でもお前らってもう4人いるだろ。『SEASON』なんだから、これ以上はいらないじゃないか」


 だって季節は4つしかないんだから。


「まぁな。でもさ、まぁかれこれ半年やってみてさ、何つーの? 新しい風を吹かせたいっていうかさ。何か中だるみな感じなんだよ、いまの俺ら」

「そんなことあるんだな」

「あるある。それぞれに個性があるのは良いんだけど、それだけじゃ色々困るんだよ」

「へぇ。でもさ……無理だから」

「何で!?」


 クリームチーズパイの最後の一口を平らげ、机の上の食べかすをティッシュで拭く。それを丸めてパイが入っていた袋の中に入れた。


「何でって言われてもさ。俺、髪も黒いし」


 春田の髪を指差しながら言う。ヤツの髪は綺麗な桃色をしている。まぁそれを桜色とするならば、確かにこいつは『BATTLE SEASON4』のメンバー、『バトル・スプリング』だ。この不自然な髪色に、なぜ気付かなかったんだ、俺。ていうかこの学校の風紀はどうなっている。ココは一応進学校じゃなかったか。


「髪……そういえば。サマーの夏川は青だし、オータムの秋山はオレンジ、ウィンターの冬木は白だもんなぁ……」

「だろ?」


 本当にココの風紀はどうなっているのか。

 百歩譲って青とオレンジまでは良い。だが、高校生の髪が真っ白というのはどうなんだ。アルビノか? 冬木ってあいつ髪以外の体毛真っ黒じゃなかったか?


「いやいや、毒島はそのままで良いって。逆に映えるって」

「何だよ、逆にって。それにさ、いまさらっと名前出て来たけど、メンバー全員クラスメイトかよ。びっくりしたわ」

「ビビったべ? わはは」

「いま思い返してみれば学祭にナチュラル・デザスターが現れた時、お前ら揃っていなくなったもんなぁ」

「お前もいなかったじゃん」

「俺はあん時たまたま腹が痛かったんだよ」


 良くもまぁ覚えてるもんだ。さすがは弱きを守るヒーロー様。


「それにさ、まぁ髪は良いとしてもだ。俺、名前『毒島』だぞ? 季節感もない上に『毒』だぞ?」

「まぁ、それは確かになぁ」


 春田桜介おうすけ

 夏川拓海たくみ

 秋山かえで

 冬木真白ましろ


 よくよく考えてみれば怪しすぎる名前である。皆、名字に季節名が入り、名前の方もやはりそれぞれの季節にちなんでいる。このいかにもすぎる不自然な組み合わせに、なぜ気付かなかったんだ、俺。


 ちなみに、それでいうなら俺は名字こそ『毒島』なんてなかなかのインパクトだが、名前は『ひろし』だ。平々凡々この上なし。

 毒の島なんていじめのターゲットになりそうな名字を悲観した母親が「『博』の漢字を使えば、どうにか『博士』キャラで誤魔化せないかしら」とよくわからない気を回して付けてくれたのである。キャラ作りのため、俺は目が悪くもないのに幼少時から伊達眼鏡装着を余儀なくされた。いまはガチの眼鏡君になってしまったが。

 とりあえず幼少時のあだ名は『毒博士』だったので、母親の目論みは半分成功で半分失敗した形だ。


「まぁ、そこは良いんじゃね? 変身しちまえば名前の方で呼ぶこともないわけだし」

「いや、でもさ。それじゃ俺は何になるわけ? バトル何? ポイズン? 結局毒じゃん」

「それな。だからさ、お前には俺達を統率する感じでさ、もういっそ『バトル・オールシーズン』とかにしちゃうわけ」

「嘘だろ。新入りがいきなり仕切り出すとか一番揉めるヤツじゃねぇか」

「頼むよ、俺らんトコ、ちゃんと仕切れるヤツがいねぇんだって」

「そんないまさら」

「俺が最初にズン坊――あぁ、ズン坊っていうのは、俺達にメタモル・ミラーを与えて『BATTLE SEASON4』に変身させた妖精なんだけど。――こいつ」


 そう言ってランチトートの中から桃色の猫のような羊のようなよくわからない生き物を取り出した。


「ズン坊だズン!」


 マジかよ。

 語尾『~ズン』なのかよお前。警戒心0でさらっと登場しやがって。


「こいつに目をつけられて最初に変身したからって、何か俺がリーダーっぽくなってるのが嫌なんだよ」

「それは仕方ないんじゃないのか? 僅かな差でもお前が一番先輩なんだろ?」

「そうは言っても差なんか冬木とでもほんの数週間だぞ? 夏川なんか3日しか変わんねぇし」

「古から、春の戦士が仕切ってたんだズン!」

 

 ズンズンうるせぇズン。


「まぁ、昔は昔、いまはいまなんだからさ、他のヤツが仕切れば良いじゃん。残りの3人の誰かに仕切らせろよ」

「ダーメダメダメ。夏川は頭ん中一年中海開きでウェイウェイ言ってるだけだし、秋山はいっつも物憂げでポエムってるだけだし、冬木に至っては一言もしゃべんねぇから」

「随分とダメな方に個性的なメンバーだな。お前達よくそれで半年やってこれたな」

「うーん、まぁ、変身すりゃあな。何つーの? 見た目もかなり変わるじゃんか。ムキムキのイケメン兄ちゃんになるし、いつもの俺とは違う俺、みたいな」

「スイッチが入るとか、そういうことか」

「そ、そ。なぁ頼むって。せめて司令官的ポジションでも良いから! 変身しなくて良いから!」


 この通り! と春田は顔の前で手を合わせて頭を下げた。

 いやいや、そんなに懇願されても無理だから。

 ほーらそのズンズン坊主も何か冷ややかな目で見てんぞ。


「ズンはどっちでも良いズン!」


 ズンズンうるせぇズン。


「いや、マジで無理。こうやって愚痴を聞いてやるくらいは出来るけどさ。俺、ナチュラル・デザスターと戦うとかマジで無理。考えらんねぇ」

「ちぇー、マジかよ。でも、まぁ、これだけ色々バラしちゃったからな、これからも相談だけは乗ってくれよ。毒島頭良いし、すっげぇ頼りにしてるからさ」

「まぁ、あんまり期待すんな」

「頼むぜ、軍師!」

「はぁ……、え?」

「んじゃ、次の授業で!」


 愚痴を吐いただけでスッキリしたのか、それとも半ば無理矢理押し付けた感じではあるものの『軍師』とやらを得たことによる安堵からか、春田は何やら晴れやかな顔で理科室を出ていった。


 ピシャリと閉まったドアを見つめ、はぁ、とため息をつく。


「ヒーローやろうぜ、かぁ」


 そんな誘い、普通の人間は「良いぜ!」なんて軽々しく受けるだろうか。


 だって、生きるか死ぬかの戦いだぞ?

 自分の身だけ守りゃ良いってもんでもない。仲間がピンチなら助けなきゃなんない。自分が危なくても、瓦礫に人が挟まってりゃ救出しなきゃなんない。


 俺はまっぴらごめんだね。


 その上、背負うのってアレだろ?

 この地球の平和とかそれだけじゃないんだろ?

 あんなへんてこりんな猫羊妖精が絡んでるってことは、そいつの世界の方にも何かしらあるんだろ?

 そこまで背負い込むなんて絶対に嫌だ。


 それに何より――、


「あいつ、俺がナチュラル・デザスターの最高幹部ドクトル・ギフトだって知らねぇんだな、やっぱり」


 まぁ、俺もアイツらが『BATTLE SEASON4』って知らなかったわけだし、おあいこか。


 こんなに近くにいるんなら、案外早く片付けられそうだと思いながら、俺はパンの袋をゴミ箱に捨て、鼻唄混じりに教室へと向かった。


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