1-4 毒島、どう思う?

「なぁ、毒島ぶすじま、どう思う……?」


 いつになく真剣な表情の春田が、購買のクリームチーズパイをんでいる。弁当派のこいつにしては珍しい。購買で買っている友人達が羨ましくなったとのことで、1000円くれ、と母親に直訴したのだという。俺としてはそっちの方が羨ましかったりするのだが。隣の芝生は何とやらってやつなのだろう。


 そしてそんな表情で何を凝視しているのかといえば――、


「俺はさ、これが良いと思うんだ」

「……あっそう」


 理科室の作業台の上に並べられた春田の写真なのだった。

 それは複数枚あり、全て変身後の姿なのだが、それぞれ異なるポーズをとっている。


「ていうかさ、どうしていまのいままで気付かなかったんだ」


 俺が何よりも愛している穏やかなランチタイムに、なぜ野郎の写真を見つめなくちゃならないんだ。一応そう反論したのだが、こいつには正直何を言っても無駄なのだ。戦闘時もだが、こいつは無駄に精神がタフなのである。


「ちょっと思うところがあって。それに何ていうかさ、がむしゃらだったっていうのかな。そんなことやってる心の余裕がなかったんだよ」

「だとしたら心の余裕生まれるの遅すぎないか」


 これアニメだったら次回辺りで最終回だぞ。


「ははは、お恥ずかしい」

「もういっそなしで良いじゃないか決めポーズなんて」

「いるって! 絶対! 恰好良いじゃん!」

「だから、普通は2回目の戦闘前までに決めとくもんなんだよ、そういうのは」

「だって……」

「だって、何だよ」


 春田は口を尖らせて視線を外した。

 俺は知っている。

 こいつのこういうのが一部の女子(他校)に人気があるということを。

 そして、それを本人も自覚している、ということを。


 問題はそれをということだ。いい加減BLに発展させようとするの止めろ。


「こんなこと相談出来るヤツいねぇじゃん」


 至極もっともである。

 昨日まで普通にエロい話とかで盛り上がっていたヤツが急に「変身後の決めポーズ一緒に考えてくれねぇ?」とか言い出したら、そんな高度な性癖に付き合ってられんと距離を置くだろう。


「あのズンズン坊主がいるじゃないか。何のためにいるんだよ」

「ズン坊は戦士のスカウトしかしないから。そういうのは業務外なんだって。もう4人集まったから、基本的に俺の部屋で食っちゃ寝してる」

「そんな居候叩き出せ」


 そもそもこいつは、俺が自分達の宿敵ナチュラル・デザスターの首領(こないだまで『代理』だったが、正式に首領に就任した)だということにまだ気付いていない。だからつまり、これを相談しているのだ。正気の沙汰ではない。


「はぁ……。そんじゃ、もうこれで良いんじゃね?」


 適当に1枚指差す。

 どうせ次でるんだから、こっちとしてはもうどうでも良いし何でも良い。もう何ならこのポーズをとる瞬間に殺ったって良い。


「おぉ! これな! うん、俺もこれが良いかなーって思ってたんだ!」

「良かった良かった。そんじゃそろそろ――」

「じゃ、ちょっとやってみるな!」

「は?」


 春田はいそいそと立ち上がり、机と机の間へと移動した。そして学ランの胸ポケットから携帯用の鏡らしきものを取り出し――、


「メタっ! モールっ!! バトル――」

「ちょっと待て。ちょっと俺の理解が追い付かない。何でここで変身しようとしてんのお前」


 どうやらその何の装飾もない携帯鏡が変身アイテムらしい。それ100均に売ってるヤツじゃないのか? 同じヤツ見たぞ俺。


「何でって……。そっちの方が伝わるかなって」

「いや、全然大丈夫だから。ここでポーズとるのも結構迷惑だけど変身までされたらマジ迷惑」

「ちぇー、毒島、辛辣ゥー」


 仕方ないなぁ、と、春田は鏡を渋々しまった。しかし、ポーズの方は諦めていないようで、足を肩幅に開き、拳をぎゅっと握りしめた。

 そして、それを高く上げ――たまでは良かったのだが。


「ぶっ、毒島!!」

「何だよ」

「ヤバい! 大事なこと忘れてた!」

「どうした?!」

「恰好良い名乗りの方決めてなかった!!」

「そんなことかよ! そっちもいまさらだろ!」

「いっててて……。どうしよう! 何か足つりそう! 一旦止めて良い?」

「一旦も何も直ちに止めろ」


 戦闘中はもっと有り得ない動きしてる癖に何でこんなポーズするだけでつるんだよ。ていうか、そんなんでつるならもうそのポーズ止めろ!


「はー、びっくりした。やっぱ準備運動しないと駄目だな」

「何お前、戦う前にきっちり準備運動してんの?」

「当たり前だろ」

「当たり前なのか」


 こいつ、毎回毎回きっちり身体ほぐしてから来てんのかよ。まぁ良いけど。


「いやさぁ、俺達バーンって登場したらもう名乗る前におりゃー戦闘開始! だろ? 決めポーズもだけど、そういう恰好良い感じの名乗りとかなかったなぁって」

「それも心の余裕が生まれたからか?」

「そうそう」

「だから遅いんだよ、余裕生まれんのが」


 面倒なことになってしまったと、大きなため息をついてから紙パックのジュースを飲む。


「もう良いだろ、適当で」

「適当じゃ駄目だよ。恰好良くビシッと決めたい!」

「だったら自分で考えれば良いだろ」

「無理無理。俺そういうセンス0」

「ズンズン坊主は?」

「業務外だズン!」


 その言葉と共に春田のランチトートから勢いよく無能猫羊ズンズン坊主が飛び出した。ちなみのこのトートの中にはコイツ以外にも春田の決めポーズ写真がぎっしりと入っていた。つまり、すべてゴミだ。


「じゃあもうあれで良いだろ、ほら、四季の歌」

「四季の歌? 何それ?」

「聞いたこともないズンねぇ……」

「何でだよ! 四季はお前達のテーマじゃねぇのかよ!」


 もっと四季を大事にしろよ! 『BATTLE SEASON4』を名乗るなら!


「絶対聞いたことあるって! ほら、春を愛する人がどうとかってやつだよ」

「あぁ! それか! 何だよ知ってるよ!」

「そりゃそうだろ。かなりメジャーなやつだからな」


 JA○RACとか色々うるさいから、あんまりちゃんとは歌えないし、これ以上述べることも憚られるが、まぁその歌だ。

 こいつは春の戦士なわけだから、心清き戦士、とかそういう感じにすれば良いだろう。そう思ったのだが。


「良いじゃん良いじゃん! 俺、それにするよ」

「そうしろそうしろ」


 そんで、お前がぐだぐだ慣れない名乗りとポーズ決めてる時にサクッと息の根を止めてやる。


「じゃ、ちょっとやってみるから!」

「春田、頑張るズン!」


 ズンズンうるせぇズン。


 もうさっさとやって、終われ、と頬杖をつく。

 春田はそんな俺の態度を見ても一向にやる気が削がれないらしく、入念にストレッチをしている。さすがはタフネスハート。こりゃ結構全力でやる気だぞ、こいつ。


「メタっ! モ――」

「だから、変身は止めろ! そのままでやれよ!」

「ちぇー」

「ちぇーズン」


 ズンズン坊主お前もちぇーとか言ってんじゃねぇ! ていうか、それにもズンつけんのかよ!


 しかし春田は折れない。

 この精神のタフさがこいつの最も厄介な部分なのである。

 足を肩幅に開き、拳をぎゅっと握る。そしてその手を高く上げたと同時にパッと開いた。


「Sunshine! 遥かな――」

「止めろ馬鹿! そっちじゃねぇよ!」


 JA○RACが嗅ぎつけて来るだろ!


「違うのか……?」

「こっちじゃないズン……?」


 同じタイミングで首を傾げながらこっち見んな畜生。

 何で90年代のバンドの曲(しかもアルバム曲)を知ってるんだ。俺達産まれてないんだぞ? ていうか、ズンズン坊主、お前いつから地球ココにいる?!


「だーかーら! 『野に咲く花を愛する心清き戦士、バトル・スプリング』とかで良いだろって」


 やはりJA○RACが怖いので多少のアレンジは必要だ。


「おぉー、何か良いなぁ」

「まずまずだズン」


 お前は黙れズン。


 ぱちぱちと手を叩く春田の横で、ズンズン坊主はふてぶてしくも足を組んで寝転んでいる。恐れ多くもこの俺の前で。これがウチの組織だったら容赦なくギロチンだ。


 まぁでもこれでやっと俺達も4人組の戦隊ヒーローと戦ってる感が味わえるというものだ。何せこいつらはチームワークはあるんだが、4人の合わせ技みたいなのもないし、なまじ変身前を知ってるもんだから各々の個性が駄目な方に強すぎてまとまりがないんだよなぁ。


 ……ん?

 待てよ。


「おい、春田」

「何?」

「お前の名乗りとポーズは決まったけど、他の3人はどうするんだ?」

「さぁ?」

「さぁ、じゃないだろ。お前が何かポーズ決めて名乗ってる横であいつら普通に戦うぞ?」


 俺らも襲い掛かるし。

 そこはまぁ黙っておこう。


「そっかぁ。そうかぁ」

「だから、そういうとこなんだよ。お前達基本単独行動すぎるんだよ」

「えへへ」

「えへへ、じゃない! 何で照れた」

「やっぱりズンの目に狂いはなかったズン!」

「褒めてない。ばっちり狂ってる。お前の目ん玉丸めたラップかよ」


 くそ、疲れる。

 こいつらを相手にするとどっと疲れる。


 俺は教卓の中にいつも数枚入っているメモ用紙を拝借すると、怒りに任せてペンを走らせた。


「これ。これで良いだろ」


 そしてそれを春田に押し付ける。何でちょっと顔赤らめてんだよ。むりやりBL方面に移行させようとするの止めろ。


 それに書かれているのは、以下の4人分の名乗りだ。


春→野に咲く花を愛する心清き戦士

夏→熱い思いが岩をも砕く心強き戦士

秋→詩人のように愛を語る心深き戦士

冬→根雪のように大地を眠らす心広き戦士


「ありがとう、毒島!」

「お前なかなかセンスあるズン!」

「お前はしゃべるな。そんでポーズもアレだ。夏川はお前と同じポーズを左右対称で。そんで秋山と冬木はこのポーズを左右対称でやれ。配置は左から冬木、夏川、春田、秋山だ。これなら一応それっぽくなるだろ」

「おぉ……、おぉ! さすが毒島! 頼りになるよ!」

「お前らが軒並みポンコツなだけだろ」


 こちとらぽっと出の幹部や四天王、それから自分の決め台詞やらポージングやらも一手に引き受けてんだ。キャリアが違うんだよ。


「ありがとう、毒島! これで俺ら恰好良く戦えるよ!」

「はいはい頑張れ頑張れ」


 そんでせいぜい恰好良く散ってくれ。


 もう残りわずかになってしまった昼休みをせめて心穏やかに過ごすべく、俺は邪魔者達がさっさと退室してくれるよう、しっしと手を払った。


 春田がドアの取っ手に手を掛けた時、ランチトートに押し込まれていたズンズン坊主が性懲りもなくひょこりと顔を出した。


「これでドクトル・ギフトと並べるズンね!」

「そうだな、ズン坊!」


 ――は? 何だって?


「ちょ、ちょっと待て。何だ、いまの」

「え? 何?」

「いや、ドクトル・ギフト(俺)がどうとかって……」


 確かにこないだ首領交代の挨拶ってことで顔は出したけど。いや、仮面は着けてたけどな?


「いや、こないだ新首領になったとかで出て来たんだけどさ、そん時の台詞とかポーズが超恰好良かったんだよ! 俺もそういうのやる余裕も生まれてきたし、頑張ってみようかと思って!」

「いやぁ、アレはなかなかしびれたズンねぇ。あいつ絶対かなり練習したズンよ」

「だよなだよな。あの手の動きとかあの場で思い付かないもん、絶対。結構長いのに全然噛まなかったし。地獄の深淵が何ちゃら~って、あれ超恰好良い!!」

「あの台詞がまた中二心をくすぐるズン。ズンの中二メーターなんか振り切れてカンカン鳴ってたズンよ。それにあれはボイトレもやってるズン。間違いないズン」

「ボイトレかぁ。俺もやろうかな。付き合ってくれるか、毒島? あれ、毒島? 顔が赤いぞ、熱でもあるのか?」

「い、いや、何でもない……」

「それなら良いけど。次音楽だからな、早く移動しないと」

「そうだな……先行っててくれ……」


 ぴしゃり、とドアが閉まり、理科室内に静寂が戻った。



 そして俺は、その後早退した。


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