21.浮月さんは『忌み雛』だ

 浮月さんにとって僕が必要で、僕にとって浮月さんが必要な理由がここにある。


 被食者と捕食者。共存関係。ギブアンドテイク。


 浮月さんは『忌み雛』だ。


 生まれつき病的なレベルの再生能力を持っていて、今回のように首と胴体が切り離されても最悪どちらかが残っていれば、切り口から足りない分が生えてくる。


 そんな『異常』の形。肉人形。


 もっと悪いことには、下手すると両方の切り口から肉体が生えてきて二個体に分裂する。


 分裂すればもちろん、浮月さんという存在が増える。


 しかし常識に照らし合わせて、そんな簡単に人が増殖しても困るから、どちらかが殺される必要が出てくる。


 当然のように、ではどちらを殺すかという問題になる。


「余分に生まれたほうじゃない?」


 彼女の事情を初めて聞いた際の僕は、とっさのこととは言え、愚かしくもそう尋ねた。


「わからないんですよ」


 と、浮月さんは包帯の下で苦笑いした。


「記憶はどちらのそれにも一貫性があって、小さい塊から生まれた私にも大きい方から生まれた私にも、同じだけの質量がありますから」


 どっちを殺してもたぶん同じなんです。と笑った。


 ともあれ大体の場合は先に起き上がった方が他方を殺して生き残るという取り決めで、事なきを得ていたらしい。


 自分同士で話し合いの末どちらが死ぬべきかと決めるのも馬鹿らしく、じゃんけんであってもその滑稽さにあまり大差はない。決着は情が湧いて出てくるより早く、本質を損なわない程度に合理的な方が望ましいとはお互いにわかっていた。ことは生き死にの痛みを伴う問題でありながら、その本質はコイン投げよりくだらない、とは浮月さんの言葉。


 少なくともコインには裏と表がありますからね、と。


「だから、殺す技術には自信があるんです」


 当時、初対面同然だった彼女は、はにかみ混じりにそう言った。


 もちろん、今回の斬首のような分裂のきっかけとなるほどの切断。つまり浮月さんの身体がきっぱり二分割されるなんてことは滅多に起きないだろうから、自身と殺し合う機会なんてそうないはずだと当時の僕は思ったけれども。これまた机上の愚考であったらしく、事態はもう少しややこしいらしい。


「あまり怪我をしない生活を送っていると、身体の側が過剰に再生しようとして、怪我せずとも勝手に生えてくるんですよ」


 リストカット程度の損傷では追い付かないほどの新陳代謝で、浮月さんは分裂する。


 それは腰骨から。背中から。爪先から。新たな指や膝や鼻や肩が、生えてくる。植物の芽吹きよりも早くゴキゴキと音を立てて急速に生まれ来ようとする新たなる浮月さん。その様は単細胞生物がごとき『分裂』と呼ぶに相応しく、彼女が常日頃から包帯を巻いている理由には、その絞め付けで分化の芽を押さえているなんて面もあるらしい(気休めですけどね、と)。


 だからこそ特に、その頭部から包帯が剥がされることは滅多にない。自身の顔から両指の数を越える量の爪が生えてくる様子は、本人だって二度と目にしたくはないとのこと。


 また一方でいつか紹介した通り、包帯を巻いている理由には傷跡を隠すためという面も含まれる。というより、本来はこっちがメインだ。


 生えてきた肉芽を早めに切り落せば浮月さんは人の形をしていられて、しかしその際の傷口は嫌がらせのように常人より少し早い程度の治りになる。他の傷が即座に埋め合わされるのに対して、余分な骨肉を削ぎ落とした傷跡の黒みは幾日か残り、しかもこれが生える箇所ごとに起こるので、周囲から見れば浮月さんの傷跡が日々移動しているかのようにすら見える。だから彼女は包帯で肌を覆い隠す。


 そこまでしてなお、月一の頻度で、分裂は起こってしまう。切り落とす暇さえ与えない速度で背中から別の身体が生えてきて、もう一人分の体積を有したところで吐き出されるように自然とそれは剥がれ落ち、別の浮月さんとして生まれてくる。


 そうなると事情は先に話したそれと同じで、やはりどちらかがもう片方を殺すという話になる。


 単純に殺そうと首を切っても三人に増えてなおさら面倒なことになるだけなので、その殺し方は必然として徹底的なものにならざるをえない。そして向こうだって同じくらいの殺意でもってこちらを襲ってくる。


 当然その間抜けな絵面に反して、殺し合いは泥沼の様相を呈する。


「ほとんど戦争です」


 ひょっとしたら浮月さんはこの世界で最も多く、人を殺している存在なのかもしれない。考えとしてはシンプルでそう難しいことはない。何せ今ここに生き残っている彼女は幾人もの彼女自身との殺し合いを経て、そのすべてに勝ち残ってきた彼女なのだから。


 最初はポケットにナイフを仕込んでおく程度だったらしい。首を絞めて殺そうにも、酸素の供給が途絶えた脳細胞が死滅した横から即座に新しいものへと置き換わるのだから、相手は激しく苦しむだけでなかなか死ねない。効率化を求めての武器保持だったが、相手の側にしてもどちらが生き残っても同じことと頭ではわかっているのだから、足のふらつき具合で生き死にを決められても不満やるかたなく、取り決めに反してナイフを握ってしまうことくらいある。


 先にスカートを手にした方が勝ちのゲームとなってしまってからは早かったと彼女は言う。隠しナイフを仕込む者に財布を鈍器として使う者。農薬を注射器に仕込む者から、通販でスタンガンを購入する者、斧を携帯する者、近場の非合法組織から銃火器を盗んでくる者。そのすべてが元は一人の浮月さんなのだから、当然何をどこに隠したかくらいお互いにわかっている。


「ある種の陣取り合戦が始まりました」


 家の近所や学校の至る所に人を殺すための道具を隠しておく。その拠点を先に手に入れた方が武器を手にする。


 蠱毒のように。コピーとの殺し合いを勝ち抜くうち、浮月さんには数多くの、ただ漫然と生きているだけでは絶対に身に付かない技能が備わってしまい、それはまさしく世代交代を経た進化をなぞるにも等しい多能化だった。


 なんて話も今となっては笑い話で(要出典)、僕と出会って以降のその分裂は、たまに意味なく四肢を切り落とすことである程度抑えられるようになったらしい。切り落とすだけではその腕や脚から別の浮月さんが再生するから、輪切りにする。小さくすればするほど再生のスピードは落ち、冷凍が効くようになる。それが僕の食卓へと上り、僕に消化されることでようやく再生は止まる。


 僕らの互助関係が成立する以前は再生できなくなる大きさまでちまちまと細切れにしてから焼いていたらしい。


 浮月神社の鎮守の森には数百人分の浮月さんの骨が埋まっているとか。


「手水舎の水を地下水に変えるよう父母には言ってるんですけどね」


 私の出汁が染みてそうじゃないですか、と。

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