第10話

シリアスな雰囲気なったところ悪いが、本当に死ぬようなことにはなってないことはお察ししていただけてるはずだ。なっていたらあんだけカッコつけて宣戦布告したにも関わらず敵前逃亡どころか人生から逃亡したという見るに耐えない結果になってしまい物語が終わる。そんな中途半端な話にはならないので安心してほしい。

ブーツナイフを突きつけられた後、それを見ていた周りの客が停電の時以上に騒然となり通報一歩手前までの事態となったので、ドーナツを食しそそくさと店内から逃げた。その流れで解散となり、その日は終わった。


翌日。

八月三十一日、日曜日。

いくつか確認しなければいけないことがあったので、ハイテンションおばけと再度連絡を取った。昨日はハッキング先を伝えずに誤った場所を停電させてしまったので本来の目的を話し、正しい場所を停電させたいという用件だ。

会話の内容は割愛させてもらうが、とりあえず了承を得てこちらの合図で停電してもらえることになった。それを使い、確認を行うことにした。

「あ、それとホテル内の見取り図を送ってください。配線図なんかも分かるとありがたいです」

『了解ちゃ〜ん。携帯に送れば良いんだよね』

「はい。ありがとうございます」

『膝枕一時間でいいよん』

「…………善処します。では」

通話を切る。

いろいろ助けてもらっている手前、大きなことを言えないのが辛い。

「それにしても、暑いな」

額の汗を拭い燦々と照りつける太陽を睨むと、その視界の中には超高層ビルが存在感を発揮していた。

約一〇〇メートル、階数にして三十階。

複数の商業施設を備えた超大型宿泊施設。

帝王ホテル。

その最上階の美術館を目的として訪れた。

怪盗風にいうなら、下見だ。

怪盗や泥棒も確実に行なっているであろう行為をいざ自分で実際にやるとなると少しばかりの緊張感と背徳感を感じる。

荒城は荒城で準備しなければいけないことがあるようで、今日は別行動。

とはいっても二人で行動を共にすること自体がレアケースで、ちょくちょく連絡は取り合うことはあるものの互いのプライベートに深く入り込むことがなく、以前の盗賊団の件はむしろイレギュラーだった。

だから今回のハナっからの共同戦線は初めての経験で、お互いにどんな行動をとるか未知数のところはある。コンビを組むにはあまりに互いを知らなさすぎた。

怪盗の情報云々の前にパートナーである泥棒のことを知ろうとしなかったことの方が致命的なのではないかと対決二日前に遅すぎる後悔を抱いた。

曰く、真に恐るべきは有能な敵ではなく無能は味方である。

なんて、偉そうなことを言ってるがこの勝負で足手まといになってしまうのはむしろ僕の方だ。なんたって荒城は本職だ。それに望みに望んでいたリターンマッチにかなり燃えていた。たかだか一度、同業者を相手取っただけでプロと同じ土俵に立てるわけもなく。

それは謙虚さの表れでもなんでもなく、ただの純然たる事実だ。プロになるために経験は必要だが、経験だけではプロにはなれない。プロになるために一番必要なもの、最優先項目は覚悟だろう。それも人生を賭けるだけの。盗みは生き様だと言ってのけた荒城にはその覚悟を当然のごとく持っていた。

ーーーーまるで、生まれながらにそうであったかのように。

そんなプロフェッショナル相手にアマチュア以下の素人が口出しすることも許されない。

心配さえも烏滸がましい。

厚意すらも厚かましい。

できることと言ったら精々、自分の役割を果たすことだ。

今一度自分の立場を認識し直し、ホテルへ入る。本来のホテルの在り方を考えれば、宿泊予定のない人間を中に通してしまうのはコンプライアンス的に良くないのだろうがこのホテルは違う。なぜならホテルの利用客の半数は美術館目当てだからだ。ゆえに僕ですらホテル内に侵入することは容易い。

ホテルに入ってすぐのロビーに宿泊者用の受付と来館者用の受付、二人のフロントが立っている。ロビーは前方にフロント、その手前に休憩用のソファやテーブル、そのエリアを囲うようにいくつかの観葉植物が置かれている。右前方に三台のエスカレーター、左方には小洒落たカフェがあり、ホテル利用客で賑わいを見せている。

美術館は当日券のみ有効で事前に予約することができない。VIPやコネによる例外はあるだろうが基本的には来館当日にチケットを購入しその足でそのまま美術館へ行くという運びになっている。

夏休みということもあり、かなりの数の来客を予想していたがいざロビーに入ってみると

意外なことに客数は少なかった。混雑を避けるために午前中のかなり早い時間を選んで訪れたこともあるだろうが、それにしても少ない。今日が夏休み最終日だからだろうか、最終日くらいゆっくり過ごしたいという考えや

宿題の最後の追い込みで外出できないという人は一定数いるだろう。

どちらにせよ、人が少なくてよかった。

フロントカウンターへ向かい早速チケットを購入した。フロントのホスピタリティたっぷりな営業用の笑顔を向けられ、作り物だと理解しつつも不快な気分になる。

作り物だからだろうか。

ま、何でもいいか。

不快な気分になるのもさせるのもいつものことだ。

チケットを購入した足で、そのままエレベーターに乗り込み最上階のボタンを押す。

流石に最上階だけあってショッピングモールなどの商業施設のそれよりも到着するまで時間がかかったが、気になるほどではない。利用客がいる以上途中で止まることはあるだろうが、それでも往復で五分かからない程度の所要時間だろう。

近年のエレベーターの技術の発展は目まぐるしい。移動速度も向上しているらしいし。宇宙エレベーターの完成も近いな。

くだらないことを考えながら搭乗すること数分、最上階に到着した。

ロビーのような人静けさは見られず、そこそこの人だかりができていた。そのせいで遠目からでは目当ての美術品を見ることができない。ポケットからケータイを取り出し通話音を最小に設定して、通話ボタンを押した。本来なら美術館で携帯電話の使用は認められていないがバレなきゃ怒られることはない。幸いなことにこのフロアには監視カメラは二箇所にしか取り付けられていない。

その二箇所も美術品の上で監視カメラも真下の芸術品に見入っているようだ。

「…………お願いします」

ケータイ越しに声はしない。代わりにタンッとキーボードの小気味いい音が返事をした。

僕は目を瞑り、静かにその時を待った。


突如、辺り一面は暗闇と化した。


………………スタート。

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無気力リアリスト hy @hyhyy

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