第9話
「実際問題、相手はあの姉貴だぞ。一筋縄ではいかない」
「分かってるよ。一目見て、一日話しただけであの人の凄さを理解できた。理解させられたからね」
多分そういった『凄さ』を隠すためになんともアンバランスなファッションだったのだろうと勝手な憶測ながらそう思った。
有り体に言えば、オーラ。
あの人と対面すればどんな人でも感じることができるほどのオーラを兼ね備えていた。
人が人なら恐れて逃げ出してしまうだろう。
その思考の矛先を逸らす意味を持つあの尖った服装。つまりはカモフラージュ。
なるほど、怪盗が好みそうなことだ。
「まぁ、まずは姉貴に勝つことよりもちゃんと盗み出せるかを考えねえとな」
「だね。まず盗めることが前提条件だ。そこでようやくスタートラインに立てる」
盗む盗まないはすでに問題外。盗み出すことを前提として、いかに怪盗の隙をつき最速で盗み出せるか。それが勝負の肝だ。
「策は?」
「二つほど。と、その前にあの人のルールを知りたい」
怪盗と泥棒の差。
美学。
自縄自縛。
隙を生み出せるとしたら泥棒の自由さ、あるいは怪盗の不自由さをいかに逆手に取れるかにかかっている。
「姉貴のルール、ね。姉貴は怪盗としてベッタベタだぞ」
「と言うと?」
「まず人は殺さない」
まあ、ベタだな。
怪盗としては古典的なルールだ。
けど、と荒城は付け加えるように言った。
「殺さないってより、死者を出さない」
「それは自分で手を加えなくてもってことかい?」
仕事中に、故意にあるいは不慮の事故で無関係の立場の人間においても例外じゃないってことか。
「まあな。あとは敵を作る」
「敵?」
予告状を出し警察やら探偵やらを守備に回すということだろうか。それなら予告状を出すという、いわば無駄な過程を自ら増やす行為にも正当性が生まれる。
しかし僕の推測に荒城は否定した。
「そーゆーことじゃなくて、自分で敵を作るんだよ」
「何が違うんだ?」
「姉貴は独自の情報網で、敵たり得ると判断した人間に直接出向く」
「………ああ、なるほど。全部繋がった」
「そーゆーこった。で、今回の敵は晴れてお前ってことになった」
ここまでの一連の流れが全て繋がった。
敵を選出するにあたって、相手の立場は気にしないそうだ。探偵を選ぶことがあれば名刑事を選ぶことも、悪名高い盗人をターゲットとすることもあるらしい。ゆえに、盗賊団壊滅に噛んでいる僕に声が掛かったと。
ライバルの存在は推理小説に限らずどこの世界にも必須だからなぁ。
対等かはまた別問題だけど。
僕に接触したことも自分に課したルールの一環だったわけだ。
「僕に声をかけた理由は分かったけど、身近にもっと相応しい人材がいるじゃないか」
平成のアルセーヌ・ルパンと謳われる泥棒(語義が撞着している)なら敵として不足はないはず。
「おりゃ、一回負けてんだよ」
「マジか」
「マジだ」
薄々勘付いてはいたけど、本人の口から聞くと驚きを隠せない。いや、そこまで驚くことでもないか。姉より優れた弟などいないと古来から言われていることで姉に頭が上がらないのが弟の悲しき性だ。姉がいたことはないから知らないけれど。
「ふーん。じゃあ僕は負け犬の足手まといを抱えた状態で挑むわけだ。…………負けたな」
「当り強えな!負けた時は俺がまだ中坊だった時だから今は勝てるかもしれないだろ!」
「向こうも同じ時間を過ごしてるんだから、
差は変わらないだろ。…………根拠でも?」
「あたりめえよ。俺がどんだけ辛酸を嘗めたと思ってるんだ」
それは知らないけど。
「秘策でもあるのかい?」
対怪盗用の秘策があるなら是非もなく利用したいところだ。
「それはない」
ずっこけた。
あの三人組くらいのずっこけだ。
秘策はないのか…………、マジで勝てる気がしない。
「秘策はないが、対策は立ててある」
ほう、それがあるなら少し安心した。
一度勝負しているなら、その敗因から分析することもできる。
情報。
今の僕に最も不足しているもの。
だから、荒城が手伝ってくれるというのは思っている以上のアドバンテージだ。
怪盗さんもまさか自分の弟が敵側とは思わないはず。
「へぇ、じゃあ教えてくれよ。その対策とやらを」
「ああ、いいぜ」
ニヤリと笑った荒城を僕は見逃していた。
店の中ということを全く気にもせず、最速の抜刀でブーツナイフを眼前に突き出した。
さっきの戯れとは意味合いも真剣味も違った。
「死んでくれ」
シリアスな雰囲気なったところ悪いが、本当に死ぬようなことにはなってないことはお察ししていただけてるはずだ。なっていたらあんだけカッコつけて宣戦布告したにも関わらず敵前逃亡どころか人生から逃亡したという見るに耐えない結果になってしまい物語が終わる。そんな中途半端な話にはならないので安心してほしい。
ブーツナイフを突きつけられた後、それを見ていた周りの客が停電の時以上に騒然となり通報一歩手前までの事態となったので、ドーナツを食しそそくさと店内から逃げた。その流れで解散となり、その日は終わった。
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