第8話

長居しすぎるのもアレなので一度メイド喫茶から出て、駅に内接されているミスドで計画を練ることにした。店を出る前に時計を確認したら昼から二、三時間ほど経っていた。

目覚めてからろくに食べていなかったので小腹が空いていたという点を鑑みればいいチョイスだ。

「さて、どうするよ?」

「フレンチクルーラーとオールドファッション、ポンデリングにエンゼルクリーム。それとコーヒー、ブラックで」

「メニューの話じゃねぇよ。仕事だよ、仕事」

ミスドに来たのにドーナツを食べることより優先されることがこの世にあるのか?

戦争が起きても、それこそ核が降ってきたとしてもミスドにいれば僕はドーナツを食す。

「腹が減ってんだよ。起きたら君がいたから

昼飯も食いそびれてるし。………ハーゲンダッツもな」

「あー、俺も飯食ってねえな。ついでにお前の分も買ってきてやる。金は気にすんな。ハーゲンダッツの分だ、奢っちゃる」

「…………なんか企んでんな」

「アホ抜かせ、臨時収入があったんだよ」

借りを作ると後々が怖いが、ここは素直に奢られとこう。その間にやることはやっておこうと思い、荒城が席を立ち列に並んでいるのを確認したあと再度ケータイである人物に連絡した。

「……………あー、もしもし」

『はーーーーい!元気してる〜!?呼ばれて

飛び出てじゃじゃじゃじゃーーん!!!

珍しいねー!ヒールが連絡をよこすなんて!!!スーパーレアだ!!課金対象だ!』

正直、連絡をするのは億劫だった。

なんだってこんな年中無休のハイテンションおばけの相手をしなきゃいけないのか。

けど、現段階で頼れるのはこの人しかいない。

「今、店内なんでトーン下げてください」

『ハーイ、了解ちゃん。で、何の用?いやいや、言わなくていいよ。こっちで当てるから!うーーーん、あ!ピーンときた!

欲しいのは盗賊団の構成員の情報かな?

それとも世界を股にかける『怪盗』の情報?それか帝王ホテルの見取り図?』

「全部惜しいが、それじゃない。それに盗賊団の件は片付いています。…………あの、ハッキングとか出来ますよね」

『モチのロンだよー。で、いつ?今すぐ?

ハーイもうハッキングしちゃいましたー!』

「………まだどこをハッキングするか言ってませんけど」

『私とヒールの間に言葉なんていらない』

名言だけども。

言葉はなくても了承は必要じゃないのか。

「じゃあ、一回停電を起こしてください」

『オールコレクトー!』

電話越しからエンターキーを押した音がした直後、視界が闇に染まり店内は騒然とした。

「…………」

この状況を一瞬で理解した。

あんな名言を言っときながらハッキング先を

間違ってますけど。

「…………あの」

『これでまっくらくらのすけになったよ〜。

この闇に乗じてチカンしほーだい。やったね、ヒール!』

言葉も出ない。

連絡を取るたびに本当はアホなんじゃないかと毎回考えていたけど、今結論が出たな。

やっぱり、アホだ!

『女の子のお尻の感触はどう?やっぱ柔らかい〜?』

通話を切った。

バカには付き合ってられない。

通話が途切れた数分後に照明は再び点灯し、店内のざわつきも落ち着いてきた。

店員によれば、回線の不具合だとかで一時的に照明が落ちたとのことだが実行犯を知っている身からすれば罪悪感を感じる。

が、お詫びとしてドーナツのお代がタダになると聞いた途端罪悪感は消え去った。

バカだアホだと思ってたけど、今だけは感謝する。

グッジョブ!

この際『暗転中に女性にセクハラを働く男』の疑惑を払拭する必要もないかと考えた。

自分の名誉とドーナツを秤にかけてドーナツに負けるという事実は忘れよう。

「遅くなって悪かったな」

大して反省するそぶりを見せずにドーナツを乗せたトレイを片手に、もう片方でドリンクを二つ持つという無駄なバランス能力を発揮しながら足で椅子を引き着席した。

「いや、停電があったらしょうがないさ。

それにあの停電も事故だろうしね」

「ま、そうだな。おかげでドーナツもタダになったし。ラッキー」

「じゃ、ハーゲンダッツの借りはまた別の時に返してもらおうかな」

「………はぁ〜、分かった分かった仕事手伝ってやるから」

「交渉成立」

握手代わりにグラスを打ち鳴らした。

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