第7話
それから先のことはよく覚えていない。
思考しないという無様な現実逃避の方法をとったのか、ただ単純に言葉を認識できなかったのか。
とにかく、本題に入る前にギブアップしてしまうという醜態を晒した僕からすれば今すぐにでもこの場から立ち去りたかったが目の前の自称泥棒に足を踏まれていたので立つことはできても去ることができない。
「逃げんなよ」
「逃げる?現実から逃げ続けている僕に対していまさらだな」
「そーゆーの、今はいい」
「そうかい」
可及的速やかに帰宅したいのに、茶化してしまうのは悪癖だな。厄介なことにその悪癖は治りそうもない。
「帝王ホテル」
「ん?」
いきなり何言い出したかと思えば周辺地域で唯一他県民に誇れる有名なホテルの名前だった。
「帝王ホテルだよ。知ってるだろ」
「まぁ………知ってるけど。それが?」
「今回の仕事場所だ」
「そこで盗むのかよ」
「三日後だとさ」
「三日後⁉︎」
「姉貴の何が凄いかって盗みまでの準備期間の短さだからな。向こうには警備強化の時間を与えずに自分は万全を期すってんだからズルイよなぁ」
なるほど。簡単に言えば奇襲をかけるってことなんだろうけど、奇襲は敵側が知らないことがまず絶対条件になる戦法だ。予告状を出す怪盗にはそれは当てはまらない。言うは易し行うは難しってことか。
「何を盗むんだい?それを知りたい」
「アホか、帝王ホテルって言ったらアレしかないだろ」
「だよね、確認しただけ」
帝王ホテルは宿泊施設、劇場、美術館の三つの施設が併設されている。施設の充実ぶりもさることながらそのホテルで最も有名なものは美術品である、全能神が愛した武器ケラウノス。雷光を意味し、オリュンポス十二神の中でも最強を誇った武器。
制作者は今もなお不明だが、その彫刻を期間限定で展示したところ過去最大の来客数に達しその名が日本国中に広まった。それ以来ホテルの最上階に常時展示されるようになった。ただ美術館と言っても展示されているのはその一点のみ。
その一点だけで十分だということだ。
その分、たかが一点の美術品には大袈裟だと言わざるを得ないほどの技術と人員を警備に割いている。最先端のセンサーだか、ホテル直属の警備員だとか何重にも掛かった電子ロックだとか、とにかく厳重に保管されている。
「で、僕たちは何すればいい」
「僕…………たち?」
「たち」
「……………はぁ、しゃあないな」
思ってたより簡単に折れてくれた。というよりこちらは一切動いていないが勝手に折れた。
「で、どうする?」
「どうするとは?」
「どの立場に着くかだよ」
警察か探偵か同業者か。
まず警察は選択肢から外すとして、探偵か同業者。受けに回るか、攻め合うか。
「俺は泥棒だぞ?」
ああ、そうだよな。
なら答えは一つだ。
ポケットにしまっていたケータイを取り出し、昨日登録した番号へかけた。
「…………もしもし」
『はい………ああ、あなたですか。電話をかけたということは弟から話は聞きましたか?』
「ええ、おかげさまで」
『それは良かったです。………それで、いいお返事を聞かせてくれますよね?』
一呼吸置いて、挑みかかるように。
「上等だ、叩き潰してやるよ」
正面からのかっこつけすぎだ、という声は聞こえないふりをした。
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