第6話
「はぁ〜、そんなことがあったのね」
回想終わり。
舞台は再びメイド喫茶に………って場所は変わらないか。
目の前には怪盗ではなく泥棒が座っている。
「で、情報操作の件に関して説教しなきゃいけないんだけど?」
「あー、アレな。お前なら自分で勝手にやると思ってだな。逆にやってなかったのか?」
さも当然のように、太陽は東から昇ることと同じレベルで考えているバカになんて言ったらいいか言葉が見つからない。
ここまで開き直られたら強いよなあ。
「はぁ、まぁ、もういいや。それよか君の姉貴もとい自称怪盗さんからの話を聞かせてくれよ、伝言係くん?」
「根に持ちすぎだろ、ちょっと個人情報が漏れただけで。つーか俺から言わせればそんなことは初歩の初歩なんだよ、情報漏洩を防ぐことは。この世界で生きるためにはマストスキルだ。そりゃあスキルである以上、熟練度は個人差あるけど今回は人目が少なかったからこそだな。元々そーゆーとこを選んでたっつーのもあるけど」
確信犯かよ。
普段は頭悪そうなことしてるくせに、仕事となるとスイッチが切り替わったかのように変わる。そこはプロフェッショナルってことか。
「パンピーに情報操作なんて出来るわけないだろ。君たちと一緒にしないでくれ。こちとら平穏な生活を送ることに必死なんだ。余計なスキルなんて覚える暇がない。日陰者の君と一緒にされるなんて心外だ」
「ハッ、お前は日向なんて歩いてるわけないだろうよ。日向歩いてりゃ日陰者にぶつかるわけがねえんだから」
「それもそっか」
そう言いカプチーノを飲もうとしたが、空になっていることに気づいた。
「おかわりするけど、君は?」
「ああ、俺も飲む」
「了解」
近くにいたメイドさんを呼び、お代わりを注文した。早く帰ってくれないかな、みたいな
顔してたのは気のせいかな。
「で、姉貴の伝言だが、場所と日時が決まったってさ」
「は?なんの?」
「次の仕事だけど」
「僕は引き受けるなんて一言も言ってないけど」
「え?」
そう、あの回想にはまだ続きがあった。
あの後依頼の趣旨は聞いたものの、いまいち乗り気にならず、一時保留という形でその日は落ち着いた。向こうもそこまで頑なではなく、むしろ話を聞いてもらっただけでもめっけもん、みたいな感じで解散したので最初から引き受けてくれるとは思ってなかった節もあった。
面倒なことは基本スルー、厄介ごともマドルスルーを座右の銘としている僕からすれば回避できるならばそれはもうそれ以上のことはないわけで。
で、今日の夜にでも電話で断りでも入れようと思った矢先に自宅に使い魔によって不法侵入されていたという経緯らしい。
つまり、先回りされていた。
断られる前に用件を伝えることで引き受けざるを得ない状況を作り出したということか。
「ま、どっちにしろ変わんないか」
「そうかい。そりゃ良かった」
こうなったら、無理矢理にでも目の前の泥棒風情を巻き込む算段を考えないとな。
「それで、場所と日時は?」
「ああ、ちょっと待ってくれ。ええっと……どの紙だ?」
そう言い、ポケットからゴソゴソと何枚もの紙を取り出しテーブルへ撒き散らした。
その内の一枚を見ると、国内でも有名な美術館の見取り図が印刷されていた。
…………おい。この美術館、先月数億円もの価値がある絵画が盗まれたってニュースでやってたな。現場にほとんど痕跡を残さず盗んでいった、その手際の良さから一時は平成のアルセーヌ・ルパンだとか巷で騒がれていた。
「…………なあ、平成のアルセーヌ・ルパン」
「あんだよ?」
マジかよ、こいつがやったのか。
僕はひょっとしてとんでもない奴とつるんでいるのではないか?
サインでも貰っておこうかな。
「君って怪盗じゃなくて泥棒なのか?」
「ああ、そうだよ」
『怪盗』と『泥棒』か。
そこにはどれだけの差異があるだろうか。
主観で言えば、怪盗の方が高貴さがあり泥棒はやや不誠実さがある。
どちらも物品を盗むという点で変わりはないが、その差は今まで積み重ねてきた歴史の差と言ってしまっていい。
つまりは先入観。
観客を、あるいは読者をどう魅了してきたかの差。犯罪者相手に観客というのも座りが悪いが。
けれど、それは自称する本人が最も理解している部分でもあるだろう。
同じ行為であれど、名乗るなら『怪盗』の方が締まりがいいと大多数は考える。
そこを、あえて『泥棒』と自称するのは本人なりに哲学や思想、美学があるのか。
「泥棒に美学?ハッ、笑わせるぜ。
俺はその美学ってのがないから『泥棒』を名乗ってるんだよ」
「つまり、怪盗と泥棒の差は美学ってことか?」
「俺はな、そう思ってる。怪盗は自分で自分のルールがあるんだよ。自縄自縛つーのか。 犯行前に予告状を出すとか不殺の誓いとか、まぁ言うなれば一種のエンターテイメントだな。本人にとってみれば劇団のピエロの気分かもしんねーな。
だから、ピンチを演出することもあれば時にはわざとミスって警察の引き立て役になることもあるわけだ。敵が雑魚だと自分は映えねえからな。立場が対等であることで初めてエンターテイメントはエンターテイメントたりえる。そのためには自ら進んで姿を現わすことだってあるだろうよ。
けど、俺にはそれが理解できない。
盗むべき対象があれば盗むし、殺さなきゃいけない対象がいたら殺す。誰にも気付かれずに、誰にも悟らせずに、誰にも関知されずに。劇で言うなら俺は
それこそ主役と引き立て役どころの話じゃない。エンドロールに名前すら乗らない。
それが『怪盗』と『泥棒』の違いだ」
「美学の有無っていう意見には概ね同意だけど、自分のルールを決めてないわけじゃないだろ?手段にしたって道具にしたって。
たとえば、手段を選ばないならわざわざ隠密活動しなくてもその場の人間全員殺して正面から堂々と盗めばいいわけだし」
極論もいいところだが自分で自分を縛らないということは、その極論を実現できてしまうわけだ。意識的にしろ無意識的にしろ、その行為に及ばないということは自分で自分を縛っていると同義であり先程の美学とは相反する。
「それは極論だ、究極論だ。美学と倫理はまた別問題だろ。それに、わざわざ手間がかかる方法を選ぶか?そんなわけない」
「じゃあ君は手間がかからない方法で盗むってことになるけど、最速を目指すってことはそれは美学じゃないのかい?」
「二者択一で選んだものを美学とは言わねえだろ。誰だって楽な方を選ぶに決まってる」
ま、そりゃそうだ。
自らの意思決定で茨の道を選ぶのは、それこそ美学と呼ばれるそれだろう。
「じゃあ、プライドはあるのか?」
「あるよ」
ない、と言うのかと思っていただけに意外だった。
「あれだな、美学を持たないってのがプライドだな」
「悩みがないのが悩み、みたいな話か」
「………そんなのと一緒にされると内心忸怩たる思いだが、簡単に言やぁそうだな。
けどさ、俺にとって泥棒ってのは生き様なんだよ。テメェの人生をプライドを持たずに生きてる奴がいるのかって話だ」
「僕は持ってないよ。プライドなんて墓場に置いてきたさ」
「だろうよ、だからこそ今のお前なんだろ。
で、なんで墓場?」
「弟が死んだんだよ。そん時、骨と一緒に置いてきた」
「………ふーん」
「なんだ、意外と軽いね」
「ああ?同情でもしてほしいのか?」
「いや、別に」
その一言を皮切りにしばらく沈黙が続いた。
自分の身の上話を他人に打ち明けたのは荒城が初めてだった。
自身の姉の話をされたからか、荒城のパーソナリティゆえか。
どちらかは判然としない。
水を打ったような静けさで騒がしい店内の中でここだけは空間から切り離されていた。
数時間かあるいは数刹那の時間が経ち、この沈黙を破ったのは荒城だった。
「………本題、入っていいか?」
いつもの慇懃無礼さは鳴りを潜め、今はやや遠慮気味だった。
なんだよ、らしくもない。
「別に気にすることはないよ。ただ死んだだけだ。それ以上でも以下でもない」
いつの間にか冷めていたカプチーノを飲み、平静をアピールした。
「ああ、そっか」
そのアピールが功を奏したのか、何かを思いついたような声色を出した。
「俺、勘違いしてたわ」
「何か、思い出したのかい?」
「いやいや、認識の誤りを訂正できたんだよ」
今、この場面で何か訂正できることがあったのか。
「おりゃあ、お前のこと冷たい人間だと思ってたけどよ、間違いだったわ」
僕の人格を評して、冷たい、か。実に端的に言い表していると思う。正誤はともかく。
けれど、荒城の言葉はこましゃくれた小賢しい
「お前には、温度がないんだよ」
思考が止まった。
今まで出会ってきた人間に様々な評価をされてきたが、この表され方は初めてだった。
十人中、八人には『冷たい』「冷酷』『ろくでなし』等の評価をされ、残り二人は評価さえされなかった。
評価されない、という評価が一番的を射ていると思っていたが今それを訂正しなくてはいけない。
視界が、揺れる。
冷静になれ、落ち着くんだ。
いつも通りのニヒルな皮肉屋になりきれ。
飄々と受け流せ、真に受けるな、取り合うな、やり過ごせ、気にかけるな、煙に巻け。
「はは、冷たいことを言うね」
「だから、その冷たさを感じてないんだよ」
いつもより強めの語調に怯んでしまう。
「言うなれば真空状態だな。お前が真空だから、お前の周りの人間は変調を起こす。
自然は真空を嫌うってやつだ。それに真空中だと物体の性質とか気体の流れが変わっちまうだろ?そーゆーことだ」
「…………」
それに、とさらに畳み掛けるように。
「真空じゃ、誰の声も届かないだろ?」
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