第5話
ポニーテールに丸ぶち眼鏡、キャップを逆さに被り快活な印象を与えるがそれもヨレヨレのレインコートがなければ、の話だ。
バランスを取るかのごとく、ある意味釣り合ったファッションセンスだった。アンバランスに安定しているとでもいうのか、そのアンバランスさもファッションだと言われてしまえば異論を挟む余地もないわけだが。
個人的には芸術的にさえ思えるが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
どっちにせよ、メイド喫茶に居て馴染む人物ではないことは確かだった。
お互いに。
「で、話とは?」
「ええ」
上品な所作で口にしたカプチーノをソーサーに置きながら。
「あなたは以前とある盗賊団を壊滅させましたよね」
その口ぶりからは咎めるというより単純に質問の意味合いが強かった。
「なんのことですか?」
だがその質問の答えとして平然のようにとぼける。
敢えて釈明させてもらえば、好きで巻き添えを食ってるわけではないということだ。
たとえば、先の盗賊団の件にしたってアイツが壊滅させる現場に偶然居合わせて不名誉なことに仲間だと思われ狙われたために自衛として渋々壊滅させたに過ぎない。
アイツがあの時、余計なことを言わなければ………………。
このエピソードは後々番外編で語るとして。
ここで動揺を見せれば事実が露見するのは確実だ。ここまで勘付かれていたら今更手遅れな気もするがあっさり認めるのも癪だ。けれど必ずしも隠し通したい事実ではないが、弱みの一つにでもされてしまうのは避けたい。特に、こんな訳の分からない人種に情報を掴まれていたらぞっとするほどぞっとしない。
「私の職業柄、その手の情報は私の元へ早い段階で入ってくるのです」
どんな職業に就いてればそんな情報が入ってくるんだ。甚だ疑問だ。
「職業柄、ですか。失礼でなければお聞きしても?」
カプチーノを飲みながら問うた。
「本業は『怪盗』です」
あっさりと口にした答えに思わずカプチーノを吹いた。
か、怪盗?それはそもそも職業なのか?どこの世界に行っても履歴書に『怪盗』なんて経歴を書けるわけない。仮に分類するとして業種としては自営業になるのか?いや、どちらかと言えば自由業、フリーランスか。もし組織に属していたらそれはもう自由業とも自営業とも呼べなくないか?
それ以前にそもそも犯罪者じゃないか。
仕事もへったくれもない。つくべきは仕事じゃなくてお縄だ。
けれど、『怪盗』と聞けば納得できないでもない。盗賊と怪盗なんて同業者のようなものだし、ならすぐにその手の情報を把握できても不思議ではない。不自然ではない。
その前に本業はと言ったか?
なら副業があるということか。ならそっちはまともな職業なのか?
表と裏の顔。本業が表とは限らない、か。
本来裏である副業がこの人の場合は表の顔かもしれない。
ミステリーでもよくあるパターンか。
表の顔は喫茶店の店主、裏の顔は怪盗みたいな。刑事兼怪盗というパターンもよくある。
よくありすぎて今となってはなんのひねりもなくなった感が否めないが。
だが今更どんな職業を言われたところで、『怪盗』以上の驚きを味わうことはないとある種余裕の心持ちでいた。
「その口ぶりから察するに、副業もしている
ということですか?」
「ええ、まぁ。副業の方は内緒ですけどね」
残念。教えてはくれなかった。
そう易々と個人情報は教えてくれないか。
なら本業であるところの『怪盗』という肩書きを教えたということはこれからの話に関わるということか。
…………イヤな顔がちらついた。
『泥棒』と『怪盗』
似て非なるものではあるものの、根幹にあるものは盗みだ。故にどこかでこの人に対して親近感を覚えたのかもしれない。
「で、話ってのはなんですか?まさか、世間話をするためだけに探してたわけではないでしょう?」
「そうですね。では依頼?要請?お願い?どれが相応しいのか分かりかねますが……、
とりあえず相談、ですね」
「はあ………」
話が見えない。
僕ほど相談相手に向かない人材もいないだろう。曖昧が服を着て歩いていると言われている僕に解決策を見つけ提示することができないわけで。
「僕じゃ相談事には力になれませんよ」
端的に拒絶した。
「いえいえ、誰もあなただけとは言ってません」
「…………」
「あの件についてどうも不自然な点があります。私が掴んだ情報ではあなた一人のみの痕跡しか辿れませんでしたがあの盗賊団、私たちの界隈ではそこそこ名を馳せてたのですよ。それが一晩にして、たった一人の少年に壊滅させられるとは思いにくいのです。
むろん、あなたが単体で壊滅させられるほどの力を隠しているのでしたらまた話は別ですけれど可能性としては、協力者がいたという線の方が濃厚だと考えました。
しかし情報が完璧に操作されていたので、
そちらの足取りは掴めていませんが………。
ただ情報操作が完璧に行き届いているとしたらそれはやはり相当の手練れであることの確固たる証拠となります。
もしそちらの方、あるいは方々の情報を知っているのならば是非教えていただきたい」
……………へぇ。
自称怪盗さんの話を聞いても不自然な点は今のところない。
ただ一つ気にかかる点としては、情報を得ることへの動機だ。それが分からない以上、こちらから情報を提供するのは悪手か。
「お断りします」
「なぜ?………と訊くのも野暮ですね。けれど、ある意味安心しました」
「……………」
「こちらの都合だけ聞いて情報を提供する人を信用できませんからね」
虚偽の情報かもしれませんし、と。
こちらの考えは読めてるってか。
食えない人だ。
じゃあ、何をすればいいんだ。
「それはこちらのセリフですよ」
「読心術ですか。怪盗はそんなことも出来るんですか。僕が知ってる自称泥棒はそんな技術持ってなさそうでしたけど」
アイツは顔に出やすいからな。そこが泥棒と怪盗の違いか。
「自称泥棒?」
「ああ、こっちの話です」
「はあ、そうですか」
微妙な表情で相槌を打たれた。
「それで、どうすれば教えていただけるのですか?」
「そうですね。………仮に、仮にですよ。
あなたの言う通り、とある盗賊団の壊滅の件に関して協力者と共に僕が一枚噛んでいて。それをあなたに教えるメリットがこちらに一切ない。それについてどうお考えですか?」
質問に質問を返すようで悪いが、それを訊かなくては話が進まない。
自称怪盗さんの推察は今のところ正しい。
だが、その答え合わせにこちらが付き合うメリットがこちらにはない。アイツ一人だけ完璧に情報操作していた件に関しては後でお説教をしなければいけないが、それに腹を立ててアイツの情報を提供するほど狭量でもない。
…………あれ?それで仕返しができるんじゃないのか?
今までの経験則で考えるとここまで関わってしまえばこの話がどう転ぼうが僕一人が巻き添えを食らうことはほぼ確定している。ならここでアイツの情報を流せば道連れにできるのでは?そうなれば今まで巻き添えを食らってきた分の一割くらいは返せるかもしれない。
わずかな希望にかけてこの自称怪盗さんにうまく詭弁を弄してこの件を回避するか、ここで全て話して二人で仲良く仲良く超仲良く、話にのるか。
さて、どうするか…………。
「分かりました。では相談の趣旨をお話しします」
「………ここで大丈夫ですか?」
メイド喫茶で話す内容でもないことは容易に想像できた。
「お気遣い感謝しますが、構いませんよ。
誰もここで犯罪計画について話すとは思いませんからね。カモフラージュには良い場所ですよ、ここは」
確かに、メイド喫茶で犯罪の計画を練っているなど周りの客は微塵も思わないだろうが、
あなたの服のセンスのおかげで周囲から悪目立ちしてますよ?
「まあ、あなたの判断にお任せしますけど。
けれど、犯罪の片棒を担ぐことになるなら僕は今すぐこの話から降りさせてもらう」
「そう、短気的にならないでください。私は
一言も共犯者になれ、なんて言ってません。
むしろ逆です」
「逆?」
「ええ、私の敵になっていただきたい」
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