第3話
何もない家で話すのも味気ないと思い駅前まで出かけお茶することに。と言っても僕はこの泥棒風情と膝を突き合わせて話すこともないけれど、向こうがあるというなら付き合ってやらないほど狭量でもない。
「差し当たって、昨日の店で話すのはいいけ
ど金は持ってるのか?」
「おー、伊達に盗っ人やってねぇよ。茶の一
杯くらい困らねえ。ってそれよりも、だ。
その『おねーさん』とやらの話を詳しく」
そう言い荒城はぶらぶらと歩きながら手を頭
に組む。
「うん。昨日、本を買おうと思い立ってわざ
わざ駅前まで出向いたんだけど」
「ふんふん」
「んで、駅前を歩いてたら真夏にヨレヨレの
レインコートを着ている変人を見つけたか
ら………」
「声をかけた?」
いや、と首を振り否定する。
「最初は無視したよ。関わると碌なことに
ならないと思ったからね」
その勘は当たったようだけど、と。
「真夏にレインコート、か。ますます姉貴
だな。しかもそのレインコート、雨の日には
着ないんだぞ。刑事コロンボか、つーの」
アシンメトリーのパーカーを着た奴のセリフ
ではない。
「姉弟揃って随分なファッションセンスだよ
ね。オシャレ番長でも目指すのかい?」
「けど流れが読めねぇな。あの姉貴が他人に
声をかけるとも思えねえし。だとしたらお前
が声をかけるしかないんだが?」
「まあそんな急くなって。結論から言えば向
こうから声がかかったよ。と言うよりも巻き
込まれたと表現した方が正しいかな」
「まどろっこしい話し方だな」
「生憎と性分でね。………なぜお茶したかを
話せばいいんだっけ?」
「そーだよ。もう忘れたのかよ。健忘症か?
二分前の会話だぞ」
「マルチタスクが苦手なんだよ」
「………お前、それは人間として致命的な
欠陥だろ。さてはお前、人間じゃないな」
「良く分かったね。ご明察だ。僕は宇宙人な
んだよ。この惑星に訪星したのがついこない
だのことでね。向こうではテレパシーで会話
してたからいまいちまだ要領がつかめていな
いんだ」
「…………………お前、表情も変えずに平然と嘘つくのな」
「生憎と性分でね」
「はぁ、一旦脇道にそれるが……………、
お前も大概だよな〜」
荒城は一度立ち止まり数歩後方を歩いていた
僕をじっと見る。
「何が?」
「んにゃ、俺はこうして泥棒を稼業としてい
るわけだがそれでもお前よりかはマシな人生
を歩んでいると思ってる」
「社会不適合者にそう思われてたとはね」
思わず肩を竦めた。
心外もいいところだ。むしろ権利の侵害とも
言っていい。
「そうそう、そーゆーとこ。
普通こんな泥棒相手に『心無いこと』を言わ
れたら逆上するとこだろ、流さないでさ。
それを、お前はしない。あるいは出来ない。
それってつまるところさ、重大な欠点だろ」
「そうかな?他人にとやかく言われて一々
目くじらを立てていたら、それこそ人として
どうなんだよ。大小あれど流すことは絶対に
あるだろ。僕はたしかに感情を出さないけど
それは感情がないとはイコールではない。
本心では腸が煮えくり返っているかもしれな
いだろ?」
感情の起伏が豊かで、怒りたいときに怒れて
泣きたいときに泣けて笑いたいときに笑える人間がどれだけいるだろうか。
多分、と言うより確実に一握りもいないだろう。
大多数は絡まった紐のように複雑に入り組んで感情と表情が正しく適合できてない。泣きたいときに笑って怒りたいときには泣いて笑いたいときに怒る。
だけど、だけどもそれが悪いこととも可笑しいこととも一ミリも思わない。
「本人がそーゆーってことは、実際には煮え
くり返っていないんだよ。
たとえば、ここにサバイバルナイフがある」
そう言い腰から目にも留まらぬ速さで取り出し僕の首もとに白刃を突きつける。
「コイツをほんの少し横にずらせば一瞬先に
はお前はこの世から解放されるわけだが、
どうよ?何を思う?」
なにも、なにも思わない。
背筋が凍ることも悪寒が走ることも顔面が蒼白することもない。走馬灯が脳裏に浮かぶことも……………ない。
地獄に叩きつけられても直ることのないほどの業の深い浅ましさを遺憾なく発揮していると自覚できた。
人間としての致命的な欠点、か。
言い得て妙だ。
「チッ、死にたがりを殺しても面白くねぇ」
「…………」
「だぁ〜、そーゆーとこなんだよ。そーゆー
とこ。ナイフ首元に突きつけられてなお顔色
一つ変えないとか常軌を逸してるぞ。泥棒の
俺が言うことでもないんだろうけど。
けど、俺よりもブッ壊れてる。
どんな人生を送ればそーなるのかねぇ。
レシピを教えてほしいぜ」
「僕は別に死にたがりじゃないけどね」
死にたがりじゃ、死にたがりじゃないんだ。
ただ生きることにーーーー執着がないだけ。
僕の言葉を受け、興味を無くしたようにサバイバルナイフを空中に放りながらサイドポケットにしまった。
「あー、駅前のカフェってのはどこだ?」
話の一区切りがついたところでタイミングよく駅前に着いた。
「あっちだよ」
そう言い駅の正面から少し外れたところのピンクの外装をした店を指差す。その指先を確認した荒城は先に歩けと言わんばかりに顎をクイッと前方へ突き出した。
「俺は後ろに立たれたくないんだよ」
「よく言う。さっきまで僕が後ろで歩いて
たじゃないか。どこぞのサーティーンか」
「泥棒だけどな」
殺し屋には向かねえよ、と。
何気ない会話を数度交わしつつ、件の店先に着いた。遠目から見てもピンクが目立つ外装を間近で確認するとより自身の中の印象が下がっていく。こんなピンク、風俗に間違われても仕方がない程だ。
隣で同じように外装を見上げている荒城はあまりのピンクさに驚いたのか、プルプルと震えている。
「おい、お前」
「なんだい?」
現実を認めたくないかのように何度も目をこすっている姿は側から見ると猫に見えなくもない。そして意を決したように僕に詰め寄る。
「ここ、メイド喫茶じゃねえか!」
内装も外装に負けず劣らずの様相を呈していた。頭の軽そうな飾り付けや甘ったる匂い、
忙しなく働くメイドさんの姿が散見していた。その内の一人が入店に気づき営業スマイルか素か判別できない、ある種完璧な笑顔で応対した。
「お帰りなさいませ、ご主人様!」
「………………」
そしてその応対に対して、そのメイドさんに完璧な真顔を持って返した人間を初めて見た。
そのことにめげることなくマニュアル通りの接客を続けるメイドさんだが、荒城の表情が消え失せた顔を見ると隣にいる僕の方が申し訳なく感じる。
「こちらの席へどうぞ〜」
「……………」
「メニューがお決まりになったらお声掛けください〜」
「カプチーノ二つ」
「へ?あ、はい。…………カプチーノにお絵描きとかは…………」
「結構です」
「………かしこまりました」
応対してくれたメイドさんが若干肩を落としていたように見えたのは気のせいか。
「なぁお前、もうちょっと他に頼み方がある
だろ。あのメイドさんキャラ崩れて普通に
接客してたぞ」
「うるさいなぁ。真顔で入店して来たやつに
言われたくないね」
「あのメイドさん、『なんでこの店に来た
の?』とか思ってるぞ」
「そんなの僕たちの勝手だろ?」
「いやいや。ならメイド喫茶じゃなくても良
かっただろ。と言うよりもメイド喫茶じゃな
い方が良かっただろ。どう見ても異質だろ、
俺たち」
「君が昨日僕がお茶してたところが良いって
言ったから連れて来てやったんだろうが。
文句言うなら帰れよ。僕はメイドさんと楽し
んでるから」
「どー考えてもメイド喫茶ではしゃぐタイプ
ではないだろ!」
「まあね」
ハァー、と深いため息をつく荒城。それは気持ちを切り替えるスイッチのように見えた。
「んで、昨日姉貴と何話したんだ?
つーか、どうしてここなんだよ。お茶してた
んだろ?そぐわないだろ」
「『喫茶』って言うぐらいだから、茶を
って差し支えない。………嘘は言ってないだ
ろ?」
「本当のことも言ってねえんだよ、お前は。
全く、お前はそーゆーとこが駄目なんだよ」
「まさか泥棒に説教されるとは。これは中々
に興味深い事象だ」
「お前が誘ったのか、姉貴が誘ったのか?
どっちだ」
お冷やを口に含みながら問い詰められた。
ここも適当なことを言ってお茶だけに茶化しても良いのだが、まあ面倒だから良いや。
「僕だよ」
「ブゥッーーーー!!」
「…………冷た、汚い」
口に含んでた冷水を顔面に浴びせられ、テーブルにぽつぽつと水滴が垂れる。
「……………ちょっと引いたわ」
「嘘だよ、君のおねーさんだ」
「………マジかよ。これからは姉貴に対する
態度を改めよう」
「それも嘘だよ」
「…………テメェ、そんなに最速の抜刀を食
らいたいならさっさと言え。今すぐ首を刎ね
てやる」
「おいおい、そんなことしたらオムライスに
ケチャップをかける必要がなくなるじゃない
か」
「嘘をやめろとは言わない。せめて正しい
情報を言え」
「はぁ、まぁ、きみのおねーさんとは何だか
んだあって取り敢えず落ち着ける場所で話す
ことになって、向こうがミスドで僕が自宅を
提案したからその折衷案としてメイド喫茶で
落ち着いた」
「どーして自宅とミスドの折衷案がメイド喫
茶になったんだよ!」
「メイドとミスドって響きが似てるだろ?」
「似てるけども!………もう話が進まないか
ら無理やり理解した振りはしてやるけど」
「内容を話せってことだろ?」
荒城は首を縦に振ることで肯定した。
「……………分かった」
メイドさんがカプチーノを運び終えたのち、
虚実入り混じる回想録を話し始めた。
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