第2話

「…………あー」

開口一番(開けたのは口ではなく目だ)ではなく開眼一番目に付いた電波時計は八月三十日土曜日、午前十一時五十五分を示していた。目が覚めて真っ先に目につくように面白八割で天井につけた時計だが思った以上に実用性があるようだ。

ふと針があるアナログ時計を買おうと思ったが、その一秒後には必要性を感じなくなった。

「ギリギリ午前中に目が覚めたことをを褒め

るべきか、正午まで寝ていたことを責めるべ

きか………」

まだ午後じゃないと言い張るのはみっともないよなぁと。

とある田舎の一軒家。

訳あって現在は一人暮らしをしているもののいざ住んでみると案外ワンルームで事足りると改めて認識した。

「さて、と………」

未だ半覚醒状態の身体を起き上がらせる。惰眠を貪った代償の倦怠感が抜けきらないまま階段を下りリビングに入ると、身長は僕と 同じくらいか少し小さい同世代の同性と比べるとやや細い体躯。長い白髪を後ろで一本で結び右が長袖、左が半袖のアシンメトリーのパーカー(どこで売っているんだ)、下は迷彩柄のジョガーパンツに身を包み、勝手知ったると言った顔で堂々と不法侵入を決め込む輩がいた。家の主がこうして現れたというにも関わらず一瞥もせず冷蔵庫から勝手に盗んだであろうハーゲンダッツバニラ味をパクパクと口に運んでいる。その姿を見ると怒る気も失せてくる。

「おい、鍵はどうした。荒城あらしろ 冬雪とうせつ?」

「おう、随分と遅いおはようだな。朝夜 あさや 真昼まひる

鍵?んなもんねえよ。普通に入ってきた」

「普通の意味を辞書で引いてこい。話はそこ

からだ。……それで、何の用だ。つーか何で

家知ってんの?」

「ツーカー?昔の電話のことか?」

「君の歳は知らないが、どう考えても世代

じゃねえだろ。それにツーカーとか懐かしい

な、おい」

「お前も世代じゃねえだろ。で何の用だ、だ

って?何の用かって聞かれたらそりゃあ仕事

だよ。んで何で家を知ってたかって聞かれた

らそりゃあ仕事だよ」

「何で僕の家の住所を知ることが仕事になん

だよ。いつもの盗みか?だが残念だったな。

見ての通りこの家には何もないから他を当た

ってくれ」

「盗みの方はこのアイスで勘弁してやるよ。

けど本題は盗みじゃあない。今日は姉貴の

使いで来た」

嫌な予感しかしない。

コイツはいつもそうだ。厄介ごとしか持ち込んでこない。たまにでいいから吉報か朗報を届けて欲しい。

こないだだってコイツのせいで国家権力と一盗賊団を相手取る羽目になった。あの時ばかりは本気で死ぬと思った。普通、盗みの対象を横取りされたからって敵の本拠地を潰そうと思うか?巻き込まれる側のことも考えて欲しい。

「………よし、もうこれ以上話すな。このま

ま回れ右して帰れ。そしてアイスの金は置い

てけ」

「おいおい、俺とお前の仲だろ?わざわざ俺

の為に買ってきてくれたハーゲンダッツの金

を請求するなんてことしないよな、親友?」

「じゃあ金は請求しないでやるからさっさと

帰ってくれ、天敵。君の姉貴の話とか興味も

ないし聞きたくもない。ていうか誰だよ姉貴

って」

「まぁそう言うなよ、お前にとっても悪い話

ではないぜ?………このアイスのゴミどうす

りゃいい?」

「持ち帰れ」

「おっ前、家にゴミ箱無いってどーゆーこと

だよ。本当にここに住んでるのか怪しくなっ

てきたぞ。今までどうしてたんだよ」

「犯罪者に住空間についてとやかく言われる

筋合いはないな。……けど、まあその意見に

は概ね同意だ。だから僕の家のゴミ箱買って

くれないか?それでハーゲンダッツはちゃら

にしてやる」

「ハーゲンダッツ買う余裕があるならゴミ箱

を買えよ。今は百均で何でも買える時代だ

ろ」

「こんな田舎にそんな便利な施設があるとで

も?それに、家にあまり物を置きたくないん

だよ」

「なんだ?哲学者かぶれか?それとも禅の

教えか?」

「違うよ。単に物を持つって行為が苦手なん

だ。どうも性に合わなくてね」

「ふーん。だからリビングに炬燵しかないの

か。………つか、この真夏に炬燵ってどう

よ?普通に卓袱台とかテーブルじゃ駄目なの

かよ」

「炬燵は僕の命の恩人だ」

「まあ、分からなくもないがな。俺みたいな

奴からしたらねぐらはすぐに捨てら

れるようにしたいし」

「意外とハードな人生送ってんだね。風の向

くまま気の向くままな人生送ってんのかと」

「盗みを働く奴が気楽な人生送ってるわけ

ないだろ。気楽な人生を送ってたら盗みなん

てしてねぇよ。………そーゆーお前はどうな

んだよ」

「僕?おいおい、僕ほど何もない人生を生き

てきた人間はそうはいないと自負してる」

「ハッ、ほざけ。じゃあ生活チェック〜。

昨日は何してた?」

昨日?昨日昨日、昨日は…………ああ。

「珍しく出かけたよ」

「どこに?」

やけに怪訝な表情を向けてくる。

「駅前だったかな」

「んで、何してた?」

「随分と僕のプライベートを気にするね。

ストーカー?」

「茶化すな、マジで。何してたんだよ」

「お茶だよ、お茶」

「一人でか?」

「知り合いのおねーさんと。と言ってもその

日に初めて知り合ったんだけどね」

「…………おい、そのおねーさんは何やって

る人だ?」

段々と声色に真剣味が混じっている気がする。

「ん?んー、確か『怪盗』とか………」

「はい、それアウトー!」

「急に大きい声出すなよ………」

「おい!それ、多分俺の姉貴だぞ!」

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