日常は亡んだあとで

女「ビール」


男「パンイチで部屋うろつくんじゃありません、みっともない」


女「なにを今更……ん、ぬるい」


男「電力をほとんどアパートのソーラーと非常電力で賄ってるからな。いたしかたないよ」


女「というかなんでハイネケン?」


男「廃墟になったドンキからあるだけもらってきた」


女「どろぼう」


男「貨幣経済が復活したら返すよ」


                *


女「『こうして死んでも、私はあの方の、あの方の足元で死ぬの』」


男「……立原道造」


女「ゲーテ」


男「海外古典はサッパリでね」


女「スミレが惚れた女に気づかれないまま踏まれて死ぬ詩なんだけどね。どうせなら私は手折られて、その腕の中で逝きたいよ」


男「善処するよ―――『まあ、最後にこんな美しい光景を独り占めできたんだからよしとするか』」


女「三秋縋」


男「流石」


女「私は多分、救われないけど報われるような物語が好きなんだろうね・・・『痴漢は死ね』」


男「伊坂幸太郎」


女「あれの実写映画、伊東四朗がはまり役だったなぁ」


              *


男「雪だ」


女「雪だねぇ」


男「道理で寒いわけだ……こたつは、まだ無理だろうな」


女「こたつ布団だけでも出して、せめて風情は味わおう」


男「雪だるまつくーろー♪」


女「寒いからヤダ」


                    *


男「痛ッ……あー、やらかした」


女「―――!君!」


男「大丈夫大丈夫、ちょっと手のひらザックリいっただけだから。でかい破片が雪に紛れてたらしい」


女「雪は案外雑菌が多いよ、消毒をしないと……ん」


男「わひゃい」


女「……君の血はなんとなく甘い気がする」


男「僕の恋人が怖い」


                    *


女「暗くなるのも早くなってきたねぇ」


男「本当にな。衛星機器は全滅だから、体感で合わせた時計しかないけど」


女「まあ……しかたがな」



                   パン



男「―――銃、声?」


女「いや、これは……ふ、くふ、ふふふふふふ」


男「ど、どうしたの」


女「ふは、ふはははは!君もこっちに来て窓をごらんよ!どこの誰かは知らないが、粋な生存者もいたものだ!」


男「あぁ……花火、か」




それは文明が息づいていたころのような、腹の腑にまで響く音ではなかったけれど。

花火が闇に咲くたびに、地平のかけらがその光を受けて輝いていた。



ーーー彼らも、喜んでいるのだろうか。


男「それにしたって、季節はてんで外れてるけどな」


女「君は風情を分かってないねぇ。夏に食べる激辛ラーメンは」


男「最強」


女「冬に食べるアイスは」


男「至高」


女「そういうことだよ」


男「成程なあ……成程」


                   *


女「そういえばさ」


男「?」


女「君と出逢ってから、どれくらい一緒にいるんだっけ」


男「施設で15年、高校で3年、大学4年は別だったけどほぼ一緒に住んでるようなもんだったし……あれ、こうなったのが3年前だから」


女「25、6か。ほぼ生涯を添い遂げてるな」


男「……僕らの世界って狭いな」


女「狭いけど、満たされているよ」


男「そう言ってくれると有難い」


女「こんなご時世だ。あと何年一緒にいられるのやら」


男「死ぬまでは一緒にいるよ」


                    *


男「嘘、だろ」


女「……こんな……馬鹿なことがあってなるものか!私は、私は認めない!こんな結末はあってはならない……!」


男「よくも、よくも」


女「私たちのドンキを!」


男「あーあ、完璧に崩れちゃってる。確かに結晶化の兆候はあったしなぁ。こりゃ中の商品も全滅か」



女「私のよく分からない外国の変な味のお菓子が……私が着た時のチープ具合に笑いながらもちょっと興奮しちゃう彼の顔を見るのに必要なぺらぺらの安コスプレが・・・」


男「あーあ、完璧に壊れちゃってる。前々から狂人の兆候はあったしなぁ」


女「タイムマシンを開発して……ドンキが壊れなかった世界線への到達を……収束……運命石の……」


男「そこまでやるなら世界が崩壊しなかった世界線を探してくれよ」


                  *


男「―――ん。起きちゃったな……まだ2時か……あー、あッ!?」


女「んぅ……どうしたんだいこんな時間に……え、ほんとにどうしたの?なんで喘ぎながら長座体前屈してるの?」


男「ちが……これッ……!ふくらはぎッ!ヒッ……ヒッ……」


女「どら……あーあ、変な伸び方したろう、変形してる。こむら返りさ、マッサージですぐよくなる」


男「がっ……ひぃ、ひぃ―――あぁ、びっくりした、まじで筋肉が一本飛び出たかと」


女「足のぎっくり腰みたいなもんだからね……ふむ」


男「ふー……目が覚めちゃった。どうしたの」


女「君の喘ぎ声を聴いたら、ね?火照ってきちゃって」


男「……ちょっと待って。もっかいよく揉んで、ゆっくり伸ばして……ふぅ。おいで」


                     *


女「実を言うとさ、さっき、凄く怖かったんだ。「ついに来たか」と思って」


男「……あぁ、そういうこと」


女「私は可愛げのない女だけれどさ、君には甘いんだ。いつかそういう時が来るだろうとは思っていても、つい君は結晶になる危険から度外視して考えてしまうみたいだ」


男「ごめんよ」


女「なあに、甘えさせてくれたから許すさ」


                     *


女「―――夕日が綺麗だ」


男「背の高い建物から、結晶化した自重で崩れていったからな。地平線がよく見える」


女「地平線……夕日……やがてそーのーパレードはー♪」


男「君背中から刺されたいの?」


女「胡散臭いのは自負してるけどね……地平線がキラキラ光ってる」


男「かけらの反射はいつ見ても綺麗だ、原材料を考えなければ」


女「まぁ、善人も悪人もあれだけ綺麗になれるんなら、それは優しい終末なのかもね」


男「いいこと言った……ふぅ。一本?」


女「いただこう……ん」


                    *


男「「綺麗」ってさ、響きも漢字も最強に美しい日本語だと思うわ」


女「また唐突な、それなら私は「玲瓏」を推すよ」


男「うわぁそれ強いな。ラ行と母音だけで完成されてるし、王が並んでる字面もいい。最強かよ」


女「君のその、よくわからん小学生男子みたいな思考がたまに出てくるスイッチはどこにあるんだろうね」


男「多分眠いんだ」


女「おやすみ」



男「ん」

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