綺麗に死んだ、どこかのだれか

男「ふう」


女「……なにかあったのかな?」


男「よくわかったね」


女「昔から君が重い煙草を吸うのは、嫌な気分に浸りたい時だというデータがとれてるんだ」


男「ちょっと歩いたところにさ、お父さんと二人で住んでる娘いたじゃん」


女「いたねぇ、たまに配給所で顔を合わせてた。品のいい家族だったね」


男「―――さっき水を分けに行ったら、鍵が壊されてて。玄関で、お父さんが殺されてた」


女「娘さんは」


男「……殺される前か、後かはわからないけど。服が」


女「……そうか。それ以上はもういいよ。一本もらう」


男「ん」


女「火、寄せて」


男「―――ん」



女「……ふー」


男「……ふぅ」



女「まぁ、あれだね」


男「?」


女「まだまだ物騒だから、君の買い物は正しかったかもしれない」


男「……そうだね」


女「ロマンも糞もあったもんじゃないね、まったく」


*


男「風邪ひいた」


女「なれない煙草なんて吸うから」


男「いいじゃん、平和が缶に詰まってるって。夢があって」


女「私は黒い悪魔が恋しいよ」


男「洋モクはなあ……在庫を大事に」


女「とりあえず、ほらあの、君が吸ってるかっるいあっまい紅茶の頂戴」


男「買い置きしといてよかった」


*


女「久々にこんなに歩いた気がする」


男「人っ子一人いないな。やっぱりみんな配給の時以外は引きこもってんのか」


女「それで防疫になるのかどうか。そもそもあれは病気なのかな?」


男「知らん。仮に伝染性だったとして、人間はまだしも「人工物」まで水晶(暫定)になるのはおかしいだろう」


女「いつかのさ、ビルが一棟綺麗に水晶になって、自然に崩れた時は凄かった」


男「あったなぁ、あれは綺麗だった」


女「―――今私たちが踏んでる白い砂利さ、これはビルだったのかな、それとも人だったのかな」


男「知らん。今はただのかけらだよ」


女「君のその妙にドライなとこ、私は好きだよ」


男「みんなこんなもんじゃない?僕の知らないとこで、知らない人がどうなっても、今は気にかけてる余裕はないさ」


女「「今は」なんだね」


男「……」


女「やっぱり君は、どこか甘い方がしっくりくる。私は煙草と男の好みが似てるんだろうね」


                  *


『―――ァ……』


女「……見たくはなかった、かな」


男「そうだね。もう右腕と顔の半分くらいしか肌色が残ってない、人、だったものの涙なんて」


『……ヵィ』


男「なんだって?」


女「意識ははっきりしてるみたいだね。残酷極まる」


『タカイ……バショニ……ツレ……サィ』


男「―――だってさ」


女「私は、どうもしないよ。どうもしないし、なにもしない。君が何かをするのも止めない」


男「近所に天文台のある高台があったよな。負ぶっていこう」


女「負ぶるのはいいが、抱え込むのは止した方がいいよ。また重い煙草を吸う羽目になる」


男「それはもう決定事項だから。ここまで来たら、善人ぶって煙を吐くよ」


女「・・・やっぱり君は甘いよ、まったく。でもそんな君に甘い私がいるんだものなぁ」


                  *


男は「彼」を、天文台の屋上まで負ぶって連れて行った。女は何もせず、何も言わず、ただ夜を眺めていた。


「着いたよ、ほら」


「彼」―――水晶に食われつつある男は、その一言で意識を取り戻した。結晶化が脳にまで及んでいる今、意識を保つだけですら苦痛の連続なのだろう。


それでも、彼は、


ありがとう、と言って、辛うじて動く右手で這って、





落ちて、砕けた。





男は、彼が最期に「きれいだ、ありがとう」と言ったのを聴こえない振りをした。


女はただ黒い煙草に火をつけてから、彼だったもの、そしてそれと混ざり合ったものに一本落としてやった。





男「帰ろうか」


女「そうだね、今日は疲れた」


                 *


男「あ゛ーーーーーー」


女「案の定吞み過ぎだよ、まったく」


男「畜生げさきぃもん見しよって、しかも自分だけ満足しちょんまんま死によって」


女「方言」


男「……今日は抱く」


女「今日も、のくせに」


                 *


女「多分だけれど。彼も、君と同じだったんじゃないかな」


男「……なにが」


女「「自分の知らないところでなら、誰がどうなろうといい」。彼はただ、最後にああしたかっただけなんだ。ただ、見知らぬ莫迦親切な君をそれに利用したというだけで。加担した君がその結果何を見てどう思おうが、知ったこっちゃなかったんだろう。だから、まぁ、忘れちゃってもいいんじゃない?」


男「成程なぁ。―――成程、成程……一つ言っていい?」


女「?」


男「彼氏より男前なピロートークやめてくんない?」






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