第19話 野神とCEO⑤

「ウチに来る?」


 ルシエが何げに口にした一言に、野神はいぶかしんだ。

 意味を掴みかねていた。


「ウェイロン社に来ない? 明日にでも。市の職員にすることはできないけれど、ウチなら明日からでも働いて貰うことは可能よ」


「働く・・・・・・ですか?」


「・・・・・


 野神はフロントガラスにぽとぽとと、落ちる雪の欠片を見つめていた。


「何事も知る事は大事な事よ。それによって考え方も変わるかもしれないし。あなた、訳分かってないんじゃないの? 一方的に言われっぱなしのままで、変な罪悪感しょわされてない?」


 野神は突然の話に、驚いていた。


「それに、ウェイロン社にいれば、IT技術の面でも最新の知識や技能が身につけられる。そうすれば、データベースに侵入した真犯人も捕まえられる可能性もあるじゃない。お父さんに聞いたわ、息子は取り付かれたようにパソコンに傾倒してるって、また何か悪巧みでもするつもりじゃないか、って言ってたけど」


 野神はルシエを見た。彼女はハンドルの上に腕を組んで顎を埋め、横目で野神を見つめていた。


「まだ、真犯人を捕まえる気はあるんでしょ?」

「真犯人ならとっくに突き止めましたよ」


 ルシエは桃色の目を見開き、口をすぼめて大げさに驚いて見せた。一時間経らずの付き合いだったが、色んな顔を見せるおもしろい人だ、という印象を受けた。


「どんなヤツだったの?」


 ルシエの問いに野神は特に感情も込めず、

「顔が分かったら、どうでもよくなっちゃいましたよ」

 とだけ言った。ルシエが口を開いて何かを言う前に、シートベルトを外して車のドアを静かに開け、外へ出た。


「今日はありがとうございました。ルシエさんの会社で働かせてもらえるって話、保留にさせてもらっていいですか? 少し考えてみたいと思います」


「心が決まったらいつでも連絡ちょうだいね」


 野神は静かにうなずき、ドアを閉めた。ガラス越しに笑顔で手を振る彼女に、軽い会釈で別れを告げた。車は雪路を静かに去っていった。


(ウェイロン社・・・・・・か)

 新興のエネルギー企業で、破綻寸前のS市の発展を初期から手助けした、市のシンボル企業になっている。エネルギー生産やそれに関する技術をメインに扱う企業で、IT技術はそれらに対する副次的な部門であろう。


「真犯人より、俺の方がよっぽどタチが悪いからなぁ」

 野神は去っていく車の背に向かい、呟いた。

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