第17話 野神とCEO③
やがて赤いテント屋根の建物が前方に見えると、ルシエは車のスピードを落とし、店の側にある、小さな駐車スペースに頭から車を入れた。
二人は店の中へ入っていった。野神が来たのは、父親に連れられて入った小学生の時以来だった。ウイスキー、その他高そうな洋酒の瓶が並べられている棚の前には、磨き上げられた木製のカウンターがあって、その後ろの四畳ほどのスペースに小さなテーブルを挟んで茶色のソファが向かい合っていた。
客は誰もいない。ルシエはソファに腰掛けると、野神にも向かいのソファに座るようにすすめた。野神がためらっていると、カウンターの奥からマスターが出てきた。野神の顔を確認すると、激しい剣幕で迫ってきた。
「お前、何しにきた。未成年のくせに、こんな夜中に」
「私が連れてきたんです。ウーロン茶をいただけますか? 二人分」
「あんた誰? ここらじゃ見ないよね」
マスターは声を押し殺し、ルシエを怪しげな眼で眺めていた。ルシエは気丈に振る舞い、笑顔を作っていた。大人の余裕というやつだ、と野神は思ったが
「ウーロン茶を頂きたいんですけど。出してくれないなら、勝手にもらうわね。いかが?」
顔は笑顔だが、その口調に少しトゲがあった。野神は考えをすぐに改めた。
一歩も引かないルシエに押されるような形で、しぶしぶカウンターの下にあるウーロン茶を出してきた。霜が下りてよく冷えた瓶入りのウーロン茶を二本、カウンター席に置き、グラスを用意していた時だった。ルシエがマスターに声をかけた。
「ウーロン茶二本いただくわね」
今、用意してんだろと、文句をいい、面倒くさそうに振り返ったマスターの顔がひきつっていた。野神もテーブル席に目を移し、びっくりした。
既に二本のウーロン茶とグラスが二つ。小さなテーブルの上に並べてあった。栓抜きもないのに瓶の蓋が空いていた。驚く二人を余所に、ルシエがグラスにウーロン茶を注いでいる。
「トロくさいんで、先に頂いたから」
口調のトゲに加えて、出る言葉もガラが悪くなってきている。
怒らせると怖い女なのだ、と野神は思った。ルシエはグラスを野神に進めてきた。
「さぁ、いただきましょう。乾杯」
「か、乾杯」
グラスとグラスを重ねた後、野神は少し口をつけて、グラスを両手で握っていた。
ルシエはグイグイとウーロン茶を喉に流し込んでいる。
マスターがテーブルに近づいてきた。
「ここは一見さんはお断りしてるんですけどねぇ」
マスターは野神を睨みつけながら、ルシエに話しかけている。
「そこの子は、一見さんじゃないでしょう。だから、セーフ」
「『そこの子』は本当にこの店で飲みたいって、言ったんですかね? そんなはずはないと思うけど」
ルシエがいるからなのか、銃撃犯を相手に行動したからなのか、野神は冷静にマスターとルシエのやり取りを聞いていた。マスターは、この辺りでは子供好きな人の良い男だと評価されているのは知っているが、そんな人間でも嫌な物の言い方を心得ているものなのだな、と野神は思った。
「ええ。とても素敵なお店だとお耳にいただいて、お伺い、いたしましたのよ?」
丁寧に丁寧な言葉を重ねると嫌みな余韻が残る。マスターは声を必死で押し殺し、反論する。今度はルシエの方を向いていたので、野神には彼の表情は分からない。
「そんな素敵なお店を買い取って、住んでる人間を追い出そうなんて考えますかあ?」
「もとは財政破綻寸前で、今より高額な税金を課されかねない状況だったのを、市長が苦労して立て直したんだけどね。でなきゃ、とっくに出て行かざるを得なかったのよ。ここの人達は。それも補助金無しで。今は条件で言えば好条件だと思うけど」
理路整然と言ってのけるルシエの一言、一言がマスターの鼻息は荒くさせる。
「突然の話だし、やり方は汚いし、ロクな説明も市から受けていない。こちらにも都合があるし、金をもらってどこへ行けと言うんです。仲の良いご近所さんとも離れ離れになるのは嫌だ。それに、そこのガキ。映画の真似ごとして、住民の情報を盗みとっつかまった、犯罪者だ。こいつがやった事、アンタ知ってんの?」
ルシエは冷めた眼で、マスターを見つめていた。
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