第16話 野神とCEO②

「野神真といいます。申し訳ありませんでした、失礼な態度を取ってしまいました」

「あら、真面目」


 ルシエはくすくすと声を押さえながら笑った。

「いいのよ。こんな夜遅くにお邪魔したら、そんな誤解されても仕方ないかもって思うし。特にあなたのお父さん、女癖悪いみたいだしね」

 ルシエは大げさに両腕を曲げ、手の平の内側を相手に見せるように上げた。外国人がよくする、『オーノー』のポーズだ。野神は外国人がやると、映画みたいに様になると思った。


「まぁ、誤解は解けたみたいで良かったけど。申し訳ないと思うなら、これからどこかへ飲みに行かない?」

「飲みにですか? 俺、十八ですけど」

「私もドライバーだから、お酒は飲めないわ。お茶でもジュースでも。それとも、反省してない?」


 野神は戸惑った。ルシエが、その好奇心に溢れた綺麗な丸い目で野神の顔を覗いている。野神は彼女の意図を掴みかね、落ち着かない気分だった。

 ルシエと野神は外へ出た。二人の息は白く煙り、雪の舞う夜の闇へと溶けてゆく。ルシエは丈の長いコートを来ていた。コートの表面の毛が黒光りして、綺麗な波を作っている。それがファッションに疎い野神でも一目で高級品である事が分かった。。ルシエは両手を息で暖めながら路肩に停めてある車を指さした。高級車の青と白のエンブレムが見えた。二人は車に乗り込んだ。ルシエはエンジンをかけ、暖房と聞いた事のないR&Bの洋楽が流れ出した。


「さ、どこへ行こうか? あんまり遠出はできないよ」

「今の時間に明いてる店だと、駅前のマクドナルドしかないですよ」

「ここへ野神市長を運んできた時、スナックが一件あったわよ。昭和って感じで、レトロな雰囲気の」

「実はそこ行きたくないんだ。色々あって」

「色々って?」

「市長の政策で、立ち退き交渉を昔からしてるんだけど、そこのスナックも対象になってて。それで険悪なムードになってるんです。僕が、しかもこんな時間に言ったら、怒鳴られるに決まってる」

「何で、あなたが怒鳴られるの」

「・・・・・・市長の息子だから」

 ルシエは雪の中、外車を静かに発進させた。


「その店がいいわ。案内して」

「え、でも。困ります」

「あなたは別に何も悪いことしてないでしょ。堂々としてればいいの」


 野神は隣でハンドルを握る女の考えが、まるで分からないが、何となく悪い予感がした。ルシエは市の最有力スポンサーのボスだ。敵地に乗り込んで交渉を迫る気なのかもしれない。運転も荒い。雪道のカーブをスピードをほとんど落とさずに曲がった。野神の体が大きく外に膨らんだ。シートベルトが強く肩に食い込み、せき込んだ。


「ところで、あなた外でてどこ行くつもりだったの?」

「ガレージに車止まってたでしょう。あの中で寝るつもりでした」

「そっか」


 ルシエは真っ直ぐ前を見据えて、雪の中を軽快に車を進めていた。ドライビングテクニックはすごいと思った。

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