第6話 二度目の拳銃事件

アメリカで銃を使った犯罪が発生し、日本じゃ考えられない数の犠牲者が出ている事はマスコミの報道で知っていた。アメリカじゃ社会問題になっていて、学生が大統領を相手に銃規制を訴えたり、デモを起こしたりする様子をTV画面を通してこの島国では無縁な事だと、他人事でそれらを眺めていた。


 だが、日本で銃乱射事件が起こってしまった、つい先日の事だった。

 黒い目だし帽の男が突然、赤信号で交差点を横断するのを待っている一群に向けて一発撃った。突然、信号待ちの集団が走り出してきたので、走っていた車両も急ブレーキが間に合わず十数人をはね飛ばし、後続車も次々と玉突き事故を起こした。

 人通りの多い午後六時頃だった。犯人を間近に見ていた男性の証言だと、パニックになる人を見て楽しんでいるようだったという。空に向けて何発か撃ち、周囲を威嚇すると、逃げる女の背後から一発、駅に逃げ込む男の頭に一発と、冷静に一人一人丁寧に致命傷を負わしていった。


 この事件で最も恐るべきなのは、犯行の全てが冷静な判断と行動によってなされたもので、動機は不明、被害者との関係性無し、銃の入手経路も不明、犯人は自殺。警察の発表は三十代の男性だったというだけで、分からないことだらけで憶測が憶測を呼び、不安と不信、また不審が波紋のように伝わり、その責任は弱者へと流れていった。

 拳銃による犠牲者は五名。負傷者が四十名。負傷者のほとんどはパニックになって人の波に押しつぶされたり、車に跳ねられた人達だった。


 この事件以来、野神は以前にも増して不特定多数へのハッキングを頻繁に行うようになった。事前に銃などの凶器を使って犯行に及ぶ事を察知できれば、危険を回避できるかもしれない、そう考えた。無論、いくらか自身の行為を正当化するものである事は否定できない。何かに付け込んで身勝手なエゴを押しつけるのは、周囲の大人がよくやる事だ。皆、流されるようにこうして妥協を重ねていき、最後は恥じる事すら忘れてしまう。立派な大人の領域に踏み込みつつある、野神は自嘲した。


 この事件を機に、S市ではバスに乗る前に持ち物検査を強制されるようになった。鉄道会社も実施したいが、利用者数が多すぎてどうするのか対応に苦慮している。一つの惨劇がきっかけで、市全体がある方向へ流れて行こうとしている。最終的には、荷物検査だけでは済まなくなるかもしれない。野神真はハッキング行為が正当な検査として行われる時代もありえると思った。


 野神は今、再び都市に訪れた悪夢に苛まれることになった。メディアの執拗な報道で、その危険性を神経に刷り込まれた人々には、事の大きさが浸透しきっていた。煙のようにターミナルを行き交う人々の姿が消えている。ガードマンや、駅員が、利用客を安全な場所へと誘導していた。どこへも行かず、しゃがみ込んで頭を抱えている人もいる。


 野神はいつしか、大路奈地美との待ち合わせ場所である大時計前のベンチまで戻ってきていた。天空からゆらゆらと都市中に散布されるぼた雪の群で、交差点を隔てた先、目の前にそびえる百貨店が白く霞んで見えていた。一時間ほど前に見た、人の流れは完全に途絶えていた。


 パトカーが二台、百貨店前で停車し、その影に五人ほどの警官が隠れていた。これだけではないはずだ。これから応援がたくさんやってくるに決まっている。百貨店のどこかのフロアに犯人がいるのだ。


 二十分前には、正反対の飲食街に犯人はいた。野神もその付近の飲食街で、発砲音を聞いた。逃げまどう人が車道にあふれ出し、騒然となっていた。車が衝突し、信号機が根本から折れまがり傾いているのを見た。あの付近で凶行におよんだので、パニックになったのだ。警察は何をどう手こずれば、犯人に百貨店まで逃げられるんだと、心の中で毒づいた。


 悪夢を見ているようだった。大路奈地美が所有している携帯電話のGPSの記号が犯人がいる百貨店の中でオレンジ色に点滅していた。 

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