第4話 魔女が来る
S市のターミナル駅は、日本有数で、総面積は約七万平方メートルある。鉄道会社四社の線が入り乱れており、他府県へ走る新幹線、高速バスも利用できるS市の玄関口といわれている。ターミナルに入っている全交通機関の一日の利用者数は二五〇万人を越える。おまけに、地下にまで通路が枝分かれしており、一部では巨大ダンジョンと呼ばれている。
観光客が初見で把握できるような作りじゃない。だが、野神の頭の中にはターミナルの迷路のような道筋は全て頭に叩きこまれている。
駅内部から近辺にかけて大手百貨店を始め、数々のショッピング施設が軒を連ねる。別の一帯には、ビジネス街、金融街や、ビジネスマン他、観光客の為の宿泊施設もあり、平日から休日まで人が途切れる事がない。利用客の多さがうまい具合にバリケードになる。
野神は人混みの間を縫うように駆け抜けた。GPSは偽装してあり、野神のいる地点は、瀬戸内海に浮かぶ小さな島を指しているはずなのだ。
それなのに。野神のスマホの画面はGPSが搭載された端末を、オレンジ色の丸印で表示していたが、その内の一つが、野神が逃げるルートを追いかけてくる。魔女だった。
後ろを振り返ると、遠くの方で、器用に人の群を捌いて走ってついてきている魔女の顔が見えた。魔女は鉄道警察だったのかもしれない。
地下へ下り、また地上へ出て駅から離れ、別の入り口から再び駅へ入りこんだ。今、どこを走っているのかも分からなかった。かなり、走った。
心臓が、皮膚を突き破りそうなぐらい激しく脈打っている。胃液が喉元まで逆流し、口の中が酸っぱい。四〇番出口とかかれた階段を昇った後で力つきた。手に膝をつき、背後を省みた。彼女はいなかった。巧く撒けたようだ。スマホに表示される地図上にも反応がない。魔女の端末のGPSを登録し、接近すれば振動するように設定する。
舐めていた。まさか、追いかけてくるとは思わなかった。スマホを始め、ネットに接続できる端末には固有番号があり、それを一瞬で解析し、場所や、持ち主を割り出すシステムがあると何かで読んだ。野神は、鉄道警察ならそういったシステムを利用しているかもしれないと後悔した。固有番号の変更は可能だ。野神は適当にアルファベットを組み合わせ、新しい番号を登録した。電源を落とすと、元の固有番号に戻るので、何でもいい。
野神は高校三年で、後は卒業式を残すのみとなっている。ここで、捕まれば合格が決まっていた大学進学への道が、断たれるかもしれない。最悪の場合、退学もあり得る。足から力が抜け、通路に尻餅をついた。
野神は辺りを見回した。先ほどベンチにいた位置とは間逆の位置にいた。通路はここで終わっていて、目の前には狭い路地に沿って小汚い大小の雑居ビルが密集する飲食街が見える。ラーメン屋や飲み屋が隙間なくビルの中に収まっていた。
大路奈地美との待ち合わせ場所から、遠く離れてしまった。歩いて戻ると二〇分はかかる距離だ。どこからともなく生暖かい空気が流れてくる。飲食店の換気扇から放出される熱だった。野神は吐きそうになった
MPODを鞄の中から取り出し、奪った情報を眺めた。
英語のメールのやりとりだった。その中に一つ、気になる画像が添付されていた。
鷲のマークに星が散りばめられた、どこかで見た事のあるシンボルマークの画像。
製薬会社のマークだと野神は思った。
それだけではなく、何故か、となりには三丁の拳銃の写真と、三人の男の写真。
小太り、痩せ形、標準だが頭髪は薄い三人組だった。皆、西洋人だった。
野神は翻訳ソフトを使い、内容を日本語に訳した。
「!!!」
野神は絶句した。次のような内容だった。
『MIA日本支局緊急用件について。日本のM県S市で発生した拳銃乱射事件の犯人が所持・使用していた拳銃についての報告。MIAエージェントの所持品である事が判明した。所有者はデイヴ・カーターであることが判明。MIAがデイヴに支給した拳銃の番号と一致した。デイヴは現在日本に潜伏中、行方不明になっている三人の一人。犯行予告のあった、S市のターミナルで使用される拳銃も、他二名の所持品である可能性が高い。日本には内密に、MIAだけで・・・・・・』
野神は途中まで読んで、MPODの電源を落とし、鞄の中へと急いでしまいこんだ。
目眩がした。四十番出口横の壁に背を預け、呆然としていた。鷲のマークは製薬会社のものではなかった。
(MIA。アメリカの諜報機関。俺が攻撃をかけていたのはMIAのサーバーだったのか、馬鹿な)
野神はこれまでの事を思い返した。魔女へ攻撃したマルウェアは全て弾かれ、今度は彼女が使っていた専用回線を提供していたサーバーを直接攻撃し、その後、誰かがしつこくハッキングを仕掛けてきたのも、魔女が急いで引き返してきた理由も全てが腑に落ちた。野神はMIAのサーバーをハッキングしてしまった。そして何らかの情報を奪った。今見たのは一部だった。
鉄道警察よりも、質が悪い。野神の頭の中で、ハリウッド映画で見たあるシーンが繰り返し再生されていた。機密情報を奪った犯人を、黒光りした拳銃を握りしめたMIAエージェントが追いつめ、撃ち殺すシーンを。
野神は血の気が引き、全身から力が抜けていく体を鼓舞した。朦朧とする意識を必死に建て直すべく、頭を叩いて立ち上がる。逃げなくては。メールに添付されていた画像には拳銃を持った誰かが、犯行予告をしたと書いてあった。大路奈地美にも来るな、と連絡をしなくては。野神はポケットから震える手でスマホを取り出した。
手の中でスマホが振動し、同時に背後から声がかかった。
低い感情のない女の声だった。
「・・・・・・おい」
野神は後ろを振り返った。
魔女が立っていた。かつて見た笑顔は潮が引いたように、どこかへ消えた。
間近で見ると、知的で、艶っぽく、引き込まれるような美しさが際だっていた。
彼女の瞳は、緑色をしていた。すごく綺麗なエメラルドグリーンだった。
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