第2話 魔女の中へ
野神真のスマホにはターミナル構内の地図が表示されていた。
それを更に拡大し、野神を中心に、数十メートルの範囲までの地図を表示するよう調節した。地図上には無数のオレンジ色の丸印がうごめいていた。地図の右端には、リストが表示され、無秩序にならんだ数字とアルファペットが縦にたくさんならんでいた。それはIPアドレスだった。
オレンジ色の丸印は、人々が持っているGPSを表している。野神はその中から適当に選んだ一つをタッチした。右端のリストが自動でスクロールされ、ある一つのIPアドレスが点滅していた。点滅している箇所をタッチすると、画面が切り替わった。
陽光に煌めく青空の下、地平線まで伸びるヒマワリ畑の待ち受け画面に重なるように、様々なアプリのアイコンが並んでいる。野神のスマホの画面ではなく、他人のスマホの画面だった。タッチすれば、遠隔操作する事ができる。マルウェアという他人の端末で悪さをするソフトウェアが数百種類、野神のスマホに入っていて、他人のスマホを乗っ取るのに必要なマルウェアを自動で選択し、侵入を助けてくれるアプリ。野神真の自作のアプリだった。
野神は他人は上っ面だけでは信用できないと思っている。
彼は他人に接する際、彼の不信感が生み出したこのアプリで人を判断した上、どう振る舞うか考える。
野神の担任の教師は、教え子と同い年の女子に金を渡していかがわしい行為をしていた。
誰にでも好かれるアイツは、裏で、ネットで皆を罵っていた。
近所でも、人が良く、家族を大事にすることで有名なおじさんは、不倫をしていた。
これらの情報を保存するわけでもないし、誰かに流すわけでもない。
ただ、知りたかったのだ。野神真を犯罪者として、街の裏切りものとして冷たい目を向けてくる人間達が、どれほどのものか、知りたかった。自分が犯罪者のレッテルを張られるに至った経緯を知りたかった。ハッキング技術は真実を知る手段だった。やがて、彼は不正アクセスに手を染めるようになった。結局は、本物の犯罪者になってしまったが、彼はそのずっと前から、犯罪者だった。それを思い出すと、頭が痛くなった。
今は、ハッキングツールやプログラミング技術を高めるために、よりよいアルゴリズムを考え出す事が彼の慰めとなっている。
知識や技術を学ぶ過程が、野神の脳の端々へと快感を伝えてゆき、悩みや不安が付きまとう現実から、彼を別世界へと飛ばした。依存症であるかもしれないと思った。
野神は向日葵畑の画面を消し、再びGPSの丸印がうごめく、周辺地図へと戻った。昨日、調整を加え、処理速度が早くなっている事に満足した。テストは完了。次は魔女のスマホに立ち入る。
そっと背後を窺い、彼方の柱にもたれている彼女を確認した。男と会話していた。さっきの男とは別だった。二十分足らずの間に、三人もの男を手玉にとっている。まさしく魔女だと思った。彼女が着ているグリーンのジャケットが魔術師のローブのように見えた。野神は魔女の位置を確認し、スマホに目を移した。
GPSの反応を示す、丸印をタッチした。リスト上で、彼女のIPアドレスが点滅していた。それをタッチした。それきり反応が無かった。初めての事だった。
野神はキャンセルして、もう一度試みようとしたが、それも叶わない。画面がフリーズして、反応がない。
どういう事だ。野神は再度、魔女を覗き見た。柱に背を預け、腕を組んで目を閉じている。男と話しているのを見てから、間がない。男の捌き方も手慣れていると思った。やがて、スマホにエラー表示が出た。
『全てのマルウェアを試したが、ブロックされました』と書いてある。この表示文も野神が書いたものだが、実際に見る機会があるとは思わなかった。
何者なのだろう? 野神の彼女への興味は強まった。
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