◯中村教授宅、朝


 "私"が目覚めて時計を見やると、時計の針は午前6時を指している。


 少し布団で丸くなっていたが、少し考え事をしてゆっくりと布団から出てくる。


 立ち上がり窓から差し込む光を全身で浴びながら、上方向に伸びをしている。そのまま窓の額縁に手をかけ外を眺めている。


 高層ビルが立ち並び、ここからでは庭の人工芝くらいしか緑が見えない。


私「どこなんだろ・・・ここ・・・」


 "私"はそう言うとリビングへとおぼつかない足取りで降りていく。



 朝食と身支度を済ませ早めに出発しようと玄関前に着いた時、背後からナカムラが声をかけてくる。


ナカムラ「学校までの道のりは分かりますか?」


私「あっ・・・。そういえば分からない」


ナカムラ「これを持っていくと良いですよ」


 と言ってナカムラが渡したのはディスプレイ機能がついたメガネと、小さなネックレスだった。


 "私"が困惑した表情でそれらを受け取る。


ナカムラ「メガネはナビゲーション機能が付いています。目的地は登録しておきましたので、指示される通りに向かえば大丈夫です。ネックレスからは電話やメールができます。小さなスマートフォンのようなものですので安心してお使いください。


   それらはもうあなたの物ですので、いつも身に着けるようお願いしますね」


 "私"は渡された機器を不思議そうに眺めている。


 ナカムラはその様子を不安感を殺し切れていない表情で眺めている。


ナカムラ「学校に着いたらまず職員室に向かってください。説明はしてありますので、後は案内をしてくださるはずです」


 少しだけ間を置いてナカムラが感情を込めるように話す。


ナカムラ「どうか無理だけはしないでください。


   ・・・それだけです。帰りを待っています。行ってらっしゃい」


 "私"はいたずらがバレた子供のように目を泳がせる。急いで外に出ようとするがドアノブを掴もうとする手が空を切ってしまう。急いでもう一度掴み外に出る。


私「い、行ってきます!」


 "私"の上づった声に少し頬が緩んだナカムラだったが、それでも表情からは不安感が拭いきれていない。



◯中村教授宅、玄関前


 雲一つない青々とした空。日差しがギラギラと地面を照らしている。"私"は日陰に隠れている。


 勢いで家を抜け出してきてしまった"私"だったが、外に出て改めて見たことのない景色に驚いてしまう。


 "私"の家から街へと下る坂はキレイに舗装され、ほぼ人が通らないせいでとても広く見える。道路横に生えている木々は人工的に作られたもので、170年前には存在しなかった。


 "私"はポケットからハンカチを取り出し、額を拭う。


私「あっつ・・・」


 片手に持ったナカムラがくれた最新の情報機器に目をやり、興味を抑えきれず付けてみる。


 メガネは付けたと同時に自動で起動し、目の前に認証のコメントが現れる。その後すぐにメガネのフレームが視界から消え、いくつかのアイコンが表示される。


 いくつかあるアイコンの内、ナビというアイコンが目に入り恐る恐る虚空へと手を伸ばす。


 何かに触れた感触と共にポンという軽快なSEが聞こえ、ナビゲーション機能が起動する。そして学校までの行き先が立体的に表示され、目の前にルートを示す矢印が現れる。


私「ナカムラが設定してくれたんだっけ・・・。


   それにしてもこれすっごく目が疲れるなぁ・・・」


 ふらふらとした足取りでいつも通学に使っていた自転車が置いてある庭横のスペースへ向かう。


 170年も経ったのに、"私"はいつの間にか自転車がそこにいて当然のように受け入れ、またがり走り出す。


 坂道を下っている最中、ネックレスの使い方を模索していたが結局起動方法すら分からなかった。


私「ナカムラに聞けばよかった・・・」


 そう言いながらナビに従い目的地へと向かう。



◯校内、朝


 ずっと住んでいた街だったが、見た目、立地ほぼ全て変わっており、"私"はナビ有りで予定より5分遅れて到着した。


 170年前から存在していた学校だったが、改修工事により真っ白で清潔感のある外観の学校に生まれ変わっている。


 "私"は駐輪場に自転車を停め、ナビに従い職員室へと向かい、教師のアンドロイドから数分間説明を受けすぐに授業に参加することになる。


 "私"は1-Aと書かれた教室へと案内され、授業中の教室の中へ入り、軽く挨拶をしてそのまま授業に参加する。



 授業が終わり10分の休憩時間になると"私"のもとにこの教室にいるほぼ全員が集まってくる。


アンドロイドA「ねぇ、人間って噂ほんと?」


アンドロイドB「どこから来たの?」


アンドロイドC「わたし、人間と話したことなんだよね~。


   どこが違うんだろ~」


アンドロイドD「ばっかお前、そういうのは習っただろ。俺たちと何も変わらねぇよ。


   だから騒ぎ立てるほどのことじゃ・・・」


 一人の女の子がアンドロイド達の喧騒の中、一際大きな声でその場を静める。


K119「はいはい次の授業、調理室でしょ~。準備に時間かかるんだから!

   ほら散った散った!」


 K119は手で払う動作をして、"私"のもとからアンドロイド達を離れさせる。


私「あ、ありがとう・・・」


K119「いいのいいの。転校初日から驚かせちゃったね。


   わたし、ナンバーK119。みんなからは京ちゃんって呼ばれてる。よろしくね」


私「う、うん。よろしく」


 K119は笑いながら言う。


K119「調理室の場所分かんないでしょ?教えてあげるよ。ついてきて!」


私「えっ・・・」


 K119は息をつく暇を与えず"私"の手を取り歩き出す。


 "私"は手を取られながら教室を見回す。"私"に興味なさそうに読書しているアンドロイド、数人で集まって"私"を見てコソコソと話しているアンドロイド達、いろいろな個性があるアンドロイド達に、先程の出来事よりも驚いている。


K119「最初の授業があんなつまらない授業でごめんね~。わたし達の中でも一番人気ない授業でさ~」


 K119は沈黙を作らないようにずっと喋っている。


 階段を上り、奥から2番目の教室が調理室と書いてあった。


K119「次はここで調理実習だよ。今度は面白い授業だから楽しみにしててね!

   同じ班になったら良いね!じゃ!」


 と言ってK119は自分の席に戻る。


 一方的な会話に"私"はしばらくほうけていた。しかし、意外な展開に嬉しさがふつふつと湧き上がってきて顔が明るくなっている。


 授業はK119とは違う班だったが、無理矢理K119が"私"と同じ班に入ってきてにぎやかに終わった。"私"もいつの間にか自然と笑顔になっている。


 その日は"私"はクラスのみんなと打ち解けて終わった。ほぼK119が親身に接してくれ、他の友達との仲立ちをしてくれたおかげだったが。



◯帰り道、夕方


 一緒に帰っていた友達は手を振り、曲がり角を曲がっていく。


 元々4人で帰っていたのに、いつの間にかK119と"私"だけになってしまっていた。


K119「君の家ってどこなの?」


私「あの坂道を上ったところだよ」


K119「そうなんだ!わたしの家、坂道の前にあるんだよ!近いみたいだし、いつか遊びに行ってもいい?」


私「う、うん!いいよ!」


K119「ありがと~。じゃあ私、家すぐそこだから、ここでお別れだね。


   また明日ね!バイバイ!」


私「うん!・・・バイバイ」


 "私"は恥ずかしそうに手を振り、K119の背中を眺めている。


 自転車を押しながら今日の出来事を振り返る。


私「まだ少しテンションについていけないけど・・・良い子だなぁ・・・。


   良かった・・・」


 "私"は満足そうな表情をしながら帰宅した。



◯中村教授宅、夜


 帰ってすぐナカムラに今日の出来事を報告した。


 ナカムラは安堵したようで、落ち着いてナカムラ自身も楽しそうに"私"の話を聞いてくれた。



 今日の夕御飯は初日を無事に乗り切ったということで、少し豪勢に昨日の残りを使ったカレーのリゾットになった。


 その後、お風呂に入りまた今日を振り返り、明日が楽しみになっていた。


 今日は何もかもが上手くいき、すごく"私"にとって満足のいく一日だった。


私「全部京ちゃんのおかげだなぁ・・・」


 自室の壁にもたれながら"私"はにやけてしまっている。

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