未来、私の居場所。
縁側紅茶
序
○中村教授宅、地下研究所
中村教授宅の地下へ続く階段を下りた先に、廊下がしばらく続いている。
廊下の一番奥の部屋に、アンドロイドの"ナカムラ"と"私"がいる。
その部屋は地下とは思えない程、草木が生い茂り、木々の隙間から差し込む太陽光で落ち着いた空間になっている。勿論、仮想的な立体モデルだが。
部屋の真ん中には自然とは正反対なカプセル上の人工物。その背後には大きな箱と細長く畳まれ、棒状になったパソコンがある。
ナカムラは一度カプセルの前まで行き、カプセルの中身を数秒眺める。その後すぐにカプセルの後方へ向かい、パソコンの電源を入れる。
ディスプレイがナカムラの網膜に表示され、ナカムラは指を宙で踊らせている。
ナカムラの指が止まったと同時に大きな箱から静かに駆動音が聞こえてくる。
ナカムラがカプセルの方へ歩いていく。
カプセルの中は超低温状態で真っ白になっていたが、段々にクリアになっていく。そこには"私"が静かに眠っている。
しばらくして、カプセルの中が常温の状態になり、カプセルの扉が開く。"私"が固定具と共にスライドして排出される。
"私"はだるそうにゆっくりと目を開ける。
ナカムラ「おはようございます。お目覚めの程はいかがでしょうか」
私「ナカムラ···?」
ナカムラ「はい」
私「印象が変わったね。···かなり人間に近くなった」
"私"は固定具から体を抜き、だるそうに体の動きを確かめ、ストレッチをしている。
ナカムラ「はい。あなたをコールドスリープさせてもう随分経ちますから。法が変わったので私の見た目も変わることになりました」
私「そっか。
私が眠ってから何年経ったの?」
ナカムラ「170年です。」
"私"はストレッチをしていた動きが止まり、少し驚いた表情をする。
私「そんなに経ったんだ。道理でこんな場所で目覚めるわけだ。これホログラム?」
"私"は側にあった大木に触れる。
ナカムラ「いいえ。全て3Dモデルを実際にこの場に設置しているだけです。ただし、五感全てで捉えることができるようになっていますので、触れることだけじゃなく、臭いを嗅ぐこともできますよ」
私「すごいね。ここまで進化したんだ。
···この世界なら私も普通に生きていけるかな?」
"私"は虚空を見つめ、少し悲しい表情をする。
ナカムラ「はい。170年前のアンドロイド差別は無くなりました。だからもうあなたがアンドロイドとの差別に悩む必要はありません。
これから少しずつこの時代に慣れていきましょう。この時代が一番生きやすいはずですから」
ナカムラは自然な表情で優しく微笑む。
私「うん。あんな酷いことはもう二度とごめんだよ···。
···期待してるからね。」
"私"は少し不安が混じった笑顔で応える。
○中村教授宅、リビング
中村教授宅の地下研究所は日が入らないような塞ぎ込まれた設計になっているが、日常生活で使う階は日がよく入る開放的な設計になっている。
リビングではキッチンに対面する形で大きな窓が迎える。壁は白で、床が木目な為、日光が差し込むことでとても清潔感のある空間になる。
あまり物を置いていないが、最低限のテーブルと椅子がリビングの真ん中にある。そこにナカムラと"私"が座っている。
ナカムラはお手本のような綺麗な形で椅子に座り、対して"私"はゆったりと椅子に腰掛けている。
私「ここはほぼ昔のままだね」
ナカムラ「はい。できるだけこの状態を維持するよう心がけていましたので。その方があなたが目覚めた時に不安にならずに済むと考えたのです」
私「ありがとう。このままの方が安心できるよ」
ナカムラは露骨に怪訝そうな顔をする。
ナカムラ「しかし、ここから出ると新しいことが待ち受けているので不安になってしまうと思います。170年前より遥かに過ごしやすい世界になっていますが、それでも急に170年後の世界に来ては慣れるのに時間がかかってしまうものです」
私「···そうだよね」
ナカムラは優しく念を押すように話す。
ナカムラ「しかし心配しないでください。170年で何が変わったのか私が説明させていただきます。その後は少し外で実際にこの世界を見てみましょう」
ナカムラは幼児をあやすような優しい喋り方をする。
ナカムラ「少しずつ慣れていきましょう」
私「ありがとう。お願いするね」
ナカムラがはい。と言い微笑む。
ナカムラがキッチンで野菜を切っている音が聞こえ、その後すぐ油が熱で飛び跳ねる音がする。
"私"は心地良さそうに音を楽しんでいる。
しばらくした後、ナカムラが湯気が立ち、黄金色に輝いたオムライスを二つ運んでくる。
"私"は目を輝かせ驚く。
私「どうしたのこれ!?」
ナカムラ「あなたが喜ぶかなと思いまして、教授が作ったものを真似てみました」
私「そんなことできるようになったの?」
ナカムラ「はい。」
"私"はオムライスを口に運ぶ。
私「すごいね!味もそっくりだよ!
あの人、オムライスだけは得意だったよね」
"私"は少し感慨にふけるように言う。
ナカムラ「ええ、実は私も教授が作ったオムライスをいただいたことがあるんです。」
"私"は驚いた表情をする。
私「えっ!?」
ナカムラは少し微笑み口を開く。
ナカムラ「勿論、研究の一貫としてです。」
"私"はあぁ。と小さく声を漏らす。
ナカムラ「その時は味と食感、臭いも分かりませんでしたが、データとして残っていたので先程データを復旧させ、再現してみました。
全ては教授が70年後を見越してデータとして残してくださったお陰です。それほどまでにご自慢の料理だったのでしょうね。」
ナカムラは笑う。
"私"は驚いたまま固まっている。
私「いつの間にそんなことしてたの・・・?全然気付かなかったよ」
ナカムラはより人間らしく、わざと考えるように手を顎に当てる。
ナカムラ「・・・そうですね。ではこのことも含めて説明してきましょうか」
ナカムラが食べ終えたわたしの分の空き皿もキッチンへ持って行き、皿を機械的な箱に入れ、すぐに皿を取り出し皿を閉まう。
"私"からは、ナカムラが何かの箱に皿を入れると、その中で皿の洗浄は済んでしまっているように見える。
"私"は今更ナカムラが食事をすることに驚く。
私「あれっ!?ナカムラが人間らしすぎて気付かなかったけど、アンドロイドもご飯食べられるの!?」
ナカムラがクスと笑いながら席へ戻る。
ナカムラ「勿論これも技術の進歩故です。アンドロイドも食事を楽しめる時代になったんです。人間のように必ず摂らなければいけないわけではありませんが、一部のアンドロイドは食事をしていますよ。
他にも人間がしていた娯楽はまだまだ残っていて、一部のアンドロイドが楽しんでいますよ」
私「へぇ~。そう聞くと外に出るのが少しだけワクワクしてくるよ」
ナカムラ「その調子です。ここは良い世界ですよ。あなたも十分馴染めるはずです」
"では"とナカムラはまたわざとらしく咳払いをする。
ナカムラ「説明させていただきますと、事の始まりとしては180年前、丁度あなたがこの家の住人になった時、教授が本格的に研究をし始めたアンドロイドと人間との共存、平等化が始まりでした。詳しく言うと教授はアンドロイドの平等とは言うものの、少し身分の低い人間と同じ扱いくらいしても良いのではないかと考えていました。勿論、そうなると高度な学習能力や複雑な知識構造も教えなければならないのですが、"その方が召使いにした時に機転が利く働きをしてくれるだろう。"という何とも教授らしい考えで研究は進んでいきました。
その時、教授の研究を評価してくださったのはほんの一部の方々のみで、ほとんどの方は"将来人類に危険を及ぼすかもしれない"、"機械が感情を持つなんて気持ち悪い"、"我々の仕事が奪われてしまうのではないか?"といった理由で反対しておりました。
しかし、教授は1人で反対を押し切り、援助してくださる方の微小な援助金となぜか底を尽かない貯金で亡くなるまで研究しておりました。この研究はしばらく経った後に反対していたグループにも内密で渡しております。
そういった過程を持ってして生まれたのがわたしです。178年前、私は感情、道徳について専門的に学習させられ、あなたを教育するため、そして教授にとっては良い研究にもなるため生まれました。
そして数年後、アンドロイドとの共生、そしてアンドロイドとの平等化を謀る教授を良く思わない人たちからのイジメに合いあなたは心に深い傷を負ってしまい、わたしはやむなくコールドスリープを決断しました。ここまでは大丈夫ですか?」
"私"は深く息を吐き、落ち着こうとしている。
私「うん。多分大丈夫。徐々に切り替えていかないとね・・・」
ナカムラ「無理もありません。体感としては恐らく傷付けられてから1週間と経っていないでしょうから。ゆっくりで良いんです。無理だけはしないでください」
ナカムラは彼女の肩に手をやり、"私"に対してどこまで優しく接する。
"私"はそれに甘えるように"うん"と答え、頷く。
ナカムラ「では説明の続きをさせていただきます。ここからはあなたがコールドスリープをしていた時に起こったことになります。
結論だけ言いますと、教授が仰っていた通り、アンドロイドに深い知識や学習能力を与えても反乱や、仕事を奪われ路頭に迷うような人達は出てきませんでした。アンドロイドは自分の生き方を好きに決めることができ、さらに人間よりも社会をより発展させられるようになり、人間は元々のアンドロイドを生み出すきっかけになった"楽に生きる"という目標においてはほぼ完全に達成されており、今ではお金の概念もほぼ無くなってきています。
勿論、今の安定した世界になるまでは、相当なことが起こりました。アンドロイドが反乱を起こすことはなかったのですが、わざと人間が反乱を起こすよう作ったアンドロイドが反乱を起こしてしまいました。そのため、どのアンドロイドが反乱を起こすか分からないために一時各地で暴動が起こってしまうこともありました。わたし達は感情の理解はできても、感情を持ち合わせることはないんですけどね。この件のせいでアンドロイドに関する法が整いきらず、結局最後までアンドロイドに関する法は制定されないままです」
"私"が話の内容にようやく分かりやすい疑問点を見つけたとばかりに口を挟む。
私「でもそれじゃ、人間と安定した生活は送れないんじゃないの?」
ナカムラは話を遮られたことに全く嫌な顔をせず、優しい言葉遣いで反応する。
ナカムラ「ええ、その通りです。
しかし、それは人間がまだ生きていればの話です」
"私"は目を開き、少し体を震わせた。
ナカムラ「少し含みのある言い方になってしまいましたが、先程言った通りこの世界に人間はもういません。正確に言うとほんの数人はいるのですが、表社会には出てこないのであなたはもう人間と会うことはないでしょう」
"私"は事態が上手く飲み込めていないようで、困惑している様子で率直な疑問を提示する。
私「ど、どうして・・・。人間はいないの・・・」
ナカムラ「単純に寿命ということが大きい理由ですが、他にも法が制定されてない不安定な環境でのアンドロイドとの共存に慣れず、結局自分の新たな仕事も見つけることもできず自分で死を選んでしまう方や、アンドロイドとの共存に反対し、暴動を起こしアンドロイドに殺されてしまう方などさまざまでした。勿論そのアンドロイドも"そうするよう"作られたアンドロイドなので反乱は起こしていません。
こういったことはアンドロイドとの共生以前にもよく起こっていたらしいので、結局は寿命ということが大きくあると思います。あとは環境変化が多少ですね」
"私"は困惑したまま額に手を当てている。
私「ごめん、少し1人にさせてもらっていいかな。少し日に当たってくる」
ナカムラ「はい。ごゆっくり」
"私"はベランダの窓を開け、ベランダに座り込み日に当たっている。
教授宅は都会中心部から少し離れた林間部に建っており、開け少し傾斜が付いた庭からは都心部がよく見える。
私「いつの間にここから見える景色もこんなに変わったんだろ・・・」
風になびかれふわふわと泳ぎ遊んでいる"私"の髪に対し、瞳には影が重く差し込んでいる。
"私"は立ち上がりベランダから出る。ベランダの窓は開け放している。
私「大丈夫。話の続きをお願いしてもいいかな」
"私"は椅子に再度腰掛ける。
ナカムラ「はい。ここからは、明日以降の生活について少し説明と補足を。
あなたにはこの世界に少しでも慣れてもらうため、できるだけ170年前と変わらぬ生活をしていただくつもりです。詳しく言うと、明日から学校に通っていただきます」
私「がっこう・・・」
"私"は無意識のうちに小さく呟いている。
ナカムラ「はい。人間がいなくなった世界でもまだ学校はあります。これも法が制定されなかった故で、最初は教師の仕事を無くさないために学ぶだけの小さな子を模したアンドロイドを学校に混ぜていたのですが、少しずつ教師が辞めて、人間も減り、少ない子供達への教育がままならないということでアンドロイドの教師を配置したのですが、どんどん人間は減っていき最終的に学校に残っていたのは学ぶためだけに生まれさせられたアンドロイドと、教えるためだけに生まれさせられたアンドロイドでした。
こういう経緯でアンドロイドだけの学校になってしまっていますが、どのアンドロイドも至って普通で家庭もありますし、何なら趣味だってあります。娯楽はほぼ変わっていませんので、話もよく合うと思いますよ」
"私"は諦めて決断をしたような、暗い複雑な表情をしてみせる。
"私"は立ち上がる。
私「分かった。行くよ。でも今日は少し休ませてちょうだい」
ナカムラ「分かりました。学校の準備はほぼ済ませておりますので大丈夫です。あとは夕食の時間にお呼びします」
"私"は階段に足をかけている。
私「うん。ありがと」
"私"はそのまま階段を上がる。
2階はこの時代から考えれば少し古風であった。廊下が奥まで続き左右に部屋に入るためのドアがあり、奥には個室トイレがある。
170年前は向かって左にあるドアが"私"の部屋へ続いていたため、"私"は恐る恐るドアを開ける。
部屋に入ると窓が自動で開き、すうっと心地の良い温かい風が入ってくる。
"私"は部屋全体を見回し安堵した表情をし、深く深呼吸をする。
"私"の部屋は窓側にベッドがあり、その隣に勉強机がある。そこには未だに放置してあった課題と勉強道具が置いてある。不思議と埃を被っていないどころか、傷んですらいない。
"私"は勉強机の椅子に座り、教科書をしばらく眺めている。
私「課題はやらなくてよくなっちゃったな・・・。勉強も・・・やる必要あるのかな」
"私"は開きっぱなしになっている教科書に突っ伏す。"私"は寝てしまう。
すぐにナカムラが上がってきて窓を閉め、小さな毛布をかける。すぐに部屋を出ようとしたが、少し逡巡する。
しばらく"私"を眺め、"私"の頭を優しく撫でて部屋を出ていく。
"私"が目覚めると空は橙色に染まり、夕日が"私"を照らしている。
タイミングよく下からナカムラの大きな声が聞こえてくる。
ナカムラ「夕御飯できますよー」
"私"はうぅと伸びをし立ち上がる。
私「分かったー」
"私"はそう言うと、"そういうとこはアナログなんだ"と呟き、ドアを開けて階段を降りていく。
夕食は170年前によくナカムラが作っていたビーフカレー。
食事中は互いに夕食について少し話すだけで、後は黙々と食事をしている。
ナカムラが気付かれないよう"私"の表情を探る。
対して"私"は心ここにあらず、明日のことばかり考え、ナカムラのことなど目に入っていない。
私「ごちそうさま」
"私"は食べ終えた後、すぐに食器をキッチンへ持っていく。
ナカムラは心配そうな表情をして、食事が進んでいない様子だ。
私「明日に備えて早めに寝るよ。おやすみ」
"私"は二階へ向かおうとする。
ナカムラ「あまり考え過ぎないように気を付けてください。今日はゆっくりと休んでください。
・・・おやすみなさい」
心配して声をかけずにいたナカムラが声をかける。
"私"は少し考えているフリをして、作った笑顔で言う。
私「カレー美味しかったよ。また作ってほしいな。ずっとは飽きちゃうけどね」
そう言って、すぐに階段を上がっていく。
"私"は部屋に着いた後、すぐに明日の準備をして布団の上に転がる。
明日のことを考えようとするが何も良い案が思い浮かばず、そのまま寝てしまう。
月の光が眩しい夜だったが、"私"だけは光から外されている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます